仙台・ユアテックスタジアム宮城でのナイトゲーム。欧州最強クラブ・トゥールーズへ移籍を決めたばかりのスクラムハーフが「杜の都」で輝きを放った──。 7月13日、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の率いるラグビー日本代表(世界ランキング…
仙台・ユアテックスタジアム宮城でのナイトゲーム。欧州最強クラブ・トゥールーズへ移籍を決めたばかりのスクラムハーフが「杜の都」で輝きを放った──。
7月13日、エディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)の率いるラグビー日本代表(世界ランキング12位)は、再任後2戦目となるテストマッチ「リポビタンDチャレンジカップ2024」でジョージア代表(同14位)を迎えた。
ジョージア代表戦で注目は、攻守の舵取りを担うSH齋藤直人。初めて出場した昨年のワールドカップでは4試合に出場し(2試合に先発)、今夏に立ち上がった新生エディージャパンでもイングランド代表戦に続いて司令塔9番を背負った26歳だ。
※ポジションの略称=HO(フッカー)、PR(プロップ)、LO(ロック)、FL(フランカー)、No.8(ナンバーエイト)、SH(スクラムハーフ)、SO(スタンドオフ)、CTB(センター)、WTB(ウイング)、FB(フルバック)
エリート街道を歩んできた齋藤直人がついに海外へ
photo by Saito Kenji
齋藤は試合の3日前、欧州最多6回の優勝を誇るフランスの名門「スタッド・トゥールーザン(通称トゥールーズ)への移籍を発表したばかり。そのプレーをひと目見ようと、全国から15000人を超えるファンが集まった。
その期待どおり、齋藤は開始早々からテンポのいいパスさばきでアタックをリードすると、前半3分にはWTBジョネ・ナイカブラ(ブレイブルーパス東京)のトライをアシスト。名門クラブに移籍するにふさわしいプレーを披露した。
「ジョージア代表はフィジカルに戦ってくるので、勢いに乗せると難しいチーム。(試合前に)相手の強いところをまず叩く、受けない(受け身にならない)という話をしていて、アタックでもディフェンスでもファーストコンタクトにフォーカスしていた。それがうまくいった結果、最初からディフェンスもよく、前半3分にトライを取れた」
【三笘薫と同じマネジメント会社と契約】
しかし、日本代表は前半から苦境に立たされる。前半20分にFL下川甲嗣(東京サンゴリアス)が危険なプレーを犯し、レッドカードを受けて退場してしまったのだ。それからの60分間、日本代表はひとり少ない数的不利な状況で戦うことになる。その結果、セットプレーの強いジョージア代表に徐々にペースを握られてしまい、前半を13-18で折り返した。
「前半、頑張れば、後半、自分たちの時間帯がくる」
そう信じて戦い続けた齋藤は、後半24分にチャンスを掴む。連続攻撃を見せたあと、齋藤はWTB長田智希(埼玉ワイルドナイツ)のトライを再びアシストして、23-18と逆転に成功。会場は沸き立ち、大いに盛り上がりを見せた。しかし後半32分、もうひとりFWをイエローカード(10分間の退場)で欠き、最後はトライを許して23-25で敗れた。
結果としては悔しい逆転負け。ただ、リーダー陣のひとりである齋藤は「イングランド代表戦に比べれば間違いなく成長している」と、あくまで前向きだ。ジョージア代表は先発15人中9人がフランスリーグでプレーしており、齋藤にとって世界トップのクラブでプレーするための試金石になったのは間違いない。
齋藤は神奈川・桐蔭学園時代は高校1年から花園の決勝を経験し、早稲田大学4年では主将として優勝を手にするなど、日本ラグビーの王道を歩むエリートだ。そんな彼は小さい頃から、海外でのプレーを熱望していた。大学3年時に選出された「JAPAN XV」のニュージーランド遠征でスーパーラグビーチームと対戦したことも、その思いをより強くさせたという。
大学4年の終わりにサンウルブズでプレーし、東京サンゴリアス入社後すぐに日本代表として活動するようになる。そして社会人2年目、齋藤は社員からプロ選手になる決断をした。
