宮崎早織はこの3年間で、日本を代表するPGへと成長した photo by Kato Yoshio パリ五輪で金メダル獲得を目標と言いきれるレベルとなった、女子バスケットボール日本代表。今大会、司令塔とも言えるポイントガード(PG)の一番手と…


宮崎早織はこの3年間で、日本を代表するPGへと成長した

 photo by Kato Yoshio

 パリ五輪で金メダル獲得を目標と言いきれるレベルとなった、女子バスケットボール日本代表。今大会、司令塔とも言えるポイントガード(PG)の一番手としての座を築いているのが宮崎早織だ。

 東京五輪では、控えに甘んじてのプレーに複雑な思いで銀メダルを手にしたが、恩塚亨HC体制になって以降、宮崎はその悔しさを胸にさらなる成長を遂げてきた。

 持ち前のスピードでチームに貢献する一方で、振り幅の大きな性格も、チームに大きな影響を与える。2度目のオリンピックでは、先発の立場で思いきりコート上で暴れるつもりだ。

【東京五輪の悔しさを糧に正PGに】

 先発としてコートに立つということは、バスケットボールをプレーする大半の選手にとって目指すべきポジションであり、その座を手にした時には栄誉となる。それが、オリンピックを戦う国の代表チームのそれであるならば、なおさらのことだ。

 宮崎早織(ENEOSサンフラワーズ)にとって、女子日本代表の先発ポイントガード(PG)を務めるとは、数年前までならば本人自身すら考えられないことだった。しかし、それを手にした今は、その役割を担う自負が生まれた。

「スタート(先発)になるのはとてもうれしいことですし、しっかり覚悟を持ってやらなきゃいけない。そういう気持ちでやっています」

 7月上旬。パリ五輪を前に日本代表が東京・有明アリーナでのニュージーランドとのふたつの強化試合をこなしたあと、宮崎は、そう話した。

 3年前の東京五輪では、町田瑠唯(富士通レッドウェーブ)が先発PGとして魔法のようなパスを次々と決めるなど眩く光を放ち、日本が銀メダルを獲得する一翼を担った。だが、同大会の直前まで、宮崎が日本の先発司令塔に収まる可能性もあった。当時の指揮官だったトム・ホーバス氏(現・男子日本代表ヘッドコーチ)は選手を激しく競わせることでチーム力を高めるように努めていた。

 そのなかで、ホーバスHCに言わせると、宮崎は思うようなプレーができなくなって自信の量が減退してしまい、それまでは一番だったPG陣における序列が下がってしまった。結果、宮崎の東京五輪での出場は1試合平均7分弱ほどとなった(それでも平均2本のアシストは悪くないが)。

 宮崎に限ったことではないものの、東京五輪の選考争いで胃を痛くするような思いをする者も少なくなかった。12名のメンバーには入ったが、ポジション内での序列争いにも向き合っていた宮崎にとって、東京五輪を振り返っての思いは複雑なものだ。

「東京の時は『お客さん』というイメージで、先輩たちが頑張ってくれたからこそもらえた銀メダルと思っていたので、何か不思議な感覚でした。本当に自分がもらってもよかったのかなっていう思いは正直、ありました」(宮崎)

 東京五輪が終わり、女子代表が恩塚亨HCの下で新体制として始まると、宮崎は正PGへと昇格。以来、それを守り抜いてきた。俊敏性やスピードをふんだんに生かした恩塚HCの敷く攻守のスタイルに、宮崎が合致したところが大きかった。チームは2022年のFIBA女子ワールドカップで惨敗を喫するなど、紆余曲折があり、かつ戦術や選手の起用法などでさまざまな変更を加えてきたが、それでも、宮崎のポジションは不動であり続けた(恩塚体制で「皆勤賞」は宮崎とフォワードの赤穂ひまわりのみだ)。

 プロリーグWNBAでのプレーや故障などがあり、恩塚氏の下では1度も試合出場のなかった町田が戻ってきても、先発ラインナップに名を連ねたのは変わらず宮崎だった。

【心強い先輩たちのバックアップを受けて】



試合前の1コマ。宮崎(右)にとって、吉田(左)が背後にいる心強さは計り知れない

 もっとも、宮崎自身に「正PG」という意識は薄い様子だ。野球で言えば、本来は絶対的なスラッガーが据わる「4番」を打ちながら、「あくまで4番目に打つ"つなぎの"4番」だと自身を謙遜するかのように、宮崎は「最初に出るPG」といったところだろうか。

 PGに求められる、パスのうまさや試合の状況を見ながらコントロールするという点では、年長の町田や吉田亜沙美に分があるものの、宮崎には宮崎にしか出せないよさがある。オフェンスでは、恩塚HCが「世界一」と評する速さを生かして、コートの中央を切り裂きレイアップに持っていく。ディフェンスではせわしなく手足を動かしながら相手PGに密着マークを仕掛け、プレッシャーをかける。サイズの不利を埋めるべく恩塚HCの指揮する世界的に特異なスタイルに、欠かせない存在だ。

