早稲田で得た学び 「すごい勉強になった4年間だった」早大剣道部での日々をこのように振り返る門間光児主将(社4=熊本・九州学院)。高校まで、常に日本一を目指す環境にいた門間は、大学でも日本一に強いこだわりを持って剣道に向き合った。大学という多…

早稲田で得た学び

 「すごい勉強になった4年間だった」早大剣道部での日々をこのように振り返る門間光児主将(社4=熊本・九州学院)。高校まで、常に日本一を目指す環境にいた門間は、大学でも日本一に強いこだわりを持って剣道に向き合った。大学という多種多様な人間が入る、門間にとって初めての環境の中で、どのようにチームを作り、どうやって剣道に向き合ってきたのか、この4年間を振り返る。


メンを決めた門間

 剣道を始めたのは小学校1年生のころ。両親が剣道をやっていた影響で、気がついた時には周囲に剣道があるのが当たり前の環境にいた。早大に入学するきっかけとなったのは、小学校、中学校のころに通っていた道場の先輩である小林直道(平28スポ卒)である。門間が中学生のころ、早大剣道部に稽古に行く機会があり、そこで主将として活躍している姿を見て、「すごいかっこいい」と感じたという。大学を決める際に、この思い出が頭をよぎり、早稲田大学への進学を決めた。

 入学当初は新型コロナウイルスの蔓延により、大学に行くことはおろか、部の活動を行うことができなかった。しかし、その期間は自分を見つめ直す機会となった。毎日稽古をしていた日々が当たり前ではなくなったことで、自身の高校時代の動画を見たり、自分に足りない部分を考えることに時間を費やした。2年生になると、関東学生剣道選手権大会(個人戦)に出場。2回戦で負けてしまい、「(大学剣道は)甘くないなっていうのを痛感させられた」と振り返る。一方、関東学生剣道優勝大会(団体戦)では順調に勝ち進み、全日本学生剣道優勝大会(全日)でベスト16に入った。冬には新人戦があり、大将としてチームをまとめた。1、2年生だけでチームを組んだ初めての試合であり、楽しんで試合に臨んだ。3年生は、試行錯誤の年だった。目の前の大会で結果を残すことも大事だが、最高学年である4年生になるのに向けて、様々な準備をした。竹刀の柄の持ち方を短くするなど色々試して、「自分を磨く1年になった」という。4年生では主将を務めたが、これは1年生のころから決まっていた。尊敬していた小林が主将をしていたこともあり、門間は自ら主将になることを希望していた。首相となった門間がまず取り組んだのは、練習メニューの改革だった。監督や顧問が指示するのではなく、部員が自ら考えて練習をする早大剣道部にとってはまず重要なことであった。しかし、そういった改革が全てが上手くいったというわけではなく、「自分が良かれと思ってやっていることでも、他の人にはそういう風に映るのか」と勉強になった1年だったと振り返る。


鍔迫り合いをする門間

 主将になったこの1年、特に日本一にこだわったが、「結果としては何も残せなかった」と振り返る。日本一をかけて臨んだ全日では、初戦で敗北。結果は振るわなかったが、「剣道の考え方や試合の仕方」を後輩に残すことができた。この勝利、日本一に対する強いこだわりは後輩に引き継がれているだろう。門間は今後も体の動く限り剣道を続けていく予定だという。早大剣道部で得た学びを生かした、これからの門間の活躍に期待したい。

(記事、写真 小島大典)