世界選手権3連覇を達成した坂本花織 photo by Kyodo News カナダ・モントリオールで開催されたフィギュアスケートの世界選手権。3月22日(日本時間23日)、フリー演技の最後のポーズを決め、坂本花織(シスメックス)はそれまでの…



世界選手権3連覇を達成した坂本花織 photo by Kyodo News

 カナダ・モントリオールで開催されたフィギュアスケートの世界選手権。3月22日(日本時間23日)、フリー演技の最後のポーズを決め、坂本花織(シスメックス)はそれまでの集中しきった表情が一変。両ひざをついたまま泣き出したように顔をゆがめた。

「後半最初の3回転フリップ+3回転トーループが終わってから、会場がすごくわいていました。でも、わいている雰囲気に自分の気持ちが乗ってしまうと、気持ちが昂ぶりすぎて空回りして失敗につながってしまう。とにかく気持ちを抑えようという一心で最後までやりました。

 たぶん途中の顔はすごく険しかったと思うけど、最後、スピンまでしっかり終えた時には、『よっしゃ!』という気持ちになりました」(坂本)

【まさかのSP4位発進】

 世界選手権3連覇という目標を公言して臨んだ今シーズン。GP(グランプリ)シリーズ初戦となったスケートカナダは、226.13点の高得点で優勝と好調な滑り出しを見せた。

 昨年の世界選手権2位のイ・ヘイン(韓国)が今季前半は低迷し、3位のルナ・ヘンドリックス(ベルギー)はGPシリーズ初戦では221.28点ながら、その後の試合は200点台に乗せるのがやっと。坂本の3連覇は堅いだろうという状況だった。

 だが今大会、坂本がショートプログラム(SP)をノーミスで2位に5点以上の差をつけて滑り出した過去2大会とは違った。

 ヘンドリックスが、これまで演技後半に入れていた連続ジャンプを冒頭に持ってくる余裕を持った構成にし、ノーミスで自己最高の76.98点を出した。

 坂本は最終滑走の緊張感のなかでの演技。最初のダブルアクセルはしっかりと決めた。だが、次の3回転ルッツは踏み切り直前にエッジがインに傾いてキレを欠き、前につんのめる着氷になり「ノット・クリア・エッジ」の判定で0.93点の減点となった。

 そのあとは立て直したが、演技構成点も伸ばしきれず、73.29点。2位のイザボー・レビト(アメリカ)、3位のイ・ヘインに続く4位発進となった。

【納得の演技で3連覇の快挙】

 だが、落胆はなかった。これまでの実績をみれば、十分に逆転可能な数字だったからだ。坂本は「いかに開き直るかがカギ」と気持ちを奮い立たせた。

 そしてフリーの最終組は、韓国勢ふたりに次ぐ3番滑走。試合前に坂本は「コンディションもすごくいい」と話し、その表情は集中しきっていた。

「個人的に早く終わるほうが好きなので滑走順はよかった。6分間練習からそこまで時間が空かず、イメージをそのままに演技できたなっていう感じがしています。いつもは最終滑走が多く、前の5人が演技をしている間は試合前の独特な緊張感があるけど、久しぶりにグリーンルームに座っていてまた違う感じでした。

 あとに滑る選手がいい演技したら自分はどの位置にいってしまうんだろうという不安というか、いろんな思いで緊張が解けない感じがあって。最終も先にやるのもわりと緊張は変わらないんだなと感じました」

 試合後の会見でそう話した坂本。滑り出しに片足のエッジがもう一方のエッジに触れて少しバランスを崩しかけたが、影響されることはなく、最初のダブルアクセルはいつものように高い加点をもらうジャンプにした。

 そのあとの3回転ルッツは、エッジエラーで基礎点が下がり0.20点の減点になったが、SPとは違って踏み切りからの流れも着氷後の流れもよかった。

 その後の3回転サルコウからは集中を切らさず、GOE(出来ばえ点)加点を着実に積み上げる滑りを続けた。結果は、149.67点。合計を222.96点にする納得の演技だった。そして、逆転で3連覇を決めた。

