井上浩樹インタビュー 前編 プロボクシングの「2023年年間表彰選手」が2月2日に発表され、スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥が、満票で最優秀選手賞(MVP)に選ばれた。今回の受賞で6年連続7度目。さらには、4年連続7度目のKO賞、…

井上浩樹インタビュー 前編

 プロボクシングの「2023年年間表彰選手」が2月2日に発表され、スーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥が、満票で最優秀選手賞(MVP)に選ばれた。今回の受賞で6年連続7度目。さらには、4年連続7度目のKO賞、昨年7月のスティーブン・フルトン(アメリカ)戦が年間最高試合に選ばれ、「3冠」を手にした。

 次戦は5月6日、東京ドームでWBC世界同級1位のルイス・ネリ(メキシコ)との対戦が濃厚とされている。そんな井上尚弥のいとこで、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者・井上浩樹に、4団体統一を果たしたマーロン・タパレス(フィリピン)戦の振り返りや、ネリ戦の予想を聞いた。


昨年12月、タパレス(左)を10ラウンドでKOした井上

 Photo by 北川直樹

【タパレス戦の「苦戦」の声には「たまったもんじゃない」】

――前回、スティーブン・フルトン戦後のインタビュー記事の公開後、記事を紹介する浩樹選手の「X(旧Twitter)」でのつぶやきに、尚弥選手が「不安を口にしていたのは内緒だよ。。」と反応していましたね。直接クギを刺されたりしませんでしたか?

「大丈夫だと思います。本当にダメだったら、Xで反応もしないで直接言ってくると思うので(笑)」

――安心しました(笑)。では、4団体統一を成し遂げたタパレス戦から伺います。以前、浩樹さんは「フルトンよりタパレスのほうが怖い」と話していましたが、実際にリングサイドでご覧になっていかがでしたか?

「やはり、相打ちを狙って打ってくるパンチは、フルトンより危ないと思いました。そういう部分での怖さがありましたね」

――特に序盤、タパレスも積極的に打って出ましたね。

「そうですね。攻撃的かと言われると微妙なところですが、攻撃をしようとはしたものの、それをさせない尚弥のうまさと強さをすごく感じました」

――尚弥選手にとっては、階級をスーパーバンタム級に上げて2戦目。試合前の調整はいかがでしたか?

「2戦目ということで、前回より慣れた感じでした。これまでバンタム級やスーパーフライ級で減量してきた姿を見てきたので、その時と比べると余裕を持って体重を落とせていると思いましたね」

――試合は10ラウンドでのKO決着でしたが、判定はよぎりませんでしたか?

「9ラウンドくらいで、『このまま判定まで行くのかな』と思いました」

――尚弥選手の場合は「勝つのが当たり前」と見られていて、「どう勝つのか」を求める声も多いと思います。モチベーションとプレッシャー、両方あると思いますが、近くで見ていてどうですか?

「プレッシャーはあるとは思います。でも、それを跳ね返して、それ以上の力を出すことに尚弥は長けている。戦うための性格をしている、という感じですかね。大きな期待もプラスに働いているんじゃないですか」

――2団体王者で、ディフェンシブになったタパレスを10ラウンドでKO。それでも一部で「苦戦」という声が上がりました。

「たまったもんじゃないですね(笑)。おそらく、戦前のタパレスの評価が、無敗のフルトンより上がらなかったことも影響しているでしょう。僕たちは、以前からタパレスの試合も見ていますから『強くて怖い選手』と思っていましたし、あの(ムロジョン・)アフマダリエフ(※)に勝っている時点ですごい選手。その選手を圧倒して10ラウンドで倒しちゃうんですから、もう何も言いようがないんじゃないかと思いますけどね」

(※)リオデジャネイロ五輪の銅メダリストで、前WBA・IBF世界スーパーバンタム級統一王者。2023年4月8日のタパレス戦で判定負けを喫し、初黒星(11勝8KO・1敗)。王座を陥落した。

――試合後、尚弥選手は「一発、かなり効いたパンチをくらった」とコメントしていましたね。

「どのラウンドだったかは覚えていませんが、タイミング的に『今のは危なそうだった』と思ったパンチが2発くらいありました。どうしても、相手を倒そうと思うとギリギリの攻防になるので、危険な場面は増えますよね。『いかにいいタイミングで打つか』が重要ですが、それは、相手にとってもいいタイミングになることが多い。紙一重の攻防になりますよ」

【「漫画の主人公に近づこうとしている」】

――尚弥選手が4ラウンドの終了間際、右ストレートからの左フックでダウンを奪いました。そのまま一気に行くかと思われましたが、タパレスはその後、ファイトスタイルを変えましたね。

「序盤、タパレスは両腕を上げてガードを固めて戦っていましたが、相手からすればガードの上からでも叩けるので、ある意味打ちやすい。あと、両腕でガードを固めている時は、足が動かずに"突っ立った"状態になることが多いんです。尚弥のパンチをガードの上からもらって、『ヤバい』と感じたのでしょう。だから後ろ重心とL字ガードにして、よりディフェンシブなスタイルに変えたんだと思います」

――試合中、尚弥選手はセコンドに「パンチを当てづらい」と話したそうですが?

