【不振の背景に「スライダーが曲がらない」】「右打者が相手でよかったです」"左キラー"と称された左腕・嘉弥真新也が意外な言葉を口にしたのは、新天地の東京ヤクルトスワローズでの春季キャンプ中、実戦形式のライブBP(打者を相手にした実戦的な投球練…

【不振の背景に「スライダーが曲がらない」】

「右打者が相手でよかったです」

"左キラー"と称された左腕・嘉弥真新也が意外な言葉を口にしたのは、新天地の東京ヤクルトスワローズでの春季キャンプ中、実戦形式のライブBP(打者を相手にした実戦的な投球練習)に初登板した2月中旬のことだった。

 この日は、塩見泰隆、ホセ・オスナ、ドミンゴ・サンタナといずれも右の強打者を相手に、33球を投げてヒット性の当たりを3本程度に抑える力投を見せた。


春季キャンプ中にインタビューに応じたヤクルトの嘉弥真新也

 photo by Wada Satoshi

 さて、気になる冒頭のひと言だが、この言葉にこそ、福岡ソフトバンクホークスに在籍していた昨季の不振の要因があった。

「左打者が相手だと、コントロールしようと思うあまり、腕がどんどん下がってくる。右打者が相手だとスライダーが抜けてしまってもデッドボールにならないので、思いきり腕を振れた。だから(ライブBPでの登板は)出力を上げるのに右打者が相手でよかったです」

 これが冒頭の言葉の真意だ。

 スライダーは嘉弥真の生命線ともいえる決め球だったが、昨季はそのスライダーを「思うように操れていなかった」と言う。

「年々、腕が下がってきていて、手首が寝ている。意識して腕を上げようと思っても、タイミングが合わなかった。スライダーが思うように曲がらないなとか、出力が小さいとか、そんなことを考えて(昨シーズンは)過ごしていました」

 持ち味のスライダーが精彩を欠き、昨季は思うような成績を残すことができなかった。2022年シーズンは56試合に登板し、防御率0.99、28ホールドと大活躍だったが、昨季は23試合登板にとどまったばかりか、防御率は5.25と不振だった。

【突然の戦力外通告に「自分が悪い」】

 そして、オフには戦力外通告を受けた。

「最初言われた時は『なんで?』と思ったんですけど、そういう世界ですし、成績を出せなかった自分が悪いことなので、仕方ないという気持ちがありました。そこはしっかり割りきりました」

 6年連続で50試合以上に登板し、1億円プレーヤーにまで上り詰めた選手なのだ。それなのに、たった1シーズン不振だっただけで戦力外になるとは非情にも映る。それは嘉弥真にとっても寝耳に水だったが、その通告を受け入れた。

 ただ、戦力外になった技巧派の左腕を、他球団が放っておくわけがなかった。真っ先に獲得調査に乗り出したのがヤクルトだった。

「最初に声をかけてくれた球団に行こうと思っていました」

 こうしてプロ13年目はヤクルトで迎えることになった。新天地にはわりとスムーズに馴染んだ。

「話しかけやすい人が多いですし、石川(雅規)さんや青木(宣親)さんがけっこう話しかけてきてくれました。全体的に仲がいい。雰囲気がいいですよね」

【周囲に教科書が多い環境】

 そんな嘉弥真について石川に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「実績もありますし、年齢もチームのなかでも上のほうですけど、人間性がいいので僕もやりやすいです。チームに溶け込もうという姿勢がありますね。みんなでいい方向にいければと思っているので、嘉弥真の存在は刺激になりますし、大きいですよ。チームにとっても僕にとっても」

 何よりも嘉弥真にとって"教科書"となる選手、指導者が多いのもよかった。

 左右の違いはあれど、髙津臣吾監督は現役時代に嘉弥真と同じサイドスローの投手。伊藤智仁コーチといえばスライダーが代名詞だ。さらに、球界最年長投手の石川は小柄で左投手という共通項も多い。

