2015年のラグビーワールドカップ(W杯)で、過去1勝しかしていなかった日本代表を率いて、優勝候補の南アフリカ代表を下した「ブライトンの奇跡」を起こした、日本にもルーツを持つ豪州出身の世界的名将エディー・ジョーンズ(64歳)。日本を離れた後…

2015年のラグビーワールドカップ(W杯)で、過去1勝しかしていなかった日本代表を率いて、優勝候補の南アフリカ代表を下した「ブライトンの奇跡」を起こした、日本にもルーツを持つ豪州出身の世界的名将エディー・ジョーンズ(64歳)。日本を離れた後、イングランド、母国オーストラリアの指揮官を経て、今年の1月から再び、日本代表の指揮官の座に就いた。そんなエディーHCが見る10年前と現在の日本ラグビー界の変化、そしてラグビーの普及のために必要なこととは。


練習で指示を出すエディー・ジョーンズHC

 photo by Saito Kenji

――初めてエディーさんの指導を受けた選手たちはみんな「優しい」「ユーモアがある」と話していました。一方、2015年W杯で主将だったFLリーチ マイケル(ブレイブルーパス東芝)は「いつ(怒って)雷が落ちるんだろう」と警戒もしていました。

 それは間違ってないです、そのとおりですね(苦笑)。そうする方がいいのであれば雷は一度や二度はどうしても落ちるものです。しかし、昨今の若手選手は叱咤ということになかなか反応しないですし、どちらかというとお世話をすることが必要なのかなと思います。自分がソフトでいるというよりは、若手選手のベストを引き出すためには何が適切かといったところで、そういった対応を取るようにしています。

――現代の若者と距離を詰めるという観点では、やはり10年前と変わってきたと感じているのでしょうか?

 今の若手の選手たちは結構、独立している思うところがありますし、10年前と違って、日本代表の大多数の選手は(働きながらラグビーをする選手ではなく)プロです。それぞれの自分の個人のプレーに意識が向いていると思います。スポーツにプロ意識が入ってくるときには、初めての段階では心地よさというか、やりやすさを求める。ただ、やりやすい、心地よい環境というのはハイパフォーマンスの環境とは言えません。そこの観念を、少し勇気を持って、ちょっと壊してほしい。かつ自分のキャリアをいかに伸ばしていくか、その道を探ってほしいと思っています。

――かつては、食事中はスマホを禁止したり、ポジション柄、普段あまりしゃべらない選手とご飯を食べさせたり、ホテルでは若手とベテランを同部屋にしたりもしていましたね。

 そうですね。そういったことも少しずつ進めているつもりです。やはり、選手たちがどんどんと混ざりあうことが大事です。日本代表は、どうしても日本人選手と外国人選手がいて、あとは日本人選手の中に先輩、後輩の関係もあるので、すべて打ち壊していきたい。そういったところはフィールドでお互いを信頼するためには大切な要素となっていきます。

――以前、日本だけでなく、世界のラグビー選手たちにあった、「ラグビー愛」を取り戻したいとも話していました。

 それは日本代表にプロが増えたということとは直接、関係はありません。例えば、テニスのロジャー・フェデラーは25歳で成功のキャリアをスタートさせました。そして30歳~32歳の頃にスランプで勝てず、そこからもう一度、トレーニングも変えて、ラケットを変えて、パワーゲームをするようになった。36歳で2度目の最高のシーズン、成績を収めた。それこそがスポーツへの愛だと思います。それを日本代表の選手にも感じてほしい。

 (リーチ)マイケルのように、毎回、毎回、成長のチャンスをうかがってほしい。マイケルは本当に重要な選手です。彼のような選手があと5、6人いてほしい。常に自分のラグビーをいかにベターにできるかを考えながら動ける選手がほしいです。

――昨今は高校、大学、リーグワンのレベルが上がっている一方、実は20年ほど前は3万人を超えていた高校生のラグビー人口が、現在は2万人を切って1万7千人ほどになってしまいました。今後の日本ラグビーを考えると、日本代表が夢を与えるということも大事になってくると思いますが......。

 だからこそ、自分には大きな責任があると自覚しています。3月に、2015年にも訪れた大分の別府の高校にまたうかがったのですが、当時は部員が6人でしたが、2015年、2019年W杯を経て、今は25人まで増えていました。だから、この日本代表のチームが成功すれば、もっともっとラグビーをしたいという子どもたちが増えるというふうに認識しています。

――ラグビーの普及と、チームを勝たせることの両立は、簡単なことではないと思いますが......。

 すべては勝つことです。現実的には、オールブラックスやフランス代表、イングランド代表のようにプレーしようとしてもジャパンには無理なので、ジャパンはジャパンらしくプレーして勝たないといけない。ジャパンのそもそも生まれ持って備えているラグビーは非常にエキサイティングなものです。でも、うまく戦わないと試合に勝つことはできません。

 ただ2015年W杯と2019年W杯で、それが不可能ではないというのも実証していると思います。2019年W杯では、本当に見ていて大会で一番、ベストなチームが日本代表だったというのは間違いない。それは日本人のラグビーをやっていたからだと思います。今はそこからちょっと外れてしまったので、そこを取り戻したいと思っています。

――だから2023年W杯では強豪国に勝ったのにも関わらず、決勝トーナメントに出場できなかったと感じているのでしょうか?

 それは私のコメントすることじゃないかなと思います。自分がやることは、日本代表を変えていくことだと思っています。

――この4年間、ラグビーファン、スポーツファンは新生エディー・ジャパンのどういったところを楽しみにすればいいでしょうか?

 私たちのラグビーのユニークさです。まずはバランスを取りながら、非常にタレントのある外国人選手と日本人の若手のタレントを伸ばしていく。そして「超速ラグビー」で、ファンの方全員がこの後、どんなラグビーをするのか見るのが待ちきれないようなプレーをしたい。毎回、アタックを畳みかけるジャパニーズのラグビー、日本のラグビーを見せたいと思っています。

■Profile
エディー・ジョーンズ
1960年1月30日生まれ。オーストラリア人の父と広島県にルーツのある母を持つ。ラグビー選手として活躍後、数々の代表、クラブチームを指揮し、2012年にはラグビー日本代表のヘッドコーチに就任。2015年ラグビーワールドカップでは初戦で強豪国の南アフリカと対戦し、見事勝利を収めた。歴史的な勝利は「ブライトンの奇跡」と呼ばれ、社会現象を巻き起こした。その後、イングランド代表、オーストラリア代表を歴任し、2024年から2027年までの4年間、再び日本代表の指揮を執ることとなった。