一流が集まるプロ野球の世界にあっても、「この投手はモノが違うな......」と思わせるボールに出会うことがある。宮崎・南郷キャンプのブルペンで見た佐藤隼輔(西武)のストレートもそうだった。 軸足1本でバランスよく立ち、スムーズな体重移動と…

 一流が集まるプロ野球の世界にあっても、「この投手はモノが違うな......」と思わせるボールに出会うことがある。宮崎・南郷キャンプのブルペンで見た佐藤隼輔(西武)のストレートもそうだった。

 軸足1本でバランスよく立ち、スムーズな体重移動とコンパクトな上体のアクションで体をまとめていく。火を噴くようにリリースされたボールは、捕手のミットを激しく叩く。そのストレートには、ほかの投手にはない「圧力」が滲んでいた。


昨シーズン、自己最速となる155キロをマークした西武・佐藤隼輔

  photo by Kikuchi Takahiro

【劣化の一途をたどる変化球】

 プロ2年目の昨季、佐藤は飛躍のシーズンを送った。47試合に登板し、1勝2敗18ホールド、防御率2.50。シーズン後には侍ジャパンに初招集され、アジアプロ野球チャンピオンシップに出場している。

 佐藤の活躍を支えたのは、昨季自己最速となる155キロを計測したストレートだ。筑波大時代から佐藤を取材してきたが、この2年で明らかにグレードアップしている。

 本人に「何かつかむものがあったのですか?」と聞くと、佐藤はこう答えた。

「体が大きくなったのもありますし、あとは(リリースの)タイミングをつかんだところもあります」

 左腕のテイクバック(投球する際のバックスイング)が少しコンパクトになった点を確認すると、佐藤は「わかります?」とうれしそうに説明した。

「このオフに『トップをつくるまでを早くしよう』と思って。今までは力を出そうと手を下げすぎて、ヒジが(トップに)遅れるのがクセになっていたんです。マメ(豆田泰志)には『何も変わってない』みたいに言われたんですけど(笑)、僕のなかでイメージは変わっているので。だいぶまとまってきたので、これでひとつ変われたらいいなと」

 プロ3年目を迎えるにあたって、佐藤は「真っすぐだけを見たら成長した実感があります」と語る。ただし、苦笑しながらこう付け加えた。

「ピッチング全体で見たらわからないですけど」

 こちらが「それはスライダーのことですか?」と尋ねると、佐藤は首肯して答えた。

「変化球が劣化の一途をたどっているので」

 筆者が初めて佐藤を見たのは、筑波大1年時だった。部員全員が真っ白の練習着でキャッチボールをするなか、ひとりのサウスポーに釘づけになった。投手らしい均整のとれた体つきに、柔らかさと力強さが共存した腕の振り。しばらく眺めていると、筑波大の川村卓監督から「やっぱり気になりますよね」と話しかけられた。

「これが仙台高校から入った佐藤です。私もあとから聞いたのですが、プロ志望届を出せばドラフト上位指名は確実だったそうです」

 ただし、当時は150キロを計測するほどのスピードはなく、どちらかといえばストレートの軌道から変化するスライダーを絶対的な武器にしていた。高校進学時には「人の家でご飯を食べられないから」という理由で寮生活ができず、地元の市立高校に進んでいる(その弱点は大学進学時に克服した)。あくまでも素材段階で、「将来が楽しみ」という印象だった。スポーツ科学に裏づけられた筑波大で酷使されることもなく、佐藤は少しずつ階段を上がっていった。

【大学3、4年時は消化不良】

 そんな佐藤が急成長を見せたのは、大学2年時だった。6月の大学日本代表候補合宿の紅白戦に登板した佐藤は、自己最速を4キロ更新する150キロをマーク。そのボールは数字以上に勢いを感じさせた。

