(22日、第96回選抜高校野球大会1回戦 報徳学園3―2愛工大名電) 最後の1球、力を振り絞った直球だった。 1点リードの延長十回。無死満塁のピンチで、愛工大名電の先発右腕、伊東尚輝投手(3年)の元へ伝令がやってきた。「強気で攻めていけよ…

 (22日、第96回選抜高校野球大会1回戦 報徳学園3―2愛工大名電)

 最後の1球、力を振り絞った直球だった。

 1点リードの延長十回。無死満塁のピンチで、愛工大名電の先発右腕、伊東尚輝投手(3年)の元へ伝令がやってきた。「強気で攻めていけよ」。エースの大泉塁翔投手(3年)に声をかけられた。

 「攻めよう」。気持ちを引き締めたが、制球が定まらない。押し出し四球で同点とされると、続く報徳学園の4番打者に投げた直球は、センター前へはじき返された。伊東投手は打球の行方を見つめ、マウンド上で、ひざから崩れた。

 背番号10の伊東投手が、公式戦をひとりで投げきったのは初めてだった。

 「悔しくて、悔しくて。悔しいって思いが強いです」。涙ながらに言った。

 愛工大名電は投手陣の豊富さが自慢だ。しかし、左腕の大泉投手は、肩の張りを訴えたため、この日の登板を回避。大事な甲子園初戦の先発マウンドを託されたのが伊東投手だった。

 リードする板倉鉄将捕手(3年)は伊東投手を「優しい性格」と言う。それゆえにエースと比べると弱気が顔をのぞかせた。転機は、昨秋の東海大会準決勝の藤枝明誠(静岡)戦。大泉投手が4失点で降板、2番手で救援した伊東投手からは、強い気持ちが伝わってきた。「俺が締めてやろうという気持ちだったと思う」と板倉捕手。右のエースが自信をつけた一戦だった。

 選抜大会を目前にして、調子が上向いた。直球の回転数が増えたといい、理由は「甲子園があったからかなと思います」。重圧がかかる甲子園のマウンドでもストレートの球威は衰えなかった。倉野光生監督は「無理をさせたと思うが、途中交代ということもないでしょう」とたたえた。

 伊東投手は泣き終えると次を見据えた。直球の手応えはつかんだ。課題は変化球の精度。「しっかりエースになって、甲子園に戻ってきたい」と誓った。(渡辺杏果)