 2020年12月、皇后杯(全日本バスケットボール選手権大会)決勝ラウンド。ENEOSは準決勝でエース・渡嘉敷来夢がヒザの靭帯を損傷する大ケガを負いながら勝ち続け、頂点に立った。宮崎は準決勝で25得点、10リバウンド、11アシストのトリプルダブルを記録。決勝戦でも40分間フルで出続けた。

 いずれの試合でも、悲壮感を漂わせながらの鬼神のプレーぶりだったが、この時は単にリングへアタックするだけでなく、相手にマークされていてもスピードの緩急を使いながら急に方向転換をするなど、宮崎の才能が最大限に発揮され、強く印象に残る。彼女にはやはり、力がある。

 吉田らベテランが後ろに控えてくれていることも、宮崎には心強く、だからこそ思いきった彼女らしいプレーができる。

 パリ五輪直後に29歳になる宮崎は、こう語る。

「(ベンチに)帰ってきた時に瑠唯さんが『最後のあそこのプレー、ユラ(宮崎のコートネーム)だったらどうしてた?』とかコミュニケーションが取れていますし、何かわからないことがあったらすぐリュウさん(吉田)に聞きに行ったりします。(本橋)菜子さん(東京羽田ヴィッキーズ)も結構、アドバイスをくれるので、本当に心強いですし、迷った時はすぐ先輩たちに聞いて、っていう感じでやっています」

 とりわけ、ENEOS(当時はJX-ENEOS)でも同僚だった吉田がいることは、宮崎にとって大きい。同チームでエースガードだった吉田は、宮崎にとって追いかけても、追いかけても手の届かないような特別で、絶対的な存在だった。吉田が引退により離れてほどなく、宮崎は先発司令塔の座を手にした。

 日本代表では2月の世界最終予選(OQT)より吉田が復帰し、宮崎と久々に同じユニフォームを着ることとなった。先発司令塔として宮崎は、偉大な先輩に支えられるという、思ってもみない形でオリンピックに臨む。

 宮崎からすれば吉田は少し怖い先輩であったかもしれないし、吉田からしても宮崎に対していろいろと注文をつけたことだろう。しかし今、日本代表の先発PGの座を掴み取った宮崎に対して、吉田も多分、以前よりは温かな目で見守る。

「東京五輪の時、彼女はあまり試合に出る機会が少なくて悔しい思いももちろんしたと思うし、それがあったからこそ、今こうやってメインでPGをやっていると思います。彼女がつかみ取ったものですし、そのサポートを全力でやりたいなと思います」(吉田)

【まっさらなオリンピックのコートへ】



宮崎はパリ五輪のコートで、持ち味を発揮して世界をかき回すつもりだ

 宮崎はエキセントリックなキャラクターで、チームに明るさをもたらす存在だ。リーダーシップについてはチームの皆が持っているとした彼女だが、馬瓜エブリン(デンソー アイリス)と並んで笑顔をもたらす特殊な能力を有している。

 昨秋のアジア競技大会前の合宿中のメディア対応で、温厚な恩塚HCに対して冗談めいた話を言うようなことはあるのかと問われた宮崎は「恩塚さんは優しくて静かな方なので、私みたいにぶっ飛んでいる奴の話を聞いていると、『そうなんだ』みたいな感じで終わっちゃいます。『なにやってんすか』とか言っちゃうと多分『ごめん』みたいになっちゃいそうで怖いから、ちょっとテンションを抑えながら話します」と、愉快そうに話していた。

 チームのトップであるHCとの裏話で、選手からこのような話が出てくることもあまりないように思われるが、宮崎からはいくらでも出てきそうだ。

 勝っては笑い、大事な試合に負ければ泣く。日本の女子バスケットボール界でもっとも情緒の振れ幅が大きいのは間違いなさそうだ。しかし、だからこそ、目が離せない。スポーツを見る者が選手たちのプレーだけでなく、言動や表情を楽しんだり、刺激を受けたりするとすれば、宮崎という選手は確実に何かを提供する存在だと言える。

 プロのスポーツ選手は、毎試合多くのファンの前でプレーをし、そして時に、指導者の厳しい指導を受けるなかで、自然と多少のことでは動じない心が備わってくる場合が多い。転じて言えば、そうでなくてはトップの世界で生き抜いていくことなどできないからだ。

 ところが宮崎は、緊張をしてしまうし、外国に行ってプレーをするのが好きではないと言ってしまうなど、自身の弱さをまったく隠す様子がない。「ぶっ飛んでいる」ところはあるにせよ、正直であり、虚勢を張ることがない。

「すごく不思議な感じではありますけど」

 2度目のオリンピックを、今度はメインのPGとしてプレーすることについて聞かれると、宮崎は特徴的な、口角を上げての笑顔でそう答える。

「でも、今まで頑張ってきた成果なので、自信を持ってオリンピックに臨みたいなと思っています」

 吉田や町田のように、うまくゲームをコントロールはできないかもしれない。それでも、宮崎が今の日本の堂々たる正PGだ。役割は、本人の言葉を借りれば「かき回す」こと。オフェンスではドリブルからコートを切り裂き、ディフェンスではしつこく相手に密着してプレッシャーをかける。

 それがより効果的に発揮されれば、日本代表にとってよいことが起こる。

 宮崎が2度目のオリンピックで、まっさらなコートに足を踏み入れようとしている。