多くのジョッキーが「レースは生き物」と口にする。各陣営に思惑がある上、馬が思い通りに走ってくれるとも限らないからだ。それだけに戦前のプラン通りに運び、まして勝つケースはなかなかない。そういった視点でみると、12年の皐月賞ほどジョッキーの…

 多くのジョッキーが「レースは生き物」と口にする。各陣営に思惑がある上、馬が思い通りに走ってくれるとも限らないからだ。それだけに戦前のプラン通りに運び、まして勝つケースはなかなかない。そういった視点でみると、12年の皐月賞ほどジョッキーのアドリブ力、それに応えた馬の能力がクローズアップされたレースはないだろう。主役はゴールドシップ、そして内田博幸騎手である。

 この日の中山芝は明らかな道悪だった。前日から降り続いた雨は早朝に上がり、馬場状態は皐月賞の前に稍重まで回復。とはいえ、3角から直線にかけてのインコースが力を要するコンディションであることは明白だった。そんな中で迎えた一戦。メイショウカドマツとゼロスがハイペースで飛ばし、縦長の隊列となった。1番人気のグランデッツァ、2番人気のワールドエースはともに後方から。そしてゴールドシップはというと、前走の共同通信杯での先行策から一転、人気2頭を前に見る形の最後方待機。有力馬の極端なポジショニングにスタンドがどよめいたことは言うまでもない。

 勝負の分かれ目となったのは3角手前だ。少しでも芝の綺麗な部分を求め、グランデッツァとワールドエースは馬群の外へ。しかし、ここで誤算が生じた。先行勢も揃って外目に進路を取ったため、4角までに相当なコースロスを強いられることとなったのだ。一方、ライバルとは真逆の最内にパートナーを誘ったのがゴールドシップの内田騎手だった。

 ここから外を回していては届かない。何よりこの馬にはパワーがあるから、少々の荒れ馬場でも大丈夫―。当時41歳、経験豊富なベテランには確信があった。鞍上の判断に応えるように、芦毛のステイゴールド産駒はグイグイとポジションを上げていく。4角の出口で早くも3番手。そこからさらに脚を伸ばし、残り200mで先頭に立つと、あとは独走だった。先行策から踏ん張るディープブリランテ、大外から追い上げたワールドエースの2着争いを尻目に、先頭でゴールを駆け抜けた。前年5月の落馬で重傷を負っていた内田騎手は、復帰後初のGI制覇。須貝尚介調教師は開業4年目で初のビッグタイトル獲得だった。

 菊花賞以降の華麗な捲り、そしてやんちゃなキャラクターも相まって、「黄金船」ゴールドシップは人気も実力も兼ね備えた名馬へと駆け上がった。筋書きのないドラマも数多く生まれたが、皐月賞も代表作の一つ。名手の舵取りで荒海を乗り越え、クラシック制覇を果たしたレースとして、末永く語り継がれていくに違いない。