ハンドボール・土井レミイ杏利インタビュー (後編) ハンドボール日本男子代表チームは、自国開催のため予選免除となった東京五輪を除き、自力では36年ぶりとなるパリ五輪出場を決めた。東京五輪にキャプテンとして出場し、2024年5月をもって現役を…

ハンドボール・土井レミイ杏利インタビュー (後編)

 ハンドボール日本男子代表チームは、自国開催のため予選免除となった東京五輪を除き、自力では36年ぶりとなるパリ五輪出場を決めた。東京五輪にキャプテンとして出場し、2024年5月をもって現役を引退した土井レミイ杏利は、パリ五輪に挑む代表チームにどのような期待を抱いているのか。

 一方で、TikTokで700万人以上のフォロワーを抱えるなど、SNSを通じて自身の名前を世間に広めた土井。先日、民放系列のパリ五輪メインサポーター就任も発表されたが、引退後のセカンドキャリアでは、どのような活動を軸にその影響力をハンドボールの人気拡大につなげていくのか。

 常に様々なアイディアやこだわりを頭の中に持つ土井の口からは、独特かつ深みのある言葉が連なってくる。

 インタビュー後半では、パリ五輪に臨む日本代表のこと、「レミたん」の愛称で人気を博すSNS活動のこと、そしてセカンドキャリアについて話を聞いた。

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プレーオフの激闘後に取材に応じる土井 photo by Murakami Shogo

【パリ五輪では"勝ち負け"にこだわってほしい】

――土井さんは2021年の東京五輪にもキャプテンとして出場されましたが、日本代表チームは土井さんにとってどのような存在ですか?

土井 小さいころからの僕の夢で、実は、小学校の卒業文集にも日本代表に入ることが夢と書いていたんです。競技生活のなかでも特に思い入れが強い存在でした。

――7月に迫ったパリ五輪に臨む日本男子代表チームには、どのような戦いぶりを期待しますか?

土井 日本を除くとヨーロッパ勢ばかりのグループに入ったので、かなり厳しい戦いにはなりますが、期待しています。僕が抜けてから若い選手たちがチームに入ってきていて、彼らの活躍でこの五輪切符も獲得できました。その若い力が大会までにどう成長していくかも含めて、楽しみにしています。

――厳しい戦いになるとの見通しのなか、勝ち負けはもちろん、試合の中身も重要といったところでしょうか。

土井 いや、勝ち負けですね。正直、自力で出場するのも36年ぶりですから、もうそれだけですばらしいことではあるんです。ただ、それだけじゃまだ何も変わりません。過去にも、例えば水球日本代表が、リオ五輪の予選で32年ぶりに自力で出場権を獲得しましたが、決勝トーナメントまでは進めず、予選敗退で終わってしまって、(大会中の)放送枠が別の競技に変わってしまいました。注目される前に大会が終わる。そうすると何も変わらないんです。

 ですから、今やっとスタートラインに立った、というだけなんです。ちょっと厳しい意見になりますが、これは激励の意味を込めて、もう一度気を引き締めて、ここで結果を残すことが彼らにとって一番大事だって伝えたいですね。もちろん、ものすごく応援しているんですけど(笑)。

――それはプロ化を控えた日本ハンドボールリーグをメジャーに、ということにもつながってくるのでしょうか。

土井 そう思います。ただ、リーグのほうもちゃんとした受け皿を用意する必要があります。パリ五輪で試合を観て応援してもらえるようになって、いざハンドボールリーグの試合を観に行ってみようとなっても、今までどおりエンターテインメント性にも乏しい、普通の体育館で試合をやっているだけのような、そんなものでは満足してもらえません。

 だからリーグ側も気合を入れて、観に来て本当によかったと思えってもらえるような雰囲気を作っていかないといけません。もし五輪で結果を出しても、そのチャンスを逃すことになってしまいます。



土井もプロ移行後のリーグ戦の盛り上がりに期待しているという

――パリ五輪に臨む彗星ジャパンで注目選手を挙げるとすれば?

土井 もちろん全員に期待していますし、みんなを観てほしいんですけど、パリ五輪出場を決めた時のMVPは、新しく加入したセンター・安平光佑選手(北マケドニアリーグ・RK Vardar)でした。彼は今の若いチームの中心となる選手だと思います。

 それと、ディフェンスの選手は一見あまり目立たないのですが、その中でも髙野颯太選手(トヨタ車体ブレイヴキングス)はすごくいいプレーをしています。彼は僕の高校(浦和学院高)の後輩でもあるので、パリでのさらなる活躍を期待しています。

【フォロワー700万のTikTokクリエイター「レミたん」が届けたいこと】

――さて、土井さんの名前が知れ渡ったのは、何といってもTikTokの影響が大きいですよね。現在TikTokアカウント「レミたん」のフォロワー数は約700万。埼玉県の人口と同じくらいです。

土井 ああ、そうなんですね(笑)。でも、世界中にフォロワーがいるので本当にピンとこないというか。単純に僕の動画を見て楽しんでくれている人が700万人もいるっていう感覚です。フォロワーを毎日楽しませるのが目標です。

 インフルエンサーが「今後の目標はなんですか」って聞かれると、登録者数100万人とか、フォロワー数に関する回答をする人が多いと思うんですけど、それは僕の発想にはないんです。僕が注目されているのはフォロワーがいるおかげで、毎日その人たちを楽しませていれば、数字は勝手に増えていきます。そこを忘れずに活動できている人が本物だなと考えています。

