サッカーから、最も醜いシーンが排除されることになるかもしれない。審判への執拗な抗議を抑制するルールが、欧州選手権でテストされたのだ。このルールとサッカーの展望を、サッカージャーナリスト大住良之が考察する。 ■EURO準決勝のPKは「スムー…

 サッカーから、最も醜いシーンが排除されることになるかもしれない。審判への執拗な抗議を抑制するルールが、欧州選手権でテストされたのだ。このルールとサッカーの展望を、サッカージャーナリスト大住良之が考察する。

■EURO準決勝のPKは「スムーズだった」

 7月10日(日本時間11日)にドルトムントで行われた欧州選手権(EURO)の準決勝。前半17分過ぎ、「オンフィールドレビュー」でイングランドにPKを与えるべきであると確認し、ピッチに出てペナルティースポットを指し示した後、フェリックス・スバイヤー主審(ドイツ)は、待ち構えていたオランダのキャプテン、フィルヒル・ファンダイクと歩きながら言葉を交わした。そして、そのままスムーズにPKの準備へと移っていった。 

 14日午後9時(日本時間15日午前4時)にベルリンで決勝戦の「スペイン×イングランド」を迎えるEURO。世界の耳目を集めたこの大会で、興味深い方法が実施された。「キャプテンのみが主審に話しかける(アプローチする)ことが可能」という方法である。

 サッカーにおいて、主審の決定は最終であり、常にリスペクトされなければならないという伝統的なルールがある。しかし実際には、主審に激しく抗議したり、ひどいときには5人、6人で取り囲んで罵声を浴びせるという行為が横行している。激情にかられた選手は怒りを露わにし、レフェリーに威嚇的な言葉を投げつける。それによって判定が覆ったことなど、聞いたことがないのだが…。

■多くのレフェリーが「ピッチを去る」理由

 サッカーという競技で最も醜いシーンのひとつと言っていい。サッカーしか見ない大半のファンにとっては見慣れた光景であり、もしかしたら、ファンの怒りをピッチ上で示してくれる選手たちを好ましく感じるときもあるかもしれない。しかし、他の競技に親しんだ人々にとっては、信じがたい蛮行と映る。少なくとも、サッカーのイメージを著しく損なう行為であるのは間違いない。

 さらに、あらゆるレベルで「もうイヤだ」と多くのレフェリーがピッチを去って行く最大の理由が、こうした選手たちからの抗議や威嚇であると言われている。

 そうした行為をなくすために考案されたのが、名前はどうも熟さないが、「キャプテンのみが主審に話しかける(アプローチする)ことが可能」という「新ルール案」だった。

 現行のルールでは、キャプテンといえども、レフェリーに判定の理由をたずねることはできない。それをキャプテンに限定して認め、それによって個々の選手が怒りにまかせて罵声を浴びせたり、何人もでレフェリーを取り囲むというシーンをなくそうという目的の「ルール改正案」である。

 このアイデアは、今年3月にスコットランドで開催された国際サッカー評議会(IFAB)の年次総会で討議され、正式な「ルール化」はされなかったものの、ルール改正に向けた「試行」のひとつとして認められた。そして年次総会から20日後の3月22日にIFABからの「回状」第29号として、世界各国のサッカー協会にその詳細が通知された。

■キャプテンのみが「主審」にアプローチする

「キャプテンのみが主審に話しかける(アプローチする)ことが可能Only the captain can approach to referee」という表現は、その「回状」内で使われている(日本語訳は日本サッカー協会審判委員会)。「回状」にはこの試行に関する詳細な「プロトコル(手順)」を明記した書類が添付されており、日本サッカー協会の公式サイト(https://www.jfa.jp)で、「関わる」→「審判」→「競技規則」とたどり、「2024/25サッカー競技規則改正について」の中のPDF「添付5-1:試行の情報『キャプテンのみが主審に話しかける(アプローチする)ことが可能』を開くと、回状添付文書全文を読むことができる。

 この添付文書の「実行手順」の中で「キャプテンオンリー」と省略した呼称が使われるので、この記事でも以下はこの表現にする。

 それによれば、「キャプテンオンリー」を始める(重大な判定があり、チームを納得させる必要があると感じたとき)には、レフェリーは笛を吹いて両手を頭上に上げて手首のところで交差させ、次に両腕を体の前に持っていって前方に押し出すような動作をする。

「キャプテンオンリーゾーン」はおよそレフェリーの周囲4メートル。そこにはキャプテンのみが入ることができ、レフェリーからの説明を聞き、必要であれば質問をすることも許される。他の選手がこのゾーンに入ったらイエローカードで罰せられることになる。

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