今季最高の予選7位──。 ほんの少し前なら大喜びしていたこの結果にも、角田裕毅(RB)の表情には喜びがあふれるどころか、不満だけがにじんでいた。「今シーズン最高でしたっけ? Q3でアタックをまとめきれなかったのは少し残念ですけど、そこまで…

 今季最高の予選7位──。

 ほんの少し前なら大喜びしていたこの結果にも、角田裕毅(RB)の表情には喜びがあふれるどころか、不満だけがにじんでいた。

「今シーズン最高でしたっけ? Q3でアタックをまとめきれなかったのは少し残念ですけど、そこまでのアタックはよかったですし、クルマ自体に速さがなければあれだけのアタックはできませんでしたから、チームに感謝しています」


角田裕毅は地元イモラのファンに笑顔で挨拶

 photo by BOOZY

 Q2は好アタックを決めて3位で通過した。もちろん中古タイヤでアタックしたドライバーもいれば、路面の改善が進むなかで隊列の最後方でアタックしたという利点もあったから、Q3でもこのままの順位で行けるとは思っていなかった。

 しかし、Q2のアタックを1回に抑えてまで2セットの新品ソフトタイヤを温存したにもかかわらず、Q3で完璧なアタックを決められなかったことに、角田は不満だった。

 だが、このイモラ(第7戦エミリア・ロマーニャGP)での好パフォーマンスに、角田は浮かれてはいなかった。金曜フリー走行での決勝想定ロングランで苦しい走りを強いられたからだ。

「現実的に言えば、レースペースは予選ほどいいとは思っていないので、FP2のロングランでも自分がまとめきれない部分もありました。決勝に向けてはそこを改善して、最大限まとめ上げていきたいと思っています。

 メルセデスAMGよりも前でレースを終えられれば最高かなと思っていますけど、簡単な相手ではないです。とにかく確実に、少しでも多くポイントを獲ることを目標にレースをしていきたいと思っています」

 前戦のマイアミGPのようにメルセデスAMGを喰うことを意識して背伸びするのではなく、現実的に自分たちが目指すべき目標を見据え、そのためにやるべきことに集中する。悔しさを押し殺し、気持ちを切り替えて、地に足の着いたベテランのようなたたずまいさえ漂っていた。

【今季のRBはスタートが弱点】

 コース幅が狭くオーバーテイクが難しいイモラでは、スタートが極めて重要になる。誰もが1ストップ作戦を採るだけに、逆転のチャンスも少ない。

 その大事なスタートで、RB勢は2台揃って発進加速が鈍く、ポジションを落としてしまった。

「間違いなく今日のレースは、スタートでポジションを落としたことでかなり妥協を強いられてしまいましたし、普通にスタートできて(7位のポジションを維持できて)いればもっと楽な展開になったと思います。完璧なレースができていれば、もう少し上の順位でフィニッシュできたかもしれなかった。なので、スタートの改善が必要ですね」


サーキットに隣接するマンションの住民も角田を応援

 photo by BOOZY

 第4戦・日本GPでもそうだったように、RBはスタートが弱点だ。うまくいくときもあれば、そうでないときもあり、安定性が乏しい。

 チームとしては改善のための試行錯誤を続けており、今回もグリッドにつく直前だけでなく、フォーメーションラップの途中でも複数回に分けてバーンアウト(わざとタイヤを空転させるテクニック)をやり、リアタイヤを芯から温めるトライをしていた。

 それでもクラッチミートの瞬間の蹴り出しはやや弱く、その後の半クラッチからフルエンゲージのフェイズではつながりすぎてホイールスピンが発生するなど、タイヤグリップの読みとクラッチのセッティングを外していた。

 ビークルエンジニアリング責任者のジョナサン・エドルスはこう説明する。

「スタートは、いいときもあればよくないときもあり、コンシステンシー(一貫性)が足りていない点をインプルーブ(改善)する必要がある。いいスタートを決めることはできるが、それを毎回決めることができていない。

 新しいパーツが関係することや、マシンの根本的な部分に対する理解が関係することなら、改善には長い時間を要することになる。だがこれは、クラッチのマッピングやタイヤを準備する手順に対する理解の問題だから、そうではないと思う。複数の部門、複数の人間が関わる課題だから、解決策を見つけ出すのは簡単ではないんだ」

