「いろんな感情がありました」  強さと悔しさが同居する表情で自らの気持ちをこう口にしたのは、ジュビロ磐田のDF鈴木海音だ。7月6日に行われたJ1リーグ第22節・川崎フロンターレとの試合後のミックスゾーン。チームとしては敗戦を免れた劇的な展開…

「いろんな感情がありました」

 強さと悔しさが同居する表情で自らの気持ちをこう口にしたのは、ジュビロ磐田のDF鈴木海音だ。7月6日に行われたJ1リーグ第22節・川崎フロンターレとの試合後のミックスゾーン。チームとしては敗戦を免れた劇的な展開だったが、当然、それだけでは満足できないことが伝わってきた。

 鈴木にとってパリ五輪は大きな目標だった。「今まではチームで結果を残すことでオリンピックにつながるって思ってましたし、それが自分の成長につながると思っていた」と自身の中で“軸”だったことを明かしたうえで、「ここ2年間、特に今年はそういう強い思いでやっていた」と振り返る。それだけに、「目が覚めたりとかいろんなふとした時にすごく悔しい気持ちが自分の中で(生まれた)」とも心中を吐露。複雑な心境を素直な言葉で残そうとした。

 4年に1度の大舞台のメンバーが発表されたのは7月3日。そこから中2日でJ1リーグ戦を迎えた。メンタル的に難しい部分があったのではと周囲は思うが、「すぐに試合が来てくれたので、そこに向けて準備するしかないと思ってましたし、この試合にぶつけようという気持ちでいた」と、切り替える要素に自らしてみせた。

 そして、「今の実力が足りなかったことをしっかり受け止めて、A代表やもっと成長していくことにフォーカスしていきたい」と力強く言い切った。

■ライバルで盟友に掛けた言葉

 川崎フロンターレとの対戦で、相手チームにはよく見知った顔がある。CBでフル出場した高井幸大だ。U23アジアカップや米国遠征で長い時間を共に過ごし、勝利を目指すチームメイトとして、同時に、同じポジションの椅子を争うライバルとして切磋琢磨した。

 競争の世界では仕方のない構図ではあるが、高井はその切符の一枚を勝ち取っていた。ライバルであり盟友――そんな関係性の高井に、鈴木は試合前にエールの言葉を送ったという。

「遠征もずっと一緒に行ってたし、センターバックで一緒にやってた仲なので」

 晴れやかな表情でそう話す鈴木が高井に掛けた言葉は、「がんばれよ」。明かしたのは一言だけではあるが、試合前というわずかな時間だったためやり取りできる言葉の数は少なかった。何より、その一言の中にさまざまな意味と重みがある。

 さらに鈴木は、「あとで、またあっちで話します」と笑顔でチームバスの方を指さす。伝えたい気持ちが、まだあるのだ。

■新たな目標のために

 隠さない悔しさを今後、どのような成長につなげられるか。鈴木はそこにフォーカスしている。A代表という新たな目標のために、自分が何を積み上げればいいのかをすでに整理。「前で潰すことやカバーリングは自分の強み」と分析したうえで、「世界と戦う上で、空中戦でも地上戦でももっと強くならないといけない。ロングボールをはね返す能力もちろんそうだし、89分いいプレーしても1本入れ替わってしまって相手に決定機を与えれば“良いセンターバック”とは言えないと思うので、90分クレバーに集中し続けてやらせないというところを、自分の強みにしていきたい」と話すのだ。

 この川崎戦は、鈴木が今後、世界に羽ばたくためのリスタート地点。勝利では飾れなかった。でも、諦めない姿勢を見せた。そんな新たな一歩を、ホーム・ヤマハスタジアムで踏み出した。

(取材・文/中地拓也)

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