「タパレスはディフェンス重視になってから、尚弥の打ち終わりに合わせたり、打ち始めに合わせたり、その繰り返しでした。そのような戦術を取られると、クリーンヒットさせるのはなかなか難しいんです」

――尚弥選手がガードの上からパンチを当てたり、大きく振るパンチも印象的でした。それらも狙いがあったのでしょうか?

「そうですね。大振りに見えたパンチも、大きいパンチを見せておいて小さいパンチを返す、上に大きいのを見せておいてボディに散らす、といった狙いがあったと思います。決してKOを狙っての大振りではなくて、あえて大きくパンチを振って警戒させて、その反応を見ながら違うパンチを当てる。そんな感じですね」

――試合後、尚弥選手は今の自分について70点と採点し、あと30点は伸びしろと話していました。まだ足りない部分があるのでしょうか?

「ちょっと想像もつかないです(笑)。僕レベルだとわからないですね。漫画の主人公などに近づこうとしているんじゃないですか(笑)」

――2階級の4団体統一も「ここは通過点」だと語っていますが、モチベーションを維持するための目標はどこに置いているのでしょうか?

「僕も、尚弥のモチベーションについては気になっています。あれだけすごいことを成し遂げても変わらないんですよね。毎日毎日ひたむきに、強くなる探求心を持って練習に臨んでいる。逆に『強くなりすぎている』というか、見ている人たちの中にそういう『井上尚弥像』みたいなものができていると思うので、その期待を『裏切りたくない』という部分もあるのかなと思います」

――ライバルやターゲットにふさわしい選手も見当たらない中、ファンが思い描く最強の井上尚弥像に近づくことがモチベーションになっていると。

「そうなのかな、と思います。そうなると、やっぱり漫画の主人公や、ヒーローに近づいていくという感じになりますね」

【ネリの「怖い」部分は?】

――尚弥選手の次戦は5月6日、東京ドームでのルイス・ネリ戦が濃厚となっています。日本では、元WBC世界バンタム級王者の山中慎介さんと2度対戦し、ドーピング疑惑と体重超過という問題を起こしたこともあって「悪童」などと呼ばれていますが、どんなファイターだと見ていますか?

「パワーはありますね。それでいて、チャンスと見るやパンチをまとめてくる。ディフェンスもうまい部分があるので、かなり難敵じゃないかなと思います」

――例えばアフマダリエフと比べても、怖さはネリのほうがありますか?

「あると思いますね。野獣的なパンチといいますか、軌道がわかりにくかったり、型にハマっていなかったり......セオリー通りじゃないところが怖いですね」

――ネリ陣営のプロモーターが、尚弥選手について「サウスポーが苦手だ」とコメントをしていましたが、サウスポーを苦にしているイメージはありますか?

「ないですね。対サウスポーは、4戦して全員KOしてますから。逆に、判定決着になった3試合はすべてオーソドックス。サウスポーのタパレスが10ラウンドまでうまく戦ったのを見ての発言だとは思うんですけど、それはディフェンシブに戦ったから。尚弥の成績を見れば一目瞭然ですし、すでに『苦手な部分がある』という次元の選手ではない気がします」

――東京ドームでボクシングの試合が実現すれば、1990年2月11日のマイク・タイソンvsジェームズ・ダグラス以来、34年ぶりとなります。

「すごいと思う反面、同じボクサーとしては悔しさもあります。その悔しさを忘れちゃうと、自分の成長に繋がらないと思うので、悔しがりながら追いつけるようしたいです」

(後編:那須川天心のボクシング3戦目を総括「左のカウンターがうまい」「左ストレートやワンツーを当てるシーンが少ない」>>)

【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、2人の父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが、2023年2月、約2年7カ月ぶりに復帰。8月、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦に勝利。2024年2月22日に、東京・後楽園ホールで、東洋太平洋同級王者・永田大士との王座統一戦を控えている。18戦17勝(14KO)1敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。