数年前から英語の勉強にも力を入れ、昨年のワールドカップ前には「自分自身のキャリアの幅が広がる可能性」を考慮して、サッカー日本代表MF三笘薫らが所属する会社とのマネジメント契約を発表した。
【6度の欧州王者に輝く最強クラブへ】
これらはすべて、海外移籍を視野に入れての行動であることは明白だ。昨年まで東京サンゴリアスのアドバイザーも務めていたジョーンズHCにも度々、将来について相談していたという。
そしてワールドカップ後、斎藤は海外移籍へ向けて本格的に行動を移した。
「ワールドカップに4試合出られたが、ハイプレッシャーのなかで自分の力を十分に出せたかと言われると、全然そうは思えなかった。ああいった舞台で能力を出すには、常にそういう高いレベル、高いプレッシャー、強度のなかでプレーし続ける必要があると思った」
次なるステップに向けて、齋藤は移籍先を南半球ではなく、英・仏のヨーロッパを中心に交渉していった。欧州クラブのほうがスクラムハーフからのキックを重要視しているからだ。
「ワールドカップを経験して『何を一番、伸ばしたいか』と考えた時、思い浮かんだ答えがキッキングゲームでした。南半球より北半球のクラブのほうが、よりキックが重要なリーグなので、そこでプレーしたいと考えていました」
興味を示してくれたクラブは4、5チーム。そのなかからフランスの強豪トゥールーズと交渉を進め、移籍期限ギリギリの6月30日に正式契約を結んだ。トゥールーズが齋藤をほしがった理由のひとつには、7人制ラグビーでパリ五輪に出場するフランス代表の絶対的SHアントワーヌ・デュポンがオリンピック後に休養を取る影響もあったからだ。
「話は進展していたが、話をもらってからけっこう長くて、本当に(決まって)ホッとした。家族をはじめ周りの人の理解、それから代理人の協力があって実現したことだと思っています」
トゥールーズは昨季、6度目の欧州王者に輝いたヨーロッパ最強クラブ。前出のデュポンやSOロマン・ヌタマックのフランス代表スターだけでなく、ニュージーランド代表、オーストラリア代表、イングランド代表、アルゼンチン代表など世界のトップ選手がずらりと揃っている。
【ライバルは世界的スター】
齋藤はトゥールーズを選んだ経緯をこう話す。
「チャンピオンチームで多くのタレントがいて、本当に学ぶべきことが多い。試合数の多さも魅力として感じていた。ポジティブに捉えると(世界的なSHの)デュポンと一緒にやれるし、トゥールーズでプレーできる機会は本当に限られている。9番としての登録は3人しかいない。限られたチャンスだったので、迷わずトゥールーズでプレーしたいと思った」
ジョーンズHCは、齋藤の移籍が決まると「おめでとう!」と祝辞を送ったという。
「齋藤は選手として成長し続けているし、世界最高のSHのひとりになれる可能性がある。欧州王者であり世界屈指のクラブであるトゥールーズに行けば、デュポンやヌタマックといったすばらしい選手たちと常に一緒にプレーし、競い合うことができる。それは選手を大きく成長させる。リーチ(マイケル)がチーフス(ニュージーランド)でプレーしていた時のように、齋藤もその体験・経験を日本代表に還元してくれるでしょう」(ジョーンズHC)
齋藤は7月21日のイタリア代表戦後に渡仏する予定だ。ジョーンズHCとの話し合いにもよるが、8~9月の日本代表のテストマッチには出場しない可能性もある。デュポンがトゥールーズから離れている間に試合に出て、首脳陣へのアピールが必須だからだ。
「自分の一番の強みはパスとテンポ。トゥールーズのラグビーもアタッキングで(自分に)すごく合うと思っています。チームから信頼を勝ち取って、試合に出るのが第一優先。移籍1年目だからとか、日本人だからとかと、そういう考えではなく、最初から積極的に、もちろん9番の1番手を狙うつもりでいきます」(齋藤)
トゥールーズとの契約は1年だが、その後も海外でプレーを続ける意向を持っている。ラグビー選手としては決して大きくない165cmの体躯だが、「ワールドクラスの9番になる」という目標はひとつもブレない。小さい頃から日本で培ったパスさばきとフィットネスを武器に、齋藤直人の新しい旅が始まる。