サッカーというスポーツは選手の移籍が活発で、オープンな移籍市場が開かれている。それは日本国内でも同様だ。一方で、海外ではオープンな指導者・スタッフの移籍はクローズドな環境で行われる。そんな状況を変えようと、さまざまな角度からサッカーを見つめ…

サッカーというスポーツは選手の移籍が活発で、オープンな移籍市場が開かれている。それは日本国内でも同様だ。一方で、海外ではオープンな指導者・スタッフの移籍はクローズドな環境で行われる。そんな状況を変えようと、さまざまな角度からサッカーを見つめてきた深澤佑介氏が日本で初めてとなるスポーツ界に特化したチームスタッフのマッチングサービスをスタートした。

体感した、長期的なキャリアを築く難しさ

深澤氏は高校を卒業後、指導者を目指してイギリスの大学でサッカー科学を学んだ。卒業後はJ1湘南ベルマーレにて、アカデミーのコーチや強化担当を計5年務めた。順調なキャリアのように見えるが、同時に難しさも感じていた。「1つのクラブでも毎年多くのコーチやトレーナーが入れ替わる。自分がこの世界で戦っていくには、サッカーの知識だけでは厳しい」。
そこで「自分自身の幅を広げてビジネス的なスキルも身につけ、違う形でスポーツ・サッカーに携わろう」という考えに至った。1度サッカー界を離れ、外資系のコンサルティングファームへと転職。サッカー界しか知らなかったため、初めは数時間座ってデスクに向き合うことさえストレスで、会話の内容も分からない。それでも、サッカーで培った気合いと根性によって1年ほどで順応。上位の評価も得た。この時期の経験により、一般社会の常識を理解するとともに、サッカー界で働けなくても他に働ける会社はあるだろうなという心の余裕が生まれるように。そして約2年間働いたのち、スポーツ界に戻ることを決意する。

湘南ベルマーレに勤めていた当時、J2優勝を経験した

岳南Fモスペリオを存在感ある育成型クラブに

現在は静岡県富士市・富士宮市に拠点を置く、東海社会人サッカーリーグ1部所属の岳南Fモスペリオでスポーツダイレクターを務める。
Jリーグのクラブから誘いもあったなか、このクラブを選んだのは「自分で意思決定できる立場として携わる」ことを優先したからだ。
「(Jリーグとは)クラブの経営規模の差はあれど、クラブを作っていくプロセスはそんなに変わらない。例えばどう選手やコーチングスタッフを評価するかはお金がなくても考えて作られますし、実際にその評価で選手がどう変わるかという変化も見られます。いろいろなトライをしやすい環境なので、苦労よりもトライする面白さを感じています」
岳南Fモスペリオは2024シーズンに、初めて東海社会人サッカーリーグ1部に昇格したクラブ。将来的にはJリーグへの参入を目指しつつ、同時に存在感のある育成型クラブとなることも目標としている。この視点には、海外を知る深澤氏ならではの理由がある。
「海外では全てのクラブが優勝を狙っているわけではなく、クラブそれぞれの立ち位置があります。現実的に優勝は考えられないクラブの1つの目標が、選手の市場価値を最大化すること。(岳南Fモスペリオも)目の前の試合を全力で追い求めることと同時に、若くて野心を持った選手が成長して、より高いカテゴリーに羽ばたいていけるようなクラブになることが目標です。選手の成長に投資をすることで『このクラブに来ると成長できるよね』というイメージを持ってもらいたい。岩手県民が大谷翔平を応援するように、地域の方々もこのクラブから羽ばたいた選手、さらにはスタッフを応援していくようなクラブにしたいです。
指導者も同様で、我々はJリーグのクラブでは監督にチャレンジできないけれど、タレント性があって将来有望な指導者を採用して経験を積ませ、クラブも成長して、本人もよりステップアップしていくような人材輩出クラブにしていきたいんです」

スタートしたスタッフのマッチングサービス

サッカー界に多様な立場から関わってきた深澤氏。改めて今までのキャリアを振り返り、自分がサッカー界にできることを考える中で浮かんだアイデアが、スタッフの人材市場だった。
「サッカークラブの場合、強化部長やGM、または育成部門を統括する責任者であるアカデミーダイレクターの属人的なネットワークの中で採用があり、評価が行われ、報酬が決まっていく。一般企業で働くなかでサッカー界と一般のビジネスの世界とでは人材市場にかなり違いがあると思い始め、サッカー界の人材市場をオープンにしたいという考えに至りました」
そして2023年11月に、スタッフのマッチングサービスである「Sporpath(スポーパス)」をスタート。内容としては、一般社会において転職活動の際に使用するマッチングサービスをイメージすると分かりやすい。
「もちろん人とのつながりや関係性は大事なんですけれど、日本サッカーがより発展するには、プロフェッショナルとして本質的な力が評価され、それが仕事に繋がり、報酬に反映されるというオープンな競争環境が必要。そのためにはマーケットがないといけないと考えました」
始動から約半年経ち、Sporpathを通じて求人募集をするクラブ、サッカー界で働きたい人材ともに増加を続けている。
「おかげさまで順調に登録者数は増えており、活用したいという声をいただいています。特に若い方はJリーグのクラブに入る方法が分からないというケースをよく耳にしました」
一方で、これまでになかった仕組みなだけに、クラブによっては導入をためらう意見も聞かれる。
「強化担当者や人事責任者は、新しいことに積極的な方と保守的な方とで分かれる印象があります。Sporpathがあることで自クラブの人材が外へ出ることを助長してしまうという懸念や、ネットワークを武器とするGMやスポーツダイレクターの価値が落ちてしまうのではという懸念を聞いたりもします。また、Sporpathは基本的に成功報酬で、採用が決まったら(クラブから)手数料をいただくというビジネスモデルを現在採用していますが、そこに対する捉え方もクラブによって異なる。一般企業は転職の際にはエージェントに支払うし、選手の移籍もエージェントに支払うから費用をかけるべきだよねという方と、今お金をかけないで採用できているからという方とで温度感に差があるなと思いますね」
多くのクラブに受け入れてもらうのは容易ではないが、身近な場所での実例がある。岳南FモスペリオのコーチングスタッフもSporpathを通して採用した。現在、クラブ初挑戦の東海社会人サッカーリーグ1部で中位にいるのだから、十分な成果といえるだろう。

スポーツダイレクターを務める岳南Fモスペリオ

Sporpathを日本サッカー界のインフラに

深澤氏は、Sporpathをインフラのようなものにしたいと語る。「どこのクラブもがSporpathを使って人材を探し、採用が行われるという世界観をいち早く作りたい。それによって、サッカー界にオープンな人材マーケットを作れます。短期的な視点では、今さまざまなクラブ・サッカー関係者に使ってもらい始めているので、競技を超えた流動性を生んでいきたい。特にアスレティックトレーナーやコンディショニングトレーナーなどのメディカル部門は競技をまたいでの活躍も十分にできます。例えばサッカーでトレーナーをしていた人がバスケのトレーナーをやることで知見を持ち込み、新しいものが生まれることもあると思う 」
さらに、サッカーというワールドワイドなスポーツの特性を生かすことも考えている。「あとは国をまたぎ、人材の流動性を生んでいきたい。東南アジアや中国での日本人スタッフの需要は間違いなくあります。国籍問わず、日本から世界に出ていく、もしくは世界から日本に来るようにしていきたいですね」
日本サッカーのレベルが上がった1つの要因は、高い流動性が生む競争にある。次はスタッフの番。さらに次の段階へと発展するため、深澤氏の挑戦は続いていく。