 進化の背景に何があったのかを佐藤に聞くと、「ジャンプなど瞬発系のトレーニングを積んで、ピッチングにつなげるコツをつかみました」と語った。じつは川村監督が慎重を期して実施した、スピードアップのためのメソッドがあったのだ。川村監督はこう語っている。

「球速を上げるトレーニングは体が備わっていないとケガの危険もあるので、1年間体をつくったうえで暖かい時期にやりました」

 ただし、短期間での急成長は諸刃の剣でもあった。結果的に佐藤は大学日本代表に抜擢され、リリーフで重用される。疲労がたまったまま迎えた秋のリーグ戦終盤でスライダーを投げた際、佐藤は「ヒジが飛んだ」錯覚があったという。

 結果的に手術に至るような重症ではなく、自然治癒で左ヒジ痛は完治した。それでも、佐藤はある異変を感じていた。絶対的な自信のあったスライダーが投げられなくなっていたのだ。

「完治したあともスライダーで腕を振るのに怖さがあったんです。手だけで投げるようになって、カーブ寄りの変化になって、打者に当てられるようになってしまいました」

 そして、指導する川村監督もまた「ケガをしてからは私のほうが踏み込めなかった」と振り返る。

「大学で150キロ台後半まで出ると思っていたのですが、そこまではやめておこう......と指導しきれなかった部分はありました」

 結果的に大学3、4年時は消化不良に終わった感が強かった。有力なドラフト1位候補と見られた佐藤が2021年ドラフトで2位まで残っていたのは、このような背景があったのだ。

 佐藤の進化についてあらためて川村監督に聞いてみると、まず「そんなによくなっていましたか」と心底ホッとしたような反応が返ってきた。

「そこはやはり、プロでの2年間でヒジの心配がなくなってきたのが大きかったのでしょうね」

【以前のスライダーは追い求めない】

 ストレートの球威にかけては、球界の日本人左腕でもトップクラスだろう。残す課題は、やはり変化球になる。

「ヒジを痛める前のスライダーを取り戻したいですか?」と聞くと、佐藤は首を横に振った。

「取り戻したいというより、戻ることはないと思います。スライダーを投げた時にヒジを痛めたということは、それだけ負荷のかかる投げ方だったのかなと。もうあのスライダーを追い求めることはせずに、イメージを変えたり、ほかの変化球で補ったりしていきます」

 ブルペンでの投球練習中、佐藤がスライダーを投げた直後に満足げな表情を見せると、捕球した古市尊があきれたような表情で「曲がってないよ」とツッコミを入れた。それでも、佐藤は「オレ的にはOK!」とこともなげに返している。このシーンについて聞くと、佐藤は真意を明かしてくれた。

「僕的には手応えがあったんです(笑)。バッターに投げてみないとわからないですし、曲がっていなくても、当然ストレートとは球速も回転数も違うので。今までは変に抜けたり、意図しないところにいったりしていたのが、今は意図するところにいっている。その点はそれなりにいいのかなと思います」

 一方、恩師の川村監督もスライダーについて似たような見方をしている。

「結局は変化球もコントロールですから。曲がったからといって、バッターが振ってくれるわけではありません。曲がり幅はちょっとでもいいから、思ったとおりの位置に投げられれば十分武器になるはずです」

 大学4年時の佐藤に聞いてみたことがある。自分の潜在能力の最高が100だとしたら、今はどれくらい発揮できていると思うか、と。その時、佐藤は「60くらい」と答えている。あれから2年が経ち、佐藤の自己評価がどう変わっているのか知りたかった。

「体のつくりとかを考えると、80くらいかなぁ......。西武の投手陣はデカい人ばかりですけど、よくこの体でこれだけの球速を出せたなと。体の使い方としてはいいのかなと感じています。あとは、技術になってくるんでしょうね」

 大学時代よりも体重が5〜6キロ増えて、現在は87〜88キロに達している。佐藤隼輔の自己評価が「100」に近づけば近づくほど、野球ファンはとてつもないストレートの目撃者になれるはずだ。