「ショートの前には少し不安を感じていて、それがパフォーマンスに表れてしまった。ショート4位で本当に焦りや緊張、いろいろな感情がありましたが、それでも(フリーは)いい緊張感のなかで一つひとつ集中してできました。結果につながってすごくうれしいです」

【常に勝ち続ける難しさ】

 坂本は、これまでの世界選手権について問われ、初めて優勝した2022年大会をこう振り返った。

「初めての優勝は(北京)五輪シーズンで、その時の世界選手権の1カ月前に五輪があって燃え尽きていたので気持ち的にしんどい部分がたくさんありました。その間にロシア勢が出られなくなったりいろいろ状況が変わってしまい、自分が勝たないといけないという気持ちになってさらにナーバスになってしまった。でも、その世界選手権は最後の最後までやりきった気持ちがすごくあったので、たぶん一番うれしかったと思います」

 2022年は樋口新葉がケガのため11位にとどまり、最終滑走の坂本は2位以上でなければ翌年の世界選手権で日本の3枠獲得が果たせない重圧も大きかった。そんな状況で出した236.09点は、2018−2019シーズンからの新ルールでは歴代6位の得点。4回転ジャンプやトリプルアクセルがない構成で、「大技がなくてもここまでいける」と確認できた大会だった。

 そして2023年大会は、フリー後半の3回転+3回転の連続ジャンプでミスが出て、イ・ヘインに追い上げられる形になったが、224.61点で優勝。

 坂本は「五輪シーズンが終わったあとでそれこそまた燃え尽きて、GPファイナルまでは本調子じゃなかった。でも世界選手権連覇をしたいっていう気持ちがあり、葛藤を乗り越えての優勝だったけど、去年は本当に苦しい......。自分が一番やりたくなかったミスをしてしまって、悔しさの残る優勝でした」と振り返る。

 そして、納得できるオフシーズンを過ごして臨んだ今季は好調な滑り出しだった。

「今シーズンはずっと調子がよかったので、ショート4位になった時に好調を維持し続ける難しさを感じました。必ずしもショート、フリーとも1位で総合1位になるわけではない経験ができて、常に勝ち続ける難しさを感じた優勝だったと思いました」

【ロシア勢が帰ってきても......】

 女子選手の世界選手権3連覇は、1966〜68年のイアン・フレミング(アメリカ)以来で、その偉業に肩を並べた。そのことについて坂本は「すごくうれしいです」と答えてから、「でも、う〜ん」と言葉を詰まらせた。そして、その迷いを振り払うように「いや、うれしいです」ともう一度言った。

 その心のうちにはロシア勢不在の大会での優勝という引っかかりもある。心には常に、「ロシア勢が復帰してきても、しっかり戦えるようになりたい」との思いがある。それは彼女が常々口にしている。それを成し遂げられる手ごたえを得たのが、北京五輪シーズンであり、236.09点という得点だった。

 2022年のシーズンイン前に坂本は「大技がない構成で得点を伸ばすためには、本当に小さな部分を積み重ねていかなければいけない」と苦労を語っていた。

 そして昨年6月には新シーズンへ向け、「大舞台で230点台を出すためには、225点くらいをベースにして、悪くても220点は常に出る感じにしたい」と話していた。

 昨季からそれまでの坂本をつくり上げたとも言える振り付けのブノワ・リショー氏から離れて新たな世界を追求しているなか、今季はスケートカナダで226.13点、GPファイナルは225.70点を出しながら、世界選手権の大舞台では222点台にとどまったのが納得できていないのだろう。

 今後、ロシア勢が復帰してくる可能性もあるなか、坂本はこう明言する。

「もちろん彼女たちが帰ってきてからも、勝ち続けたいとは思っています。ただ、今のままではダメだっていうこともわかっている。今できることを精一杯やって、もっともっと自分自身のレベルを上げていけたらなと思っています」

 世界選手権3連覇達成。その偉業を自分自身に納得させるためにも、さらに進化し続けなくてはいけないという決意を新たにする言葉だった。