【RBの最重要課題はハースの前にいること】

 スタートは、ドライバーがクラッチパドルを操作して半クラッチ状態を作り出す蹴り出しの勝負と、そこからクラッチをフルエンゲージしてスロットルを調整しながらさらに加速していく勝負のふたつがある。

 それぞれ、路面とタイヤのグリップレベル、タイヤの最適なグリップを引き出す温め方、ミクロン単位の熱膨張でミートが変わるクラッチの状態、エンジン側のトルクの出し方など、さまざまな要素を絡み合わせた極めて複雑な準備が必要だ。毎回変わるそれらの要素をリアルタイムで読んで、最適なセッティングを見つけ出すエンジニアの腕にかかっている部分が極めて大きい。

 事実、レッドブルでさえ抜群のスタートを安定して決められるようになるまでは、試行錯誤を繰り返して、何度もスタート失敗を経て、ようやく今がある。

 いずれにしても、スタートでルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)だけでなくニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)にも先行を許してしまった時点で、RB勢のレースは大きく変わった。

 RBは目の前のレースで少しでも上に行くことではなく、シーズンを通してコンストラクターズランキング6位を争うことになるであろうハースよりも前でフィニッシュすることを最優先に、おそらくレースをしている。入賞のチャンスが数少ないなかで、それを続けていけば、彼らに追い着かれることはないからだ。

 エミリア・ロマーニャGPでも、予選結果に浮かれてメルセデスAMGに戦いを挑んでいれば、彼らには勝てなくてもランス・ストロール(アストンマーティン)の前でフィニッシュできたかもしれない。しかし失敗すれば、ヒュルケンベルグを逆転できないまま入賞のチャンスを献上した可能性もある。

 それを目指すよりも、確実にヒュルケンベルグの前を抑え、ハース勢の前でフィニッシュすることを選んだ。その結果、レースが終わった時に角田とダニエル・リカルドが何位にいるか、入賞圏内にいるかどうかは、結果論でしかない。何位にいようと、ハースの前にいることが最重要というのが、今のRBの戦い方だ。

【地元イモラの大観衆のもとに足を運んで...】

 11周目にリカルドをピットインさせ、ヒュルケンベルグのピットインを誘った。早めに入れば、残り50周以上をハードで走りきるのは、かなり苦しくなる。角田としては、もう少しミディアムで引っ張ってから第2スティントでヒュルケンベルグの前に出たかったが、ヒュルケンベルグが動かなかったために12周目でピットインし、アンダーカットでヒュルケンベルグの前に出た。

 そこからハードタイヤをいたわり抜き、ハース勢を寄せつけなかった。第1スティントを引っ張って25周フレッシュなタイヤで追い上げてきたストロールを抑えることはできず9位を奪われたが、チームからは争わずタイヤをセーブしてヒュルケンベルグを抑えることを最優先に考えようという指示が角田に飛んだ。

「たら・ればを言えば、ストロールを抑えることはできたのかもしれない。だが、今日のカギはハースに対してポイント差を縮められないようにすることだったんだ」(エドルス)

 角田もその指示に賛同する。

「もちろん僕としては『抑えたいな』という思いはありましたけど、今日のアストンマーティンは速さがありましたし、あの状況では正直、難しかったと思います。ただ単にハードタイヤを早く履いたので、そこからタイヤマネージメントしなければならなかったという、それだけのことですね。

 今日はハードで50周以上走るのは、ちょっとギリギリだったと思います。そのなかではタイヤマネージメントはうまくやれたと思いますし、自分としては満足しています」

 レースの全体像を見て、攻めと守りを的確に切り替える。だから、タイヤを保たせることができる。まさにベテランのような風格で、淡々とやるべき仕事をこなし、ポイントを持ち帰る。

 レースを終えた角田は、メインストレートになだれ込んだ地元イモラの大観衆のもとに足を運び、感謝の言葉を伝えることも忘れなかった。

 ホームレースの鈴鹿、第二のホームのイモラ。いや、いまやF1全体がホームであるかのように、ひとりのF1ドライバーとしてしっかりとこの世界に根づき、存在感を示している。イモラの観衆に手を振る角田の背中が、はっきりとそう物語っていた。