多くの志を胸に、柔道と人生に向き合う阿部詩柔道家・阿部詩インタビュー後編【きょうだいみんな体幹が異常に強い】――身体の強さは遺伝だと思っているとのことですが、もう少し詳しく教えてください。「柔道家の体型ってくびれがないんです。この横の筋肉(…



多くの志を胸に、柔道と人生に向き合う阿部詩

柔道家・阿部詩インタビュー後編

【きょうだいみんな体幹が異常に強い】

――身体の強さは遺伝だと思っているとのことですが、もう少し詳しく教えてください。

「柔道家の体型ってくびれがないんです。この横の筋肉(外腹斜筋のあたりを触りながら)があるんですけど、ここが兄(一二三。東京五輪男子66kg級金メダル/パーク24)も私も異常に強い。上の兄(勇一朗さん)もそうでした」

------なるほど。もともと受け継いだものがある。

「そうですね。運動神経もきょうだいみんな良いほうだと思います。上の兄は小学校6年生まで柔道をやっていたのですが、3人の中でいちばん才能があるんじゃないかっていうぐらい技の感覚が優れていて、足もすごく速くて、本当に運動神経がいいんだなと感じていました。

 それと、父が昔からその部分を鍛えるトレーニングを取り入れてくれたので、そのおかげもあると思っています」

――稽古についてはどうでしょう? 子どもの頃からコツコツ続けられるタイプでしたか。

「私はコツコツタイプではなかったです。興味を持ったら、そっちやりたいとか、あっちやりたいっていう性格なので、幼いころからひとつのことをずっと淡々とやり続けるということはあまり得意ではないです。

 ただ、柔道に関しては好きなことなので、同じことを繰り返せるのだと思います。柔道を始めてもう17年なので、そういうことが自然と身についた部分もあると思います」

――好きだから続けられるし、地道な稽古も繰り返せる。

「日々の稽古って本当に同じことの繰り返しなんです。私の場合、稽古内容は試合前の調整段階に入ったら少し変化するぐらいで、それ以外は走ったりなどのトレーニングも含めて、ひたすら同じことの繰り返しです。もちろん日によって課題としている部分を重点的にやったりして変化する部分もありますが、基本的には同じです。

 こういうふうに同じことを繰り返すことができるのは、やっぱり強くなりたいという気持ちと、自分自身の目標があるからだと思います。あとはもう本当に純粋に柔道が好きなので、それをなくしてしまうと自分ではないなと思うので、やり続けられるのかなと」

――自分ではない。

「はい。柔道は本当に難しくて、すごく奥が深くて、どれだけ強さを追求しても、まだまだその先があるような競技なんですね。自分のなかの地図をどれだけ進んでいっても、ゴールにはたどり着けないという感覚なんです。ただ、新たに技ができるようになったり、やっぱり試合で勝ったときの達成感があるとすごくうれしいですし、そういう気持ちがあるから続けられているとも思います」

【リフレッシュはエステと登山】

――高いレベルで競技を続けるには、競技から離れた時間を充実させることも重要だと思います。最近、練習や試合の後のリフレッシュで何かしていることはありますか。

「最近は自分磨きといいますか、エステにはまっています」

――エステにもいろいろありますが、どんなジャンルなのかうかがってもよいですか?

「フェイシャルですね。1カ月に1回とか、大事な試合が終わった後にサロンに行ったりしているのですが、ピーリング(角質取り)をしたあとなど自分の肌が明らかに変わったりするのを見るとすごく気分が上がります。柔道では味わえない感覚なのでリフレッシュになりますね。

 ほかには温泉に行ったり、服を見たり買ったりするのが好きなのでショッピングに行ったりしています。あと最近は自然の中にいるのが気持ちいいなぁと思うので、そういう時間を作ったりしています」

――自然を感じるというのは、例えば都内では緑の多い公園に行ったり。

「東京ではなかなかそういう場所を見つけにくいので、地方に合宿に行ったときに滝を見に行ったりとか、山に登ったりとかですね。そういうのはすごく好きです」

――登山をされるんですね。お気に入りの山や景色はありますか?

