欧州サッカースタジアムガイド2024-2025第1回 ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium ロンドンのウェンブリー・スタジアム、マンチェスターのオールド・トラッフォード、ミラノのジュゼッペ・メアッツァ、バルセロナのカンプ…

欧州サッカースタジアムガイド2024-2025
第1回 ウェンブリー・スタジアム Wembley Stadium

 ロンドンのウェンブリー・スタジアム、マンチェスターのオールド・トラッフォード、ミラノのジュゼッペ・メアッツァ、バルセロナのカンプ・ノウ、パリのスタッド・ドゥ・フランス......欧州にはサッカーの名勝負が繰り広げられたスタジアムが数多く存在する。それぞれのスタジアムは単に異なった形状をしているだけでなく、その街の人々が集まり形成された文化が色濃く反映されている。そんなスタジアムの歴史を紐解き、サッカー観戦のネタに、そして海外旅行の際にはぜひ足を運んでもらいたい。連載第1回はウェンブリー・スタジアム(イングランド)。

 6月1日、2023-2024シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝は、スペインの強豪レアル・マドリードがドイツのボルシア・ドルトムントを2-0で下し、史上最多の15回目の優勝を飾り、主将のDFナチョ・フェルナンデスが「ビッグイヤー」を掲げて幕を閉じた。その決勝の舞台こそ、フットボールの母国の「聖地」であるイングランドのウェンブリー・スタジアムだった。


アーチが特徴的なウェンブリー・スタジアム

 Photo by USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 ロンドンの北西部にあり、中心部から地下鉄に乗って30~40分、最寄り駅のウェンブリー・スタジアム駅から徒歩10分ほどの場所にあるのがウェンブリー・スタジアムだ。

 現在のスタジアムは2007年に再建されたものだが、もともと、第一次世界大戦後の1923年、大英帝国博覧会の目玉として建設された。当初は1889年、ウェンブリー・パークに350mの巨大な2つのタワーの建設が計画されていたという。だが、初期段階で資金が底をつき、結局61mの高さで中断。1918年になると、時の政府は国立競技場と大英帝国博覧会の会場を建てることを計画し、理想的な場所として選ばれたのが、建てかけのタワーが残存していたウェンブリー・パークだった。

 そこから80年近い歴史の中で、「サッカーの王様」と言われたブラジル代表ペレに「サッカーの大聖堂(a cathedral of football)」と言わしめた旧ウェンブリーは、1948年ロンドン五輪、1966年ワールドカップ、1996年ユーロ(ヨーロッパ選手権)、1963年から5度のチャンピオンズカップ(チャンピオンズリーグの前身)決勝の舞台になるなど、まさしくイングランドにおけるサッカーの「聖地」と呼ばれるようになった。 

 ただ老朽化に伴い、2000年に解体され、2007年に同じ場所で現在の姿に生まれ変わった。新ウェンブリーは、陸上トラックなどは撤去され、名実ともにサッカー専用スタジアムとなる。旧ウェンブリーの正面にあったツインタワーはなくなり、イングランド代表の勝利を祈念している「アーチ」が新スタジアムの象徴になった。

 高さ133m×幅315mの「ウェンブリー・アーチ」は、地中35mに埋められ、設計者のノーマン・フォスターはこのアーチを勝利の象徴である髪飾りの「ティアラ」と呼んだ。このアーチは開閉式の巨大な屋根を支える役割も果たし、スタンド内に観客の目を遮る柱を置かずに済んでいる。他にもスタジアムの屋根がスライド式で開閉できるため、芝生への日照時間を確保し、雨天時には15分ほどでスタンド席をすべてカバーすることも可能。またアーチにはカメラが内蔵されていてピッチを上空から撮影できる。

 スタジアムの正面には、1993年に51歳の若さで亡くなった、イングランド史上最高のDFとして名高いボビー・ムーアの立像がたたずむ。ムーアといえば、1996年の自国開催のワールドカップでキャプテンとして、ボビー・チャールトン、ジェフ・ハーストらとともにイングランドの初優勝に貢献したレジェンドだ。

 さらに、スタジアムに入ったところには、一本のクロスバーが飾ってある。これは1966年ワールドカップ決勝でジェフ・ハーストのシュートが当たってゴールの判定となったクロスバーそのものだ。

 1966年ワールドカップ、イングランド代表は決勝戦まで勝ち進み、サッカーの母国の意地を懸けて"皇帝"フランツ・ベッケンバウアーを擁する西ドイツと対戦した。試合は、ロスタイムにイングランドが同点に追いつかれ2-2となり延長戦に突入。その延長前半5分、ハーストのシュートが西ドイツのクロスバーを激しく叩いて真下に落ちる。その瞬間、ボールはゴールラインを完全に横切ったのか、それともライン上に落ちただけで、跳ねてピッチに戻ったのか......。

 主審は線審の見解を確認し、ゴールのホイッスルを吹いた。試合はその後、ハーストがハットトリックとなる追加点を決めて4-2でイングランドが優勝。エリザベス女王からムーアがワールドカップを受け取った。ちなみに、旧ウェンブリーのスタジアムツアーの最初には、この「疑惑のゴール」のビデオを見て判定する機械があったそうだが、現在はその試合のクロスバーそのものが、スタジアムでイングランド代表を見守っているというわけだ。

 スペイン・バルセロナのカンプ・ノウに次ぐ欧州2位の約9万人を収容する規模となった新しいウェンブリーは、2007年、予定より1年遅れて完成。FAカップ決勝、チェルシー対マンチェスター・ユナイテッドで幕を開けた。

 現在は、FAカップの決勝、サッカーの国内選手権や大会の決勝、イングランド代表のホストゲームなどのサッカーの主要な試合のほか、アメリカンフットボールやラグビーリーグなどサッカー以外の競技の大会も定期的に行なわれている。

 なおイングランドにはサッカーと同様にラグビーにも「聖地」と呼ばれるトゥイッケナム・スタジアムがあり、ラグビーの主要な試合はそちらで行なわれるが、2015年のラグビーワールドカップではウェンブリーで2試合(ニュージーランドーアルゼンチン、アイルランド―ルーマニア)が実施された。

 ウェンブリーではこの20年の間に、3度のUEFAチャンピオンズリーグ決勝、2012年ロンドンオリンピックのサッカー会場、ユーロ2020の決勝を含むメイン会場として使用され、4年後にはユーロ2028の決勝が行なわれることが決まっている。

 サッカーのイングランド代表は、イギリス王室の紋章の中心の盾にも見られるモチーフ「スリーライオンズ(Three Lions)」をエンブレムに持つ。そして、イングランドはFIFA創設よりも早く、1863年にFA(イングランドサッカー協会)が設立され、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドとともにネーションとしてFIFA加盟が認められているサッカーの「母国」だ。

 そのイングランドが自国開催の1966年のワールドカップで優勝したことは先に述べたが、これまで通算16度ワールドカップに出場しながらも、優勝はその1回のみ。 
 
 分散開催となった前回のユーロ2020では、イングランド代表はウェンブリーで行なわれた決勝に進出してイタリア代表と対戦したが、DFルーク・ショーのゴールで先制するも、イタリアのDFレオナルド・ボヌッチのゴールで同点に追いつかれて延長戦に突入。結局、PK戦の末に優勝を逃している。

 実は、チャンピオンズリーグでもウェンブリーで「ビッグイヤー」を掲げたイングランドのチームはまだ現れていない。近い将来、ウェンブリーで、イングランド代表やイングランドの強豪クラブが歓喜する瞬間を母国のサッカーファンは心待ちにしている。