走るだけでスタジアムをドッと沸かせる選手を久しぶりに見た。 ガンバ大阪のMF山下諒也がボールを持つと、大谷翔平の"ショータイム"のように歓声のボルテージが2ランクぐらい上がる感じがした。「50mは、5秒8です。でも、高…

 走るだけでスタジアムをドッと沸かせる選手を久しぶりに見た。

 ガンバ大阪のMF山下諒也がボールを持つと、大谷翔平の"ショータイム"のように歓声のボルテージが2ランクぐらい上がる感じがした。

「50mは、5秒8です。でも、高校以来計っていないんで、今はわからないですけど」

 山下は小さな笑みを浮かべてそう言った。

 陸上競技の正式タイムではないが、ウサイン・ボルトの50mの記録が5秒47。その比較からしても、感覚的に相当速いイメージができるのではないだろうか。

「ゼロからのスタートで、相手に差をつける自信があります」

 山下が独学でマスターしたという走りの特徴は、初速からトップスピードに入るまでが異常に速いことだ。164㎝の小柄な体格ゆえストライドは決して大きくないが、足の回転数が非常に速い。筋トレで磨き上げた肉体と体幹が、高速走行時やドリブルの際の安定感を生み、トップスピードを維持したまま前線を駆け抜けることができる。

 山下は、それを何度も繰り返す。

「スプリントの回数が自分の持ち味。毎試合、誰よりもスプリントしないといけないと思っています」


ガンバ大阪躍進の起爆剤となっている山下諒也

 photo by Kishiku Torao

 スタメン出場した直近のリーグ戦3試合のスプリント回数は、毎回チームトップ。第16節のFC東京戦に至っては28回とずば抜けて多く、FC東京で最も多かったバングーナガンデ佳史扶の20回を優に超えていた。

 ただでさえ速いのに、スプリントを何度も繰り返すので、相手は対応に四苦八苦する。事実、FC東京戦ではバングーナガンデが山下に何度もちぎられていた。続く第17節の湘南ベルマーレ戦でも、山下の裏抜けのうまさと初速のスピードに湘南の杉岡大暉がついていけず、PKを献上した。

 山下のよさはスピードだけではない。

「DFラインの背後に抜けたり、スペースを突いたり、チャンスシーンに顔を出す。そういう自分のよさをどんな試合状況でも、どんな戦術でも出せるのが自分の強みです」

 攻撃だけではなく、守備も粘り強く、うまく相手に対応している。小柄ながらさらに重心を低くして、体を当ててくるので、相手はバランスを崩しやすい。そこでボールを狩り取ったり、プレーを遅らせたりする。

「背が小さいので、体をうまく使わないといけないと思っています。相手にチャージする時も思いきりぶつからず、相手の力を利用してみたり、そういう守備のやり方はいつも考えていますし、(昔から)染みついている部分でもあります」

 攻守に持ち味を発揮している山下は、サッカーIQの高さを示すプレーも持ち味だ。

「横浜FCの時にシャドーで起用されて、試合を落ちつかせたり、あえてゆっくり展開したり、前線に人が少ないなか、自分たちの時間をどう作り、どう増やすのか。いろいろ考えながらサッカーをしていました。それが財産となって今、ガンバでプレーする際、すごく活きています」

 ガンバでは主に右のアタッカーとして起用され、攻守にアクセントになっている。チームの主軸である宇佐美貴史も、そんな味方の頼もしい"スピードスター"を高く評価する。

「諒也は、サイドで仕掛けるとか、スピードで背後を突くというところだけじゃなくて、1タッチで(敵を)いなしたり、バイタルのところにうまく入ってきたりして、ひとつパスのクッションになってくれます。派手なアクションやタックルで相手を止めたり、チームの士気を上げてくれるようなこともしてくれるので、チームメイトとしてはありがたい存在です」

 今や、宇佐美と山下のコンビネーションプレーは、ガンバの大きな武器になっている。湘南戦は、2点ともこのコンビから生まれた。山下が言う。

「貴史くんは、"ここ"というポイントで走れば、絶対に(パスを)出してくれるので思いきって走れます。(自分に出てくる)パスの本数も多いので、自分のよさを活かすことができるし、最高に楽しいですね(笑)」

 ダニエル・ポヤトス監督も「山下はスピードと賢さがある」とその能力の高さを認めているが、山下自身は「ガンバでやれる手応えは感じているが、まだまだ物足りない」と、現状に満足することはない。常にチームのプラスになれるようなプレーヤーになることが目標で、日本代表への思いも強い。

「自分は過去、代表経験がありません。東京五輪世代ですが、そこ(五輪)にも行けなかった。その悔しさを持って練習や試合に臨んでいますし、試合に出た時は同世代だけじゃなく、相手をぎゃふんと言わせたい気持ちでやっています」

 先のW杯アジア2次予選では、友人の小川航基が日本代表に選出されて刺激を受けた。その代表は現在、山下と同じ東京五輪世代のタレントがズラリ。とりわけ、三笘薫、堂安律をはじめ、下の世代となる久保建英もいる2列目は最大の激戦区だ。

「海外でやっている選手には負けたくないですが、リスペクトの気持ちがあります。今はとにかく、自分のよさを毎試合出し続けることが重要。それを継続していけば、いずれ代表も見えてくると思っています」

 日本代表への道を歩むには、プレーのすごさだけでなく、結果も求められる。山下は、ここまで途中出場を含めてリーグ戦9試合に出場している。アシストは2つあるが、得点はゼロだ。チーム自体、17試合で17得点とJ1上位5チームのなかでは最も少ない。今後、ガンバが優勝争いに絡んでいくためにも、自身の代表入りのためにも、得点力アップは欠かせない。

「得点、取りたいですよ。チームが勝つことが一番ですけど、自分が点を取って勝つのが一番いい。早く点を取ってヒーローになれればいいかなと思っています(笑)。ただ、それを意識しすぎてもいけない。チームへの貢献を続けることがゴールにつながると思うので、チャンスシーンにこれからもできるだけ多く顔を出していきたいです」

 サイドから仕掛け、相手をぶっちぎって置き去りにしていく。毎回、「(敵には)絶対に負けない」という強い気持ちで試合に臨み、プレーにはその強気な姿勢がにじみ出ている山下だが、意外にも心配症だという。筋トレができないと「どうしよう......」と不安が生じてしまう。

 実は、横浜FC在籍時の昨年10月に左足の手術をしている。その際、懸命にリハビリに取り組んだが、回復が進まず、アキレス腱痛を発症するなどして、「もう二度とサッカーができないんじゃないか、というぐらい心配した」という。

 そうした苦悩の時を経て、山下は今年4月に復帰。現在はピッチ内の敵陣エリアで躍動している。

「ケガを乗り越えて、今が幸せです。サッカーができるんで(笑)」

 ブレイクの扉が全開するのは間近である。