井上浩樹選手インタビュー 後編(前編から読む:ネリ対策の相手をした、いとこ・浩樹は「想定どおり」ダウン後の戦いは「人間離れしていて恐怖すら覚える」>>) 5月6日に東京ドームで、ルイス・ネリを相手に圧巻のTKO勝利を見せた井上尚弥。いとこの…

井上浩樹選手インタビュー 後編

(前編から読む:ネリ対策の相手をした、いとこ・浩樹は「想定どおり」ダウン後の戦いは「人間離れしていて恐怖すら覚える」>>)

 5月6日に東京ドームで、ルイス・ネリを相手に圧巻のTKO勝利を見せた井上尚弥。いとこの浩樹だからこそ見られた"モンスター"の秘話、今後に対戦を期待する相手とは。さらに、尚弥の勝利とは裏腹に感じたボクサーとしての悔しさや、自身の今後についても語った。


布袋寅泰(左)がギターを演奏するなかで入場する井上尚弥(右)。中央が浩樹氏 photo by 北川直樹

【ダウンシーンを映像で見て

「倒れ方が間抜け」】

――ネリ戦が終わったあとに、尚弥選手とは試合を振り返ることはありましたか?

「一緒に映像を見ましたが、試合の振り返りや、戦い方の反省などは特にしなかったと思います。ただ尚弥さんは、『倒れ方が間抜けだな』と言ってましたね(笑)。テレビやSNSなどでもダウンシーンがさんざん流れていたので、『もう見たくない』とも話していました」

――試合後、リング誌の「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」ランキングでテレンス・クロフォードを抜いて尚弥選手が1位に返り咲きました(※)。トップ争いは、試合に勝った選手が上に行くような状況にもなっている印象ですが、PFPについてどう思いますか?

(※)その後、オレクサンドル・ウシクが4団体世界ヘビー級統一王者となったことでPFP3位から1位に浮上。井上尚弥が2位、クロフォードが3位となった(5月19日付)。

「PFPは、選手が試合を頑張る機動になっている部分もあると思うので、その点ではいいのかなと思います。見ている人たちも、誰が1位なのかと話をするのが楽しいと思うので。それにしても、僕も憧れるクロフォードの上に尚弥さんがいるのは、あらためてすごい光景。本当に信じられないことをしていますね」

――次戦は9月、IBF・WBOスーパーバンタム級1位のサム・グッドマン(オーストラリア/18戦全勝・8KO)が有力と見られています。

「グッドマンは、特に目立ったパンチがない印象なので、勝負の魅力は少し見出しにくいですね」

※グッドマンは5月28日、7月10日にWBC同級8位のチャイノイ・ウォラウト(タイ)と調整試合を行うと正式に発表

――尚弥選手はスーパーバンタム級に上げてから、難敵を相手に4団体を統一。ネリ戦は東京ドームという大舞台が用意されていました。グッドマン戦に向けて、モチベーションが不安な部分もありますか?

「そういう試合こそ危険であることは、尚弥さん自身が一番理解していると思います。モチベーションをどうにかして上げよう、という必死な感じも伝わってきますね」

【将来、中谷潤人との対戦はあり得る?】

――スーパーバンタム級で他に気になる選手はいますか?

「ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン/元WBA・IBF世界王者、WBA1位/11勝1敗・8KO)はかなり強いと思います。リオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得するなど、アマチュア成績もすばらしい。パワー、スタミナ、スピードもあるオールラウンダーで、非常に好戦的ですから面白い試合になるんじゃないかと」

――スーパーバンタム級で戦い続けるとしたら、"ネクストモンスター"とも呼ばれる中谷潤人選手(WBC世界バンタム級王者/27戦全勝・20KO)が階級を上げた時が集大成になるのでは、という声も上がっています。

「確かに、尚弥さんがスーパーバンタムに長く留まることがあれば可能性はあるのかなと思いますが、中谷選手の今後のプラン次第ですよね。彼がバンタム級の4団体統一を目指すなら時間が必要ですから、尚弥さんがフェザー級に転向するとなると......こればかりはお互いのタイミング次第ですよね。

 正直、尚弥さんが今の階級に留まっても相手がいなくなると思います。その場合、上の階級のチャンピオンに挑戦することをファンは見たいと思いますし、本人も意識しているでしょう」

――尚弥選手は、常に新たな強敵との対戦を求められますが、そのプレッシャーについてはいかがですか?

