タフな日程こそ「ちょうどいい」と言う富樫勇樹 photo by JBA 99回目を迎えた天皇杯(全日本バスケットボール選手権大会)の決勝が3月16日、さいたまスーパーアリーナ(埼玉県さいたま市)で行なわれ、千葉ジェッツが琉球ゴールデンキング…


タフな日程こそ「ちょうどいい」と言う富樫勇樹

 photo by JBA

 99回目を迎えた天皇杯(全日本バスケットボール選手権大会)の決勝が3月16日、さいたまスーパーアリーナ(埼玉県さいたま市)で行なわれ、千葉ジェッツが琉球ゴールデンキングスを117―69で破り、昨年に引き続き2年連続で菊紋章が配された銀の賜杯を手にした。

 千葉は、2017年度大会から3連覇を含めてこれで5度目の大会制覇となった。

 千葉が勝者としてコートを去ったということは、それはエースの富樫勇樹が躍動したことと同義となると言っても過言ではない。30歳の司令塔は3ポイント6本成功を含む20得点、8アシストを記録し、チームを驚きの大勝に導いた。

「2連覇という結果はすごくうれしいですし、チームとしてもこういうゲームができるとまた自信になるので、ここからまた切り替えてやっていこうと思います」

 千葉はフィリピン・セブで行なわれた東アジアスーパーリーグ(EASL)・ファイナルフォーで激闘の2試合をこなし優勝を遂げたばかりだったが、富樫のケロリとした表情と口調は、その1週間前の出来事がまるで白昼夢であったかのようにすら思わせるものだった。

【出場試合の多さを全く意に介さず】

 マイレージが溜まる――は、旅行者にとっては誇らしいセリフだ。だが、バスケットボール選手にとってのそれは、必ずしも良い語感を持たない。コートに立てば常に激しく走り回ることを求められるこの競技において、マイレージはすなわち体に蓄積する疲労やダメージを指す。

 富樫のこなす試合の多さが気にかかる。Bリーグでは通算414試合に出場し、うち401が先発出場だ。昨シーズンまでの7年のうち4シーズン、全試合に出ている。平均すると1シーズンで約51試合に出ている計算だが、新型コロナウイルスの影響で本来の60試合から短縮された年もあったから、そうでなければこの数字はもう少し多くなっているはずだ。

 加えて富樫の場合は、昨夏のワールドカップを含めた日本代表活動やBリーグ・オールスターゲーム、昨年10月から始まり今年3月上旬に決勝が行なわれた東アジアスーパーリーグ(EASL)、そして今回終幕した天皇杯と、途切れることなくコートに立ち続けてきた。大きな故障もなく来たため、今季で8シーズンを迎えたBリーグでの通算試合出場時間はおそらく全選手のなかでトップではないかと思われる。

 試合数や出場時間が「マイレージ」を指し示すとすれば、富樫は相当な距離を集めていることになる。

 しかし、彼の様子や話しぶりを見ていて、しんどさを感じたり弱音を吐く姿を見たことがない。現状のBリーグでは土日の試合開催が主で批判は少なくない。しかし、富樫にとっては「土日に試合が続くのは何の問題もなく、むしろリズムよくプレーできる」と意に介していない。

 EASLファイナルフォーでは、直近の試合で利き手の右親指を負傷し黒いテープを巻いてプレーをしていたが、そんなことはお構いなしとばかりに、巧みなドリブルワークで相手選手を置き去りにして3ポイントシュートをねじ込む場面を何度も演出した。

「先週のEASLのチャンピオンシップから勢いよく(天皇杯の)決勝に来られたと思うので、本当にうれしいです」

 富樫はそう話したが、彼自身のパフォーマンスを見ていても、フィリピンの観客を感嘆させたプレーぶりは、肉体的な疲労を蓄積させたどころか、むしろ勢いや自信をつける好循環を呼び込んだように思えた。

 富樫はああ見えて体重比の筋出力が高いんです――。

 そう言うのは千葉のあるトレーニングスタッフだ。曰く、RFD(Rate of Force Development=力の立ち上がり率)の数値が高く動作の切れ目がないのだという。動作の切れ目がないということは、体を効率よく動かせることにつながるから、それが疲労を溜めにくくしているのに寄与していると言えるのではないか。富樫はウェイトトレーニング等がさほど好きではないと自身で公言しているが、それでも彼の選手としてのすごさの裏には肉体的な優位性があるのだ。

