こういう選手こそ、本物の「未完の大器」と呼ぶべきなのだろう。この夏、神奈川の「公立の星」候補が、千葉の強豪校の胸を借りると聞いて練習試合が行なわれるグラウンドへ向かった。 菅高校3年、岩瀬将(投手/180センチ・80キロ/右投右打)。学校…

 こういう選手こそ、本物の「未完の大器」と呼ぶべきなのだろう。この夏、神奈川の「公立の星」候補が、千葉の強豪校の胸を借りると聞いて練習試合が行なわれるグラウンドへ向かった。

 菅高校3年、岩瀬将(投手/180センチ・80キロ/右投右打)。学校の名前は「すげ」と読む。そういった但し書きが必要なほど、学校も彼自身もちょっと前までは高校球界では無名の存在だった。


プロ注目の菅高校・岩瀬将

 photo by Sportiva

【球速表示以上の体感スピード】

 岩瀬の存在を知ったのは、この春の神奈川大会。現場の監督たちとの会話のなかで「夏の初戦だけは絶対に当たりたくない」という話になり、その時に「菅の岩瀬」の名が出てきた。

 高い評判を耳にしたら、実際にこの目で確かめなければ......。

 マウンドに上がった岩瀬の投球を見て、「いい形で投げるなぁ」というのが第一印象だ。テイクバックで、右手がお尻のうしろに入らず、トップの位置で十分に高さがとれているから、思う存分、腕を振り下ろせる。

 それともうひとつ、軸足(右足)がプレートに長く粘れる。投げるメカニズムとして、軸足がプレートから離れた瞬間、ボールは指先から放たれる。岩瀬の場合、軸足が最後までプレートに粘れるから、リリースが打者に近く、存分に指にかかるから回転数の大きな伸びのある球質になる。

 いわゆる"球持ちがいい"というやつで、打者は数字以上のスピードを感じる。つまり、体感スピードで勝負できる投手だ。

 試合が始まって、ハイレベルな千葉でも有数の強力打線が、岩瀬のストレートに苦しんでいる。180センチから縦の角度を使って投げ下ろされたストレートが、打者の手前でホップするように見える。

 全球ではないが、1イニングに3球か4球でも、そういうストレートを投げられることが貴重だ。

 一方で変化球だ。

 スライダーを投げる際に腕が下がったり、カーブの時に腕の振りが緩んだり......「わかるなぁ」と思ったあたりから、さすがは千葉の強豪校に数えられる打線だ。その変化球をとらえ始める。

 投手が悪いんじゃない。「変化球」という言葉がよくない。

 変化球と言われたら、投手は曲げなきゃいけないという思いに駆られてしまう。曲げようと思うと、どうしても腕の角度が変わったり、腕の振りが緩んだり、フォームが変化してしまって打者に悟られることになる。

 強力打線相手に6回まで1点に抑えて、7回はさすがにへばったのか、4連打を浴びて4失点。

 変化球とは、握りのちょっと違うストレート──そんな話を試合が終わったあと、岩瀬とつらつらしていたときのことだ。「握りのちょっと違うストレートかぁ、なるほど......」とつぶやいて、変化球の握りをして腕を振った。

「ハイッ!」と返事だけ立派な球児が多いなかで、すぐに実践し、理解しようとしていた。その姿を見たとき、頼もしい選手だなと思った。

【県外の強豪校相手に14奪三振】

「以前は欲がない子だったんです」と、平林明徳監督がじれったそうに話しておられたが、なかなか手応えのある球児ではないか。

 完投したあとだけに、もっと面倒臭さそうに出てくるのかと思ったら、着替えをすませるとスッキリした顔で、目がイキイキとしていて驚いた。ひとつのきっかけで変身も十分にありそうだ。

「試験明けで、練習が十分じゃなかったのを考えたら、よく投げたほうだと思います」

 平林監督の言葉に驚いた。そういうコンディションのときのボールのうなりじゃなかった。搭載エンジンの性能は間違いなく一級品だ。

「ちょっとシュート回転して、右バッターの内角を突くストレートが得意なんです。あとは左バッターの外に決まるボールですね。それが自分のベストボールなんで。そのボールだけは、今日もほとんど打たれていないと思います」

 10本以上のヒットを打たれて、5点取られて敗れても、投手の"意地"を失っていない。自身を俯瞰して見られているし、自分の言葉で語れる。

 なんとなく高校野球をしていた投手が、1年前に転任してきた監督に素質を見出された。平林監督が言う。

「子どもの頃、松商学園のエースで阪急にドラフト1位で指名された川村一明さんのキャッチボールを真後ろから見た時に『怖い』と感じた。岩瀬を初めて見た時、あの記憶が蘇りました」

 昨年秋、県外の強豪校相手に140キロ台にパワーアップした速球を武器に14奪三振。「公立の星」的な評判が広がったのは、その頃からだ。

「マイペースなヤツですからね......そういうことを励みにしたり、喜びにしているようですが、注目されるプレッシャーを重荷にするわけでもなく、じわじわと成長している感じですね」

 淡々と語る平林監督の手元にいるからこその"ほふく前進"のような進化ぶりなのかもしれない。そのほうがいいと思った。時間をかけて、少しずつよくなればいい。

 いろいろ聞いてみると、学校のグラウンドには本格的なブルペンはなく、バッターボックスも書かずにピッチング練習をしているという。

 それでも試験明けの、しかも強豪校相手に、あの粘っこい、うなりを上げるストレートを1イニング3、4球投げるのだから、正真正銘の「未完の大器」である。

 つい先日、メジャーのスカウトもグラウンドを訪れたという。今のスカウトは真面目な方な方が多い。ちょっと話題になれば、すぐ見に来てくれる。だからといって、「ならばメジャーで!」とまさかそこまで幼くはないだろうが、私は「未完の大器」こそ、アマチュアでもうひと勉強して、半完成品くらいになってからドラフト指名されたら......と思う。

 未完の大器が自分の器の大きさに気がついて、本気になったときの爆発力は、これまで何人も見てきた。岩瀬が、その列に加わることができるだけの素質があることは保証する。素質開花の第一歩、その最初のステップになる夏がまもなく始まる。