「我々は昨年ステートメントを発表しましたが、そこには『オリンピックでメダルを獲る』なんてどこにも書いていないんですよ」  そう…

「我々は昨年ステートメントを発表しましたが、そこには『オリンピックでメダルを獲る』なんてどこにも書いていないんですよ」

 そう語るのはWリーグ・長崎俊也事務局長。競技の強化・普及を主たる存在意義としていると同時に、トップアスリートが集う組織に課された社会的責任をそれ以上に強く意識しているのが今のWリーグであり、それをステートメントで改めて内外に示したというわけだ。その意識を全体に根づかせるという点で、ロールモデルの存在も重要。何足ものわらじをはきながら自身の役割を全うしている有明葵衣理事は、Wリーグが社会に貢献し得る人材を生む組織ということを端的に示す人物だ。

■バスケットの経験は一般社会でも活かせる


 富士通レッドウェーブで6シーズンプレーした実績を持つ有明理事は、高校時代からバスケット一筋の人生を歩んできた。しかし、ある意味閉ざされた世界に身を置く中でも知見を得る機会に恵まれ、逆にバスケットの世界を離れても、バスケットで培われた資質が一般社会で通用することを知ったという。

「当時は高卒でWリーグに進むのが良しとされていたんですが、私は実は教員になりたくて、筑波大に進学したんです。そこで陸上部の友人に正しい走り方を教わったり、ダンス部の友人から緩急のつけ方を学んだり、“自分の知らない世界がこんなにもあったのか、自分が当たり前と思っていたことは当たり前ではなかった”と気づかされて、それが私の原体験になっています。

 富士通でプレーした後、教員になろうと思っていたのですが、考えてみると、教員はスポーツをやっていない子たちとも関わらないといけないわけで、ずっとバスケットしかやってこなかった私は何も語れないと思ったんですよ。ありがたいことに富士通は引退後に会社に残ることができたので、“新たな環境に慣れることは、そこまで大きな問題ではない”と思って残ることにしました。そこで感じたのは、バスケットで培ってきたもの、私のベースになっているもので十分戦えるということ。会議の進め方一つとっても、私の経験は活かせるということがわかっていきました」

 その後、学生アスリートのキャリア教育に特化したNPO法人の設立に携わる一方で、3x3で選手としての活動も再開。「アスリートの価値は、スポーツ以外の分野で活躍することで、より一層高まる」と考えている有明氏は、NPO法人での活動と3x3選手の活動で自身の経験を広くアウトプットすることに力を入れていた。そして2021年6月、有明氏はWリーグ理事の任に就くことになる。

「3x3でプレーしてみると、明らかに富士通の時よりもパフォーマンスが良かったんです。これは社会経験を積んで、いろんな知識を得てきたからだという実感がありました。その感覚を1人でも多くの方に伝えることができたらと思っていたところに、長崎さんからお声かけいただいた。長崎さんの想いと私の想いが、タイミングも含めて合致していたんだなと思います」

■アスリートを先入観で見てしまってはいけない


 Wリーグとしても、いくつもの肩書を持ちながらそれぞれの活動で成果を生んでいる有明理事は、スポーツを経て社会に出た良いロールモデルと考えている。長崎事務局長は「“有明葵衣”という切り札を使いすぎると、『それは有明さんだからできるんでしょ』となってしまう。今後は二の矢三の矢を出して、Wリーグはこういう優れた人材を輩出できる組織だということをさらに証明していきたい」と意気込んでいるところであり、証明できるという確信も持っている。

「例えば髙田真希(デンソー)を見て、世の中の社会人と比べて出遅れてるなんて誰が思いますか? むしろ彼女ほどの人材は、社会にもなかなかいない。トップアスリートとしてやってきた自分がどういう人間か、社会でどれだけ役に立つかを表現できればいいんです。それを、周りが『バスケットばかりやってきた人だから』という先入観で見てしまうのだとしたら、それはあまりにも切ない。『こういう人が欲しい』と言ってもらえるような人材を作れるという自負は、我々にはあります」(長崎)

■結婚・出産してもプレーを続けられるリーグに


 人生設計を考えた時に、女性には男性と同じ軸で考えることができない部分が存在することは否定できない。その最もわかりやすい例が出産と、その後の子育てだ。日本のスポーツ界では、結婚の時点でアスリートとしてのキャリアにピリオドを打ってしまうケースが現時点でも大多数を占め、出産となればさらにハードルは上がる。その点はWリーグとしてどう考えているのだろうか。

「結婚や出産でキャリアに一区切りつけるというのは、その人の人生だからいいんです。ただ、プレーを続けたいという人が出てきた時に、対応できるようにしておくべき。そういう人が出てきてから『どうしようか?』では遅いんです。長くプレーしたい人には長くプレーしてほしいし、リーグとしてもそのために準備することはできると思います。企業チームも、育児休暇を取らせて後に職場復帰させるというのは、むしろ得意なはずです。選手が『無理だろうな』と思って諦めてしまうような空気は作りたくないので、選手がチームやリーグに相談しやすい風土であることも重要。『大丈夫』と言ってあげたいし、そのための仕組み作りをしていければと思います」(長崎)

 引退後もバスケットを軸とした仕事に携わることができる幅は、こと女性に関しては必ずしも広いわけではない。その現状を踏まえると、優れた人材を社会に輩出することは、Wリーグのみならずバスケット界全体の、そして何よりアスリートの価値を高めることにもなる。選手に寄り添い、そのライフスタイルやキャリアプランを支えるという点において、Wリーグの施策は引き続き注目していく必要がある。

取材=吉川哲彦

撮影=野口岳彦