 もっとも、富樫という男についてはそうした肉体的なところもありつつ、精神的なものがこれだけの試合数をこなすことができている淵源なのではないかと感じる。

【紆余曲折を経て辿り着いた「遊び」の境地】

「こう言ったらちょっと変なんですけど」

 リーグ戦、天皇杯、EASL、日本代表と異なる大会、試合が続く中でどう切り替えをしているのかを問われた富樫が、こう口を開いた。

「僕ももちろん、真剣にプロ選手として責任を持ってコートに立っていますけど、やっぱり心のどこかで本当に楽しくプレーしているというか。小学生の時に公園に遊びに行くような気持ちをまだ持っていてプレーをできているので、そういう意味ではシンプルに自分の好きなことを楽しくできている部分が大きいかなと思います」

 そんな富樫の言葉を聞いていて改めて彼のプレーぶりに人々がなぜ魅了されるのか、その理由の一端がわかる気がする。

 鬼さんこちら手の鳴るほうへ――。富樫がコート上で見せるプレーはいわば、これではないか。ドリブルで相手を右に左に、前に後ろに揺さぶりながらシュートの機会を作りだす様は、公園で鬼ごっこでもするかのような遊びの部分を感じさせるのだ。

 遊びだから体が緊張せずによく弛緩した状態でドリブルがつけるし、シュートも打てる。富樫の試合を数多く見ている人ならわかるだろうが、これまで彼が「それを決めるの!?」というシュートを何度決めてきたことか。精神的な遊びの部分がなければ、できないことであるはずだ。

「遊びだ」というところを強調しすぎると、誤解を生んでしまいそうなのでつけ加えるが、富樫がコートに立ち続けるのは若い頃の経験も基となっている。

 アメリカの高校に進学した当初は、言葉の壁などもあってあまりに異なる環境に置かれたことで試合に出たくないと思う時期があった。また、Bリーグ設立前に千葉に加入した際には、多くの出場時間を得られないという悔しさも味わった。

 Bリーグ初年度から毎年ベストファイブに選ばれMVPも獲得(2018年)するなどの成功を収めてきた彼にも、ほかの多くの選手たちと同じように、長いキャリアを見渡すと山だけでなく谷の時があった。それをバネにしてきたところについては、彼も否定はしない。

「すべての経験が生きているかなと思います。試合に出られなかった経験があるからそういう立場のチームメートの気持ちもわかります。去年の(琉球とのファイナルで)負けなど今までの悔しかった気持ちを強く持ってプレーをしているので、(楽しさと悔しさの)バランスなのかなと思います」

【年齢不問で試合好きの少年】

 富樫は、バスケットボールが好きだ。もっと言えば、バスケットボールの試合に出ることが好きだ。

 まだ世界が新型コロナウイルスの渦中にあった2020−21シーズン。千葉は春先に同ウイルスの影響で試合が延期となってしまい、延期分がシーズン終盤に押し込まれた形となった。ただでさえ試合数の多いBリーグのスケジュールの中で富樫は、その連戦を「これくらいの日程のほうが好き」と言ってのけた。

 試合の間が狭くなればそれだけ対戦相手の対策とそれを踏まえた練習の時間は十全には持てなくなる。だが、富樫に言わせれば「ウォークスルー(戦術等の確認のための立ち稽古)をしてもその通りになることはほとんど」なく、試合の中で「状況を見て判断するしかない」。そのように考える選手は少なくないかもしれないが、ここまで断ずる物言いができるのは、実力と実績を兼備する富樫ならではと言えるかもしれない。

 30代に入った富樫だが、今シーズンはここまで、Bリーグでのキャリアで最多となる平均32分11秒(B1 リーグ6位)の出場時間を記録している。天皇杯決勝では31分以上プレーし、早い段階で点差がついていたにもかかわらず、試合時間残り3分を切るまでベンチに下がることはなかった。

「普通じゃないですね」

 疲れ知らずのエースをどう見ているかを問われた千葉のジョン・パトリックヘッドコーチは、そのように答えて記者たちをクスリとさせた。

「試合が終わってもダッシュをしているし、勝負が大好き、かつ勝負強い選手だと思っています。決勝戦も集中して全力を出してくれるというのは、コーチとしても助かりますし、大事な試合に強い。ウィニングアチチュード(勝者の態度)を持っていると思います」

 前述した富樫の「これくらいの日程のほうが好き」という言葉。実は文章はこれだけで完結したわけではない。実際は、屈託のない笑顔をたたえながらこう述べたのだった。

「これくらいの日程のほうが好きですね。あまり練習をしなくていいので」

 練習をしなくていい――。ほかのBリーグの選手からは出てきそうもないセリフだが、これも富樫だからこそ、彼独特のメンタリティだからこそ、出てくる発想か。

 富樫勇樹とは、試合数は増えてもマイレージは溜まらない男なのである。