『人』 「人」。道下新大(スポ=東京・国士舘)は早大柔道部での4年間を端的に、そして力強く締めくくった。自身のケガを始めとして多くの障壁を乗り越えながらも、チームをまとめあげ主将を務めた道下。多くを語らないその姿とは裏腹に、激動の選手生活で…

『人』

 「人」。道下新大(スポ=東京・国士舘)は早大柔道部での4年間を端的に、そして力強く締めくくった。自身のケガを始めとして多くの障壁を乗り越えながらも、チームをまとめあげ主将を務めた道下。多くを語らないその姿とは裏腹に、激動の選手生活であり、平坦な道のりではなかった。「個」としてチームに向き合い成長を遂げた道下の、柔道人生の軌跡に迫る。

 生まれは北海道の帯広。柔道を本格的に始めたのは小学生のときだ。親の勧めもあり、柔道が楽しくなり、即決で始めた。小学生の頃から恵まれた体格を活かし、地元の大会を勝ち進んでいく道下。その後、中学校に進学する際北海道を離れ、高校まで通うことになる東京・国士舘へと進学した。強い選手と試合をする中で、技術的にも思うような結果を出せず、伸び悩んだ。勝つことそのものに対して難しく考える日々が続いた。転機が訪れたのは、「柔道に対する向き合い方が変わった」と語る中学二年生の遠征。これまで上手くいかなかった試合と打って変わって、頭で考える前にとにかくがむしゃらに相手へ挑んだ。そこで白星を挙げた道下は、一気に自信がつき、体で覚えたような感覚を得る。ターニングポイントを経た道下はメキメキと実力を伸ばすも、全国高校総体(インターハイ)の団体戦で自身の失点で優勝を逃すなど、高校に入ってからも紆余曲折だった。辛酸をなめながらも弛まぬ練習で努力を重ね、高校最後の全国高校総体では優勝を遂げ、日本一に輝いた。


真剣な表情で試合に臨む道下

 大学は、中高6年間を過ごした国士舘ではなく、早稲田大学を選んだ。「良い柔道の選手も集まっていて、多様な人が集まっていて将来的に選択の幅が広がる」として、自身に合っていると感じ、進学。入学して直後、道下を直撃したのが新型コロナウイルスだ。大学でも柔道をやり遂げるという強い意志を弄ぶかのように、練習や大会は制限された。入学直後、北海道へ戻り、地元の道場にてトレーニングに励むも、「あの時はなにをしてたか記憶がない、悔しさが強い。」歯痒い思いを余儀なくされた後、1年生の時唯一開催されたのが講道館杯であったが、その大会も一回戦から強豪と当たり、敗退。「閉鎖的で、気持ちが澱んでいった。」コロナ禍も収まり、大会も再開し始めこれまでの日常が取り戻せたかのように思われた矢先、古傷だった半月板を故障。ようやく本領発揮、という最中2年生を出鼻からくじかれることとなる。怪我の最中でリハビリや手術に励むだけでなく、道下はチーム全体を俯瞰してサポートを行い続ける。「その時その時で自分のやるべき事を考えてやっていくしかなかった。」コロナ、怪我と挫折を繰り返す中で臨んだ3年生。1年のブランクを経ての復帰戦は全日本学生体重別優勝大会、通称尼崎だった。復帰まで1年近くを要したものの、思いのほか良い結果を残し、改めて自信がつく結果となった。そうした中でようやく、全ての呪縛から解き放たれ、かつ主将として最後の一年間を迎えることとなる。

 道下は主将として活動をやっていくにあたって、「個」を重視してきた。「早稲田大学柔道部は、部員一人一人がマイペース。メンバーのカラーを観察して、それぞれの思いをくみ取ってあげたかった。」かつて所属した国士舘は「全員野球ならぬ全員柔道で、指導者がガンガン引っ張っていくタイプだった」とし、違いもにじむ。個性豊かなチーム早稲田に合わせて、道下はチームをまとめあげていった。そんな道下の気遣いは、チーム全体に波及していった。「誰かにやれと言われて動くのではなく、自分の頭で考えて動くチーム」、その言葉通り道下が主将を務めた代において、全日本学生体重別選手権で初の日本一を掴み取る選手が出るなど、力強さを見せつけ悲願達成を果たした。「道下がキャプテンでよかった」と同期後輩から共に慕われる道下は、主将としてこれまでの経験から後輩へエールを送った。「個人個人、そしてチームの色を見てほしい。間違いなく皆ポテンシャルを秘めている、どの大学よりも格段に伸びしろが大きい。今年1年の動きが楽しみ。」何より「個」としてチームを支えてきた、道下らしい期待感溢れる言葉だった。


早慶戦前対談では笑顔で同期と語り合った

 「柔道は人生そのものだった。」17年間の道のりを思い出すかのように、噛みしめながら発した道下。そんな柔道生活の中でも早稲田大学で過ごした4年間が最も濃く、成長できたという。コロナや怪我など、多くの挫折を乗り越えられて主将をやりきれたのは、チームの皆の支えあってだと語る。「最初早稲田に入ったときは、『これでいいのかな、俺』とか考えてたんですけど、今じゃ胸張って早稲田でよかった、といって卒業できますね(笑)」ほころぶ表情からは、多くの障害を乗り越えながらも充実した4年間が伺える。卒業した後も、早稲田大学柔道部を陰ながら見守っていきたいという。柔道、そして早稲田のチームと共に乗り越えてきた歩みは追い風となり、新たなステージで道下新大を成長させてくれるだろう。


これまでの柔道人生を振り返った道下

 (記事、写真 今村奎太)