福田正博 フットボール原論■J1は現在、FC町田ゼルビアが首位を走っているが、勝負に徹したさまざまなプレー、行動に批判の声も多く聞かれる現状だ。こうした状況を長年に渡ってJリーグを見てきた福田正博氏はどう思うのか。意見を聞いた。【ロングスロ…

福田正博 フットボール原論

■J1は現在、FC町田ゼルビアが首位を走っているが、勝負に徹したさまざまなプレー、行動に批判の声も多く聞かれる現状だ。こうした状況を長年に渡ってJリーグを見てきた福田正博氏はどう思うのか。意見を聞いた。

【ロングスローとセットプレーだけ?】

 J1首位を走るFC町田ゼルビアに対し、「ロングスローとセットプレーだけだ」といった揶揄や、天皇杯・筑波大戦での騒動が尾を引いている批判が見受けられる。



J1首位のFC町田ゼルビアを率いる黒田剛監督 photo by Kishiku Torao

 町田がロングスローを攻撃の起点にしていることは事実だ。しかし、それだけが町田の戦術ではない。1試合を通じてロングスローを1、2回しか使わないケースもある。

 果たして、町田のサッカーをどれくらい見て批判しているのだろうか。

 振り返れば、昨年のJ2時代から独走状態だった町田への批判は強かった。今シーズンから昇格したJ1でも、町田が序盤戦から持ち味を存分に発揮してリーグ戦を颯爽と駆けるのと歩調を合わせるように、町田批判が高まっている。そのさなかの天皇杯で筑波大にPK戦で敗れた町田の黒田剛監督のコメントによって、さらに批判の火が強まった。

 ただし、町田はこの試合で4選手が負傷している。サッカーで給金を得るプロ選手を預かるプロチームのプロ監督として、相手側のラフプレーや主審の判定に対して言及するのは当然のことだったと私は思っている。

【他チームの不甲斐なさにも目を向けるべき】

 そうした経緯もあって町田批判は強まっているのだと思うが、もし批判をしている人たちが別クラブのサポーターだとしたら、その批判は自チームの不甲斐なさに向けるべきなのでは? と思うところがある。

「町田のサッカーでは世界に通じない」「ポゼッションサッカーこそが日本にはふさわしい」などの意見もあるが、町田が戦っているのはJ1であって、世界のトップリーグではない。黒田監督が率いているのは日本代表ではなく、FC町田ゼルビアなのだ。

 サッカーにはスタイルがある。私自身、日本サッカーが世界で戦うには、ポゼッションサッカーがひとつの活路だと思っている。だからといって、日本サッカーのすべてのチームがポゼッションサッカーを志向する必要はないとも考えている。

 なぜならサッカーは世界中で行なわれ、多種多様な文化・風土のなかで育まれた、さまざまな価値観を持った国の代表と対戦しなければならないからだ。自分たちと違うからと相手を非難したところで、試合に勝てるわけではない。相手に対応する柔軟性や適応力を高めるためにも、国内のJリーグには多様なスタイルのサッカーがあって然るべきなのだ。

 ましてや、勝ち点を争うリーグ戦で、勝ち点よりも重要なものがあるのだろうか? 勝利や勝ち点を手にするために生まれたのがJリーグを含む世界各国のクラブのスタイルだということを忘れてはいけないし、勝ち点を取れない言い訳のためにスタイルがあるわけではないと私は思っている。

 サッカーで勝利することにかけて、黒田監督ほど貪欲な指導者は多くはない。プロクラブを率いるのは町田で2シーズン目だが、長く指導した青森山田高時代から勝利に徹したサッカーをしてきた。理由は年に一度の高校サッカーで結果を残さなければ、指導者失格の烙印を押されてしまうからだ。

 高校サッカーには無情な側面がある。試合でボールを支配して相手を押し込んでも、80分で決着しなければPK戦で敗れてしまう。1年かけてつくってきたサッカーが、いとも簡単にそこで終了するのだ。だからこそ、黒田監督は青森山田高時代から勝利にこだわる指導をしていたし、プロ監督よりもプロフェッショナルな監督だったと言えるだろう。

 黒田監督は、プロ監督歴1年目の就任初年度でJ2を圧倒的な成績で制し、今年はJ1で堂々の首位をひた走る。「補強ができる資金があるから」という声もあるが、資金力があっても成績が伴わないクラブはいくらでもあることを忘れてはいけない。そして、それを許している他クラブの不甲斐なさに、批判が向くのが正しいベクトルなのではないだろうか。

【黒田監督のコメントでJリーグへの関心を煽ってほしい】

 黒田監督には、敢えて自身のコメントの影響力を利用してもらいたいとも思う。

 海外サッカーでは、監督同士がバチバチとやり合うことも少なくない。そして、それによって試合への関心が煽られ、注目度は飛躍的に向上する。ただ、これは誰がやっても効果があるわけではない。強いチームを率いる監督がやるから注目度が高まるのだ。

 Jリーグ人気はお世辞にも高まっているとは言えない。一定数のサポーターによって支えられているが、もっともっと国内でJリーグへの注目が高まっていくためには、エンターテイメント色も強める必要があるだろう。

 高校教師を長く務めてきた真面目で正義感の強い人間性なのを理解したうえでの注文だが、黒田監督はきっと自身が正しいと思って発信したことが非難を浴びて戸惑っている部分もあるかもしれない。だが、私としては、黒田監督には首位を争うクラブの指揮官として、Jリーグ全体の人気の底上げも意識してもらいたいと思っている。

 いま町田や黒田監督のもとに批判が集まるのは、端的に言えば強いからだ。J1リーグ後半戦も、黒田監督のもとでの憎らしいばかりに強い町田ゼルビアへと進化を遂げてもらいたい。