「周りからの期待が大きすぎますよね。同じ階級で防衛を重ねることが一般的だと思うのですが、階級を上げ、そこで最強の相手との試合が組まれ、絶対に勝てると思われているわけですから。まぁ、そう期待せざるを得ない試合を尚弥さんが見せ続けているからなので、仕方ないですね(笑)」

【リングで尚弥のベルトを掲げた時のうれしさと悔しさ】

――ちなみに浩樹選手は、ネリの試合が終わったあとのリングでベルトを掲げていましたが、そこから見た東京ドームの景色はいかがでしたか?

「当たり前ですが、『広いなぁ』と。もちろん尚弥さんが勝ってくれてうれしい気持ちが一番大きかったのですが......一方で同じボクサーとしては、ほかの選手のベルトを持って立っているという歯がゆさ、自分が試合をしてないという悔しさもありました」

――浩樹さんは今年の2月22日に行なわれたWBO東洋太平洋スーパーライト級王座統一戦で、OPBF東洋太平洋王者の永田大士選手に判定で敗れました。WBOアジアパシフィック王座を失い、試合後には引退をほのめかす発言もありましたが、今後については?

「試合の直後は、『ここで終わりでもいいかな』と思ったんです。(2020年7月に初黒星を喫した)永田選手ともう一度対戦して、いい思い出に塗り替えるために復帰したので。でも、翌日には練習したくなっていたんですよね。今は練習が本当に楽しいし、新しくついた鈴木(康弘)トレーナーともいいトレーニングができているので、このまま続けていきたいと思っています」

――永田選手との試合は、4ラウンドに相手をダウン寸前まで追い込みましたが、その後はうまく攻められず、逆にポイントを取られるラウンドが続いてしまったように感じます。

「あまり詳しくは言えないのですが、左が使いにくい状況になってしまって......。試合を通して、右でポイントを取るボクシングをすればよかったとは思うんですが、どうしても引きたくない感情が出てしまいました。下がらずにぶつかり合いたい気持ちが前面に出すぎたかもしれません」

――試合の途中で、リングサイドで観戦していた尚弥選手からは、ジャブもっと突いたほうがいいというアドバイスもあったそうですね?

「確か、8ラウンド前後のことだったと思います。ジャブでポイントを取る考えが完全に頭から消えていたので、それを思い出させてくれましたが、ポイント差を覆すまではいきませんでした」

―――以前の浩樹選手のファイトスタイルからすると、気持ちを前面に出して打ち合うことは珍しいのでは?

「試合後、トレーナーの八重樫東さんらからは、『勝ちに徹するなら、ああいう感情はいらない』と言われました。そのとおりで、ポイントを稼ぐための戦い方をすれば試合の展開も変わっていたかもしれません。でも、続けて八重樫さんは『気持ちのまま戦う、打ち合う、そういう時もあるからボクシングは面白いんだよな』とも話していましたね」

――現役時代、真っ向から打ち合って「激闘王」と呼ばれた八重樫さんならではの話ですね。

「そうですね。負けましたが、とても価値のある試合になりました。逃げなかったことを誇りに思える試合ができたことを、何年か後に人生を振り返った時に、『あれがターニングポイントだったな』と思えるようにしたい。

 東京ドーム大会が終わったあと、僕もプレッシャーを感じていたからか、ちょっと体調を崩してしまって(笑)。たぶん、安堵したんだと思います。もちろん、もう何ともないですから、これから頑張りたいです」

【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、ふたりの父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが、2023年2月、約2年7カ月ぶりに復帰。同8月、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦に勝利。2024年2月22日に、東京・後楽園ホールで、東洋太平洋同級王者・永田大士との王座統一戦に敗れた。19戦17勝(14KO)2敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」