――フォロワー数はあまり気にされていないんですね。

土井 フォロワー数のチェックはまったくしないです。増えることはもちろん嬉しいです。嬉しいですけど、増やそうと思って行動したくないんです。その欲が出てくると頑張っちゃうじゃないですか。頑張っている姿って、あんまり人に見せるのが好きじゃないので。ただただ僕の映像を見て、その一日のなかで、一瞬でも楽しいっていう気持ちを持ってもらえればいいなと。

――TikTokをやっている目的もそこだと。

土井 フランス時代、苦しくて、本当につらかったところから復活できたのは、ハンドボールは楽しいものだっていう原点に立ち返ることができたからでした。自分の気持ちのなかにちょっとでも楽しいっていう気持ちが生まれると、悪かったサイクルがどんどんいい方向に向かっていきました。そういうきっかけをいろんな人に与えたいんです。

――土井さんのTikTokではハンドボールのネタがほとんどありませんよね。

土井 ハンドボールのことをネタの中心にしても、元々ハンドボールの世界にいた人たちやハンドボールファンしか見てくれません。それではハンドボールファンの分母を増やす活動にならないので、まったく違うことをやって、競技の外にいる人たちにまずは自分のことに興味を持ってもらおうと。僕のことを好きになってくれた人たちが「この人がやっているんだったらハンドボールを観てみよう」となるのが理想です。

【SNSは親指一本で人を幸せにできる。その考え方が広がってほしい】

――TikTokでのこだわりや戦略は?

土井 一番大事なのは、誰も傷つけないコンテンツを発信することです。これだけフォロワーが増えても、アンチはほとんどいないと思います。

 そして、世界中の人をひとりでも多く楽しませたいという思いです。非言語で動画を作っているのはそういう理由で、誰が見ても理解できる内容にしています。

 動画を撮る時も、中途半端なことはしたくないでので、やるんだったらとことん全力でふざけています。僕あまり羞恥心もないので。どこかに置き忘れてきちゃったんですかね(笑)。

――アンチの存在もそうですし、SNSには影の部分もあると思います。その点で何か思うことはありますか?

土井 もっとSNSや道徳の教育に、力を入れたほうがいいなと思います。アンチへの対策を考えるのも大事なことですが、アンチから攻撃されたあとの対策だけじゃなくて、それ以前にアンチがつかないような人間作りや動画作りなどの勉強をしておく必要があります。ユーチューバーなどは華々しいイメージもありますが、傷ついて辞めちゃう人も多いですから。

――そういったセンシティブな側面もありますが、それでもSNSには人々を幸せにするポテンシャルがあるという考えですか?

土井 ポテンシャルはあります。どっちに転ぶかっていうのは、結局使う人次第です。SNSは、親指一本で人を死に追いやる危険性もあります。それを裏返すと、親指一本で人を幸せにもできるツールです。そういう考え方の人が増えてほしいです。

――SNSのアイディアはどうやって考えているのですか?

土井 アイディアは日常のなかにあふれています。元々、カートゥーンの世界観に憧れがあって、『トムとジェリー』など、言葉がない状態でも楽しめる作品が好きだったんです。

 だから、普段からそういうマインドで生活しています。それと"物"の気持ちを考えるのも好きです。紙くずがデパートの隅に置いてあるゴミ箱の裏に入ってしまって、何年も捨てられずそこにいたとしたらどんな気持ちなんだろう? とか、そういうちょっとモノ悲しい"物"の気持ちを想像したり、表現したりするのも面白いです(笑)。

――SNSを含め、引退後のキャリアについては、どのように考えているのでしょう?

土井 ビジネスをやりたいですね。スポーツの分野に限らず、自分がやりたいと思ったことや、世の中の将来を見通して、こういうサービスがあったらいいのになって思ったことをやっていくつもりでいます。まさにいま少しずつ動き始めているところです。

 海外で生活していたので、日本のよいものを「これ、あの国にあったら絶対流行るのに」と感じていたり、逆もしかりで、「日本にない海外のサービスを日本に持ってきたら絶対需要があるのに」というものが実はたくさんあると思うんです。日本と世界の橋渡しになるようなサービスを提供できたらいいなと思っています。

 でもそれはゴールではなくて、将来的にもっとやりたいことがあります。TikTokってデジタル世界じゃないですか。ハンドボールの外にいる人たちに、僕はデジタル世界の中で知ってもらって、彼らとハンドボールをつなげることができました。デジタル世界だけじゃなくて現実世界でも同じことを起こしたいんです。会社のサービスやメディアを通じて、現実世界の人たちと交わる機会をどんどん作って、その人たちをハンドボールの世界に連れてこられたら素敵ですね。



【Profile】
土井レミイ杏利(どい・れみい・あんり)
1989年9月28日生まれ。千葉県出身。フランス人の父と日本人の母の間に生まれ、小学3年生の時にハンドボールを始める。大学卒業後、ヒザのケガをきっかけに一度は競技を引退。語学留学のためフランスへ渡るが、留学先でヒザの痛みが消えていることに気づき、再びハンドボールの世界へ。2012 年、フランス1部リーグ『シャンベリ・サヴォワ・ハンドボール』のセカンドチームの練習に参加。その後、プロ契約を結び、2017年には日本人ハンドボール選手史上初のオールスター出場を果たす。2019年より日本ハンドボールリーグの『大崎電気OSAKI OSOL』に移籍し、2021年から『ジークスター東京』に所属。日本代表でも長年主力として活躍し、東京五輪ではキャプテンも務めた。2024年5月のプレーオフをもって現役を引退。
『TikTok』では700万人を超えるフォロワーを持ち、大人気TikTokクリエイターとしての顔も持ち合わせる。180cm・80kg