5月特集 F1 セナから20年後の世界「ノーパワーだ! 頼むよ、本当に!」 昨季まで4年連続で王座を獲得しているセバスチャン・ベッテルは、苛立ちを抑え切れなかった。モナコGPの決勝が始まってからわずか4周。3位という好位置を走っていた彼のマ…

5月特集 F1 セナから20年後の世界
「ノーパワーだ! 頼むよ、本当に!」

 昨季まで4年連続で王座を獲得しているセバスチャン・ベッテルは、苛立ちを抑え切れなかった。モナコGPの決勝が始まってからわずか4周。3位という好位置を走っていた彼のマシン、レッドブルRB10に搭載されたルノーのパワーユニットは、またしても大きく出力を落としていた。



昨季まで4連覇を達成しているベッテルだが、今季は未勝利

 チームからの指示を受け、何度も電子制御システムを再起動してエンジンモードを変更し、問題解決の可能性を模索したがうまくいかない。半ばコンピュータのような2014年型パワーユニットは、再起動して問題が解決することもある。事実、予選では再起動して設定を変えることで、騙し騙し走ることができた。だが、決勝でその手は通じなかった。

「ターボがクリーンに回っていないようだ。周りのマシンを邪魔してしまっている」

 スローダウンして次々と後続に抜かれていったベッテルは、無線の指示でピットへ呼び戻された。そして、一度はコースに戻ったものの、やはり状況の改善は見られなかった。ターボ過給なしで、排気量1.6リッターのエンジンだけで走るのはどう考えても無理だった。

「ガッカリだよ。いいスタートが切れたのに、すぐにターボのブースト圧を失って、パワーがなくなったんだ。ターボ過給がないんだから、ものすごくパワーのない状態だ。システムを再起動してなんとか修復を試みたけど、ダメだった。コクピットの中でやれるだけのことはやったよ。でも何が起きているのか分からなかったし、無力感でいっぱいだった......」

 度重なるトラブルにレースを台無しにされたベッテルは、名指しこそしなかったものの、パワーユニットの信頼性不足に対する苛立ちをそう表現した。その声のトーンは低く乾いていて、明らかに怒気を含んでいた。

 ベッテルがこれだけ感情を露わにすることは珍しい。その背景には、ヨーロッパラウンドに入ってから見えてきた明るい兆しが、「今回のモナコでようやく結果につながるはず」という思いがあったからだ。

 予選でトラブルに見舞われてギアボックスを交換し、そのペナルティを受けて15番グリッドから臨まなければならなかったスペインGPで、ベッテルは4位まで挽回する好走を見せていた。

「バルセロナのレースはすごく良かった。速さの面でもタイヤの使い方の面でもね。その理由も分かっているし、それを異なる特性のモナコと次のカナダで確認したいね。バルセロナでは低速コーナーでの挙動も向上していたから、それがどう出るかだね」

 超低速サーキットのモナコGPでは、今季全勝のメルセデスAMGのパワーユニットが持つアドバンテージがなくなり、彼らの連勝が止まるのでは、と言われていた。そして、メルセデスAMGを上回る最右翼はレッドブルだと目されていた。

「メルセデスAMGはとても強力なパッケージを持っているから、モナコでも速いと思う。でも、僕らがそのギャップを縮められることは間違いない。バルセロナ(スペインGP)ではレースペースの面でギャップを縮めることができていたしね」

 ベッテルはモナコGPの週末を迎えるにあたって、やや控え目にそう語っていた。

 ベッテルは、誰よりも繊細にタイヤのグリップ限界を感じ取る能力を持ち、タイヤが滑り出すかどうかの間際でマシンをコントロールできるドライバーだ。そして、その能力を最大限に生かしながら、毎年少しずつ変わりゆくマシン特性に合わせてドライビングスタイルを微調整していく。

「誰だって新しいクルマを運転する時には、ドライビングスタイルを合わせ込まなければならないものだ。それは、どのクルマ、どのドライバーにもあてはまる。レギュレーションはみんな同じだから、それに合わせるしかない。僕らは速く走りたいんだから、どうすべきかは明白だよ」

 4年連続でチャンピンの座にある彼は、グランプリ前の木曜日に必ずエンジニアたちとコースを歩き、とりわけデータ分析を専門とするパフォーマンスエンジニアと各コーナーのドライビングについてコース上で話し合う。それが彼の速さの理由のひとつだった。

 レッドブルは、スペインGPでは開幕前テストで使用していた1号車モノコックに戻し、マシンの開発もさらに進めた。その結果、開幕以来苦しみ続けてきたマシンの違和感は、ようやく解消されつつある。

 モナコの予選でも、ベッテルはトップのニコ・ロズベルグ(メルセデスAMG)からも0.558秒差、2位ルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)から0.499秒差で4位という結果に終わったが、ERS(エネルギー回生システム)に問題を抱え、フルパワーを出せない状態でこのラップタイムを叩き出したことにベッテルは手応えを感じていた。

「マシンバランスは良かったと思うし、マシンの力をすべて引き出すことができたと思う。ERSの回生がフルにできなくなって、安定して作動させるためにパワーを抑えたモードで使わなければならなかったんだ。データを見る限り、1周0.4秒くらいは失っていたようだ。そのトラブルがなければ、メルセデスAMGを苦しめることができたんだけど」

 今季のERSは、コーナーからの立ち上がりだけでなくストレートでも効果がある。そのERSを使えない場合、1周全体にわたって加速が鈍り、速度の伸びはなくなってしまう。本来なら6速や7速までシフトアップしていく場所でも、そこまでの速度に到達できないこともあったとベッテルは言う。

 それでも、予選3位に入ったチームメイトのダニエル・リカルドとは0.163秒差の4位。トラブルがなければ彼よりも速いタイムを記録できていたはずだ。

 開幕からトラブル続きのベッテルとは対照的に、チームメイトのリカルドの活躍が目立ち、レース中彼にポジションを譲るよう指示されることが三度も続いた。王者たるベッテルにとって、それは屈辱的なことだったはずだ。

 たしかに、今回のモナコでベッテルはリタイアに終わり、またしても同僚のリカルド(3位)の後塵を拝する結果となった。だが、トラブルのせいで結果にこそ表れていないが、ベッテルは浮上のきっかけをつかんでいる。

 ベッテルにとって、今回のモナコGPがレッドブルに加入してから100戦目のレースだった。その間、彼らは4度の王座獲得という大きな成功を収めてきた。その絆は極めて強い。

「2009年にレッドブルに加入した時、マシンの性能の高さに驚いたものだよ。だけど初年度に僕はいくつかのミスを犯した。チームもミスを犯した。僕らはチャンピオン争いを演じたものの、最終的には敗れてしまった。そういう経験も成長のプロセスには必要なもので、チームも僕も、2009年シーズンに大きく成長したんだ。それからの数年間は本当に素晴らしかった」

 敗北を知っているからこそ、彼らは強い。だからこそ今の逆境にも打ち負かされることなく、自分たちが本来いるべき場所へ向かって一歩ずつ前進を続けることができる。

「今年は、まだ5戦が終わっただけでしかない。僕は、これまで数々の困難を乗り越えてきたこのチームの強さをよく分かっている。だからここからの挽回に自信を持っているんだ。問題は、現実的に考えてその挽回がどれだけ早く成し遂げられるかということだね」

 そう語る王者の目から、まだ光は失われていない。