山中慎介インタビュー 前編 2024年1月23日(エディオンアリーナ大阪)、那須川天心はボクシング転向後3戦目で、WBA、WBO世界バンタム級14位のルイス・ロブレスと対戦。立ち上がりからスピードで圧倒し、右のジャブや左のボディを効果的にヒ…

山中慎介インタビュー 前編

 2024年1月23日(エディオンアリーナ大阪)、那須川天心はボクシング転向後3戦目で、WBA、WBO世界バンタム級14位のルイス・ロブレスと対戦。立ち上がりからスピードで圧倒し、右のジャブや左のボディを効果的にヒットさせると、3ラウンド終了後にロブレスが棄権し、TKO勝利を収めた。

 この試合で見えた天心が進化した点、日本人選手の"群雄割拠"状態になっているバンタム級について、元WBC世界バンタム級王者で、帝拳ジムの先輩にあたる山中慎介氏に聞いた。


ボクシング転向3戦目をTKO勝利で飾った那須川天心 Photo by

 東京スポーツ/アフロ

【世界上位の選手相手でも「いける」と周囲に思わせた】

――山中さんは天心選手の試合をリングサイドでご覧になったそうですが、率直な感想からお願いします。

「2戦目の時も成長を感じましたが、今回はさらに成長したと思います。相手が棄権したことでのTKO勝利でしたが、あのまま試合が進んでいたらKO決着も十分にあり得たと思います」

――具体的にどのあたりが印象的でしたか?

「特に、積極的に前に出て距離を詰めていく姿勢です。被弾するリスクは上がりますが、天心は少し距離を詰めたからといって、パンチをもらわない。目のよさもあるし、距離や位置取りでパンチをかわす能力が高いです」

――ディフェンスのよさは、天性のものでしょうか。それともキック時代の経験によるものでしょうか。

「両方でしょうね。小さいころから経験を積んだ選手全員が、同じレベルのディフェンス能力を得るとは限らないですから。目と、勘のよさも感じますね」

――今回の試合は、これまで見せていたフットワークを抑えて、べた足のような足の運びで前に出ていく印象がありました。

「スパーリングを見る機会が何度かありましたが、その時も足を使わずに距離を詰める練習をしていました。試合でその成果が表れていましたね。一戦一戦、結果を出すのは本当に難しいことなんです。プレッシャーを乗り越えるメンタルの強さ、プレッシャーを楽しんでいるかのような大物感がありますね」

――天心選手の試合内容に対しては厳しい意見もありますが、天心選手自身はそこも承知の上で戦っているようにも見えます。

「周囲の声は耳に入るでしょうし、気になることもあるとは思うんです。でも、その中で着実に成長していますからね。ボクシング転向3戦目は、終わり方は不完全燃焼でしたが、世界ランカーを圧倒していました。日本人も含めた世界ランキング上位の選手と戦っても『いけるんじゃないか』と周囲に思わせた試合だと思います」

【技術の高さが光る、左ボディや右ジャブ】

――左のボディの効果はいかがでしたか?

「的確に入っていましたね。相手がまったく反応出来ていませんでした。左の上下の打ち分けが巧みで、相手のパンチはもらわず、自身のパンチはしっかりとボディに入れていましたね」

――あの左ボディは、アッパーなのかストレートなのか......拳を返していないようにも見えましたが?

「縦拳のような感じで、アッパーストレートとでも呼べそうな、独特の軌道のパンチでしたね。僕が現役だった時は上下、左右のストレートの打ち分けで攻めましたが、サウスポーであのボディを打てるのは大きな強みです。中谷潤人選手(WBCバンタム級王者)も同様のボディを打ちますね」

――同じサウスポーの山中さんから見て、天心選手の右のジャブはいかがですか?

「非常にうまいですね。スパーリングでは最初、ジャブを出す時にちょっと前に行き過ぎていて、『距離が近すぎるかな。相手に右を合わせられたら怖いな』と感じましたが、すぐに的確な距離に修正できていました。もしかすると、あえて距離を詰める練習をしていたのかもしれません。天心レベルがやることは、こちらがわからないこともあります(笑)」

――試すということで言えば、今回の試合で見せたブロッキングも新たな試みでしょうか。

「そんな感じに見えましたね。自分から距離を詰めて、あえてブロックして受けた感じです。パンチは見えていたのでもらう怖さはなかった。ブロックで受けて、前の手で引っかけるフックも絶妙なタイミングでした」

――前の手で引っかけるようなフックは、キック時代から使っていましたよね。

「相手のバランスを崩す絶妙なタイミングで打つことは、簡単ではありません。技術の高さをあらためて感じましたね」

――天心選手の「継続して努力する姿勢」についてはどう感じますか?

「課題をひとつひとつ丁寧にクリアしていますね。新しい試みを実践することでスムーズにいかず、自分のリズムが崩れることはよくあるんです。でも彼は、基本を大事にしながら自分のスタイルも持ち合わせて、強くなるための調整を少しずつしているイメージですね」

――課題を克服する過程が楽しい、という印象がありますね。

「そう感じますよね」

――トレーナーの粟生隆寛さんの指導はいかがですか?

「しっかり指導していますね。お互いの意思を共有しながらトレーニングを進めている印象です。スパーリングやミットの最中にも話し合っていましたね」

【対戦が楽しみな日本人選手は?】

――バンタム級といえば、山中さんが世界王座を12連続防衛された階級です。「黄金のバンタム」と呼ばれ、日本人にとっては特別な階級ですが、今まさに日本人のタレントが揃っていますね。

「そうなんですよ。井上尚弥がこの階級に君臨していた時は注目が1点に集中していましたが、今は多くの日本人が世界ランキングに名を連ねています。中谷潤人が階級をひとつ上げ、武居由樹がひとつ下げたことでより競争が激しくなりました。さらに比嘉大吾、栗原慶太、堤聖也、石田匠、西田凌佑などを含めて魅力的な選手が揃っていますよね」

<バンタム級 各団体の主な日本人選手の世界ランキング>(3月11日現在)

【プロフィール】
■山中慎介(やまなか・しんすけ)

1982年滋賀県生まれ。元WBC世界バンタム級チャンピオンの辰吉丈一郎氏が巻いていたベルトに憧れ、南京都高校(現・京都廣学館高校)でボクシングを始める。専修大学卒業後、2006年プロデビュー。2010年第65代日本バンタム級、2011年第29代WBC世界バンタム級の王座を獲得。「神の左」と称されるフィニッシュブローの左ストレートを武器に、日本歴代2位の12度の防衛を果たし、2018年に引退。現在、ボクシング解説者、アスリートタレントとして各種メディアで活躍。
プロ戦績:31戦27勝(19KO)2敗2分。