「僕が成長するにはヤクルトは最高だなと思います。田口(麗斗)とか山本(大貴)君とか年下の投手だったり、若い投手にもいろいろ聞いています。スライダーの話がメインですが、それぞれに感覚があるので、その人の感覚が僕にも合うかもしれないと思って、聞いています。やってみて、合わなかったら合わなかったでいい。またやってみてを繰り返しています」

 34歳とベテランといわれる年代になっても、嘉弥真は成長を遂げようと、貪欲な姿勢を見せている。とくに、武器となるスライダーへの探究心は深い。

 その貪欲さはオフシーズンの過ごし方にもあった。春季キャンプの前には、今年1月にソフトバンク時代の先輩である和田毅が主催する自主トレに初めて参加していた。

「和田さんに『来てみないか』と声をかけてもらい、絶対にプラスになると思ったので参加しました。しんどかったですね(苦笑)。和田さんは『体幹で投げる』って言っていたんですけど、キャッチボールを見るだけでも勉強になります。下半身と上半身とが連動しているのを実感しました」

 走って、食べて、投げて、とハードな日々を送った。ピラティスや運動神経を刺激するコーディネーショントレーニングは、これまでに取り組んだことがなく、目新しさがあったという。

【髙津臣吾監督も高い期待】

 そして、春季キャンプでは、高津監督に教わった「腕を上げて、上から叩くというイメージ」を自身に植えつけ、課題の修正に努めてきた。

「去年に比べてスライダーもよくなっているし、出力もだんだん上がってきている。今年は楽しみです」

 さっそく課題克服に好感触を得ている。

 髙津監督も高い期待を寄せる。

「特殊な投げ方をしているので、その特殊なものを活かさなきゃいけないと思っています。カーブだろうが、スライダーだろうが、落ちる球だろうが、なんだっていいんですけれども、相手が嫌がる、相手を打ちとる形を、しっかり思い出してもらって、大事なピースの1枚になってほしいと思います」

 ライブBPでの嘉弥真の登板を見てこのように話していた。

【50試合以上の登板が目標】

 その後も2月21日の楽天との練習試合に登板すると3人をピシャリと抑えた。楽天戦は3人とも右打者だったが、同24日の阪神とのオープン戦では左打者の近本光司と中野拓夢と対戦し、中野には四球を与えたものの近本はファーストゴロに打ちとっている。さらに、セーブポイントも上げた。3月5日には、古巣ソフトバンク相手に1回1安打無失点に抑えた。

 昨季のヤクルトは左の中継ぎが手薄で、田口が抑えに回ったため、実質稼働していたのは山本ぐらいだった。今季は嘉弥真もいる。髙津監督が言うように、中継ぎとしても、ワンポイントとしても、貴重な存在になっていきそうだ。

「左ピッチャーがいないと言っても、右ピッチャーにもたくさんいいピッチャーがいるので、しっかり成績を残さないと1軍の枠に入れない。左で抑えるのが僕の仕事。しっかりアピールして、ちゃんと戦力としてみなされるようにしないといけないというプレッシャーを感じています。50試合以上投げることが目標。もう一度スライダーを見つめ直して、しっかり投げたいと思います」

 嘉弥真は手綱を締め直すようにこう話していたが、ピンチの場面こそ自身の出番だという思いがある。チームが掲げる今季のスローガン『ヤり返せ!』のとおり、不振だった昨季の分も活躍を誓う。

【プロフィール】
嘉弥真新也 かやま・しんや 
1989年、沖縄県石垣市生まれ。八重山農林卒業後、ビッグ開発ベースボールクラブから2010年にJX-ENEOSへ移籍。2011年ドラフトでソフトバンクから5位指名を受けた。2022年は56試合に登板し、防御率0.99、28ホールドと活躍。2023年にソフトバンクから戦力外通告を受け、ヤクルト入団。左投左打。