西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 第4回 コーディ・ガクポ日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、…

西部謙司が考察 サッカースターのセオリー 
第4回 コーディ・ガクポ

日々進化する現代サッカーの厳しさのなかで、トップクラスの選手たちはどのように生き抜いているのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が考察します。今回は、第4回はユーロ2024でオランダ代表の得点源として活躍しているコーディ・ガクポです。

【強力な右足キックが武器】

 オランダはユーロ2024の開催国ドイツの隣国。1974年西ドイツW杯はホームのような雰囲気で戦い、決勝まで進んでいる。1988年に西ドイツで開催されたユーロでは優勝。初のビッグタイトルだった。



ユーロ2024で活躍するオランダのコーディ・ガクポ photo by Getty Images

 今回はグループステージ1勝1分1敗での3位通過。危ういところだったが、ラウンド16ではルーマニアに3-0と快勝。この試合ではコーディ・ガクポが1ゴール1アシストの活躍。そしてトルコとの準決勝でも決勝ゴールに関わり、一躍、エース格となっている。

 初戦のポーランド戦で同点ゴールを決め、オーストリア戦でも1-1の同点弾。オーストリアには2-3で敗れたものの、重要なゴールを決め続けている。

 アイントホーフェン出身の25歳。地元のPSVでデビューし、2023-24シーズンからはリバプールでプレーしている。左右のウイング、センターフォワード(CF)、MFもこなす攻撃のユーティリティープレーヤー。ただ、見た目にそういう器用な印象はない。

 確かにボールタッチは正確で、193㎝の長身にしてはドリブルも安定しているが、マルチプレーヤーというより一芸型なのだ。

 強力な右足のキックこそ、ガクポの武器であり、それを使ってどのポジションでもゴール、アシストを生み出している。何でもできるというより、一芸ですべての答えを出してしまうタイプと言える。

 オランダ代表でのポジションは左ウイング。カットインからの右足のシュートが格別で、ニアにもファーにもねじ込む力がある。

 ルーマニア戦の先制ゴールはニアポストとGKの隙間を打ち抜いた。左サイドのペナルティーエリアの縦のライン、そのすぐ外から右へ持ち出してDFを外すと、強烈な一撃をお見舞い。この右へ持ち出してからの右足のひと振りは有無を言わさぬ威力がある。

 ボールへの斜めのアプローチから、真っ直ぐに蹴り出す。この形になったら絶対的。シュートだけでなく、クロスボールでも同じ種類のキックを使っている。

 キックの種類としてはインステップキックなのだが、インステップの内側をボールにヒットさせている。インステップの説明として、足の甲の中央にボールを当てるというのが一般的だと思うが、実はそうやって蹴っている人はあまりいない。

 基本中の基本のインステップキックなのに、ボールへの当て方や足の振り方は十人十色なのだ。足のつき方、骨格、体型、足のサイズに個人差があるからだが、インサイドキックに比べると非常に個性が出やすく、自分の形を作らなければならないキックとも言える。ガクポは自分の型があり、その一芸ですべてを解決する。

【「強蹴力」はオランダの伝統】

 いかにボールタッチに優れ、すばらしいドリブルができても、それだけでは結果は出せない。パスをつなぎ、シュートを決めるのはキックである。歴代の名手でキックが下手という選手はいない。キックの名手こそ結果を出せるので、キックのうまさはスターの条件になるわけだ。

 1978年アルゼンチンW杯では、オランダは「強蹴力」で決勝まで勝ち進んだ。

 4年前のトータルフットボールのチームからヨハン・クライフが抜けていたオランダは、革新的だったプレースタイルを再現できていない。戦術的には踏襲していたはずなのだが、クライフの個人技と知性を欠いて別のチームのようになっていた。

 しかし、4年前からはかなり見劣りするそのチームでも、同じく決勝までは進めている。2次リーグを勝ち抜けてファイナルへ辿り着けたのは、アリー・ハーンのロングシュートのおかげだった。

 2次リーグ初戦でオーストリアに5-1で大勝したあと、西ドイツ戦(2-2)では1-1に追いつくロングシュート。イタリア戦(2-1)では決勝点のロングシュート。いずれも40mはあろうかという距離だった。ちなみにイタリア戦のエルニー・ブランツの同点ゴールも約30mのシュートである。

 1980~90年代は、ロナルド・クーマンを輩出した。

 PSV、バルセロナで活躍したクーマンは足が遅いので有名だったが、かわりにビルドアップのうまさ、何より精度の高いロングパスがすばらしく、オランダのレジェンドのひとりとなり、ユーロ2024では監督として指揮を執っている。

 クライフがバルセロナの監督として採用していた「偽9番」は、自身の現役時代のプレースタイルであるとともに、クーマンのキック力をあてにしたものだった。CF(主にミカエル・ラウドルップ)が引くことで生じる前線のスペースへ、ほかのFWが走り込み、センターバック(CB)のクーマンがロングパスを届ける。正確なスピードボールを蹴れるクーマンがいてこその戦法だった。

 ドリームチームと呼ばれたこの時期のバルサは、チャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)初優勝を果たしているが、決勝戦の1点はクーマンのFKからのゴールである。

 ハーンとクーマンはCBまたは守備的MFで、スーパースターというタイプではないが、そのキック力で結果を叩き出した。オランダが3度目のファイナルへ進んだ2010年南アフリカW杯でも準決勝のウルグアイ戦でジョバンニ・ファン・ブロンクホルストが40mのロングシュートを決め、ヴェスレイ・スナイデルの強烈なミドルも武器だった。

 こうしたひと振りの威力はオランダだけのものではないが、キックの強さは蹴り足の稼働範囲によって決まるという説があり、それが本当なら、長身国オランダからキックの名手が途切れなく生み出されているのは納得できるものがある。

【一芸で結果を出せるスペシャリスト】

 右へボールを持ち出して右足一閃。ガクポのカットインからのシュートは非常にシンプルだが、そのシンプルな形を成立させているのは193㎝の長身とリーチの長さだろう。

 カットインで右へ持ち出すドリブルは、大して速そうには見えない。しかし、リーチがあるのでボールは大きく動いている。右へ運ばれたボールは、相手DFからは届かない場所にあるが、ガクポには次のワンステップで蹴れる場所。リーチの差で体勢を崩さずにキックしている。

 右足を振れる状況さえ作れば、インステップの内側でボールの中心を叩いて真っ直ぐに飛ばせる。速くて、重くて、真っ直ぐ。ファーへ巻いていくシュート、クロスボールも得意だが、ボールの中心を捉える能力があるから、中心から微妙にズラすこともできるのだ。

 シンプルで絶対的なガクポのキックを活かすには、左サイドが最適だ。サイドへ張っているガクポへ渡せば、ひと振りで何かを起こせる。強蹴力の一芸で結果を出せるスペシャリストだ。