「めっちゃ、簡単にすぐ登れて、しかも登った! という感覚になれるのは高尾山です。都心から車で1時間くらいで行けてすぐに登れるのですごくいいです」

――高尾山の山頂には茶屋がいろいろありますよね。お気に入りのお店などありますか。

「山頂では何かを食べたりはしないのですが、好きなのは麓にあるお店の自然薯そばです。それは降りてきたあと必ず食べています」


オンとオフの切り替えが充実した時間を生み出している

「母でも金」に挑戦したい】

――最後にライフステージの変化に伴う今後の展望についてうかがいます。昨年、日本体育大学を卒業し、現在はパーク24の所属選手として柔道をしていらっしゃいます。職業としての柔道ということについてはどう考えていますか。

「やっぱり仕事として柔道をしている以上、甘えることはできないと思っています。こんなにいい環境で柔道に集中させてもらっているので、周りの方たちに本当に感謝して、責任感と覚悟を持ちながら日々、取り組んでいます」

――柔道家としての理想像や将来像はありますか。

「将来は自分自身の道場を持ちたいと考えています。勝負を追求するのではなく、柔道の純粋な楽しさや柔道ってこんなにすばらしい競技だよということを教えられる指導者になりたいと思っているんです。

 柔道家としては、誰もが知るような柔道家のひとりになりたいと思っています。選手を引退した10年後であっても、20年後であっても名前が知られているような柔道家になっていたいなとは思っています」

――そのためには結果が必要になってきますね。

「はい。結果は絶対的に必要だと思います。ですから、まずはパリという舞台でオリンピック2連覇という目標を達成したいと思っています。あとはやっぱり人気になるというか、応援される選手でいたいので、人間力の部分も高めていきたいと思っています」

――出産後も現役選手を続けたいという思いもあるそうですね。

「そうなんです。ヤワラちゃん(谷亮子、2000年シドニー、2004年アテネ五輪女子48kg級金メダル)も成し遂げられなかった『母でも金』ということを、少し目指したいという目標もあります。もちろんそれはどうなるかわからないことですが、そういう気持ちは少しあります」

――それはいつごろからイメージされていたんですか。

「結構前からです。そうですね、大学生になってだんだん自分の将来を考えるような年齢になったぐらいですね。誰も達成したことのないことをやり遂げたいという気持ちが昔からあるので、そういうことをやってみたいな、と。

 それにやっぱり、これは女性しか実現できない目標だと思うので達成してみたいという気持ちがあります」

――とすると、選手生活を長いスパンで捉える発想も必要になってくるかもしれませんね。例えば、パリ五輪の次の2028年ロス五輪、さらにその先の2032年ブリスベン五輪についても視野に入っていますか。

「さすがにブリスベンについてはまだ考えられていませんが、ロスでのオリンピック3連覇については達成したいという思いはあります。

 やっぱり自分の限界を追い求めていきたいので、そこまで柔道を突き詰めて、強くなりたいという気持ちが続いていれば、ぜひ3連覇を目指したいと思っています」

前編〉〉〉阿部詩「柔道は好きだから全部できる。それ以外は...」 五輪2連覇へ突き進む絶対女王の成長と意外な素顔

【Profile】阿部 詩(あべ・うた)/2000年7月14日生まれ、兵庫県神戸市出身。女子柔道52kg級。158cm。5歳のとき、ふたりの兄を追いかけ「兵庫少年こだま会」で柔道を始める。夙川学院中(現・夙川中)→夙川学院高(現・夙川高)→日本体育大卒。2023年4月からパーク24所属。2021年東京五輪金メダル。2018、2019、2022、2023年世界選手権優勝。IJFワールドツアーでは2017、2022、2023年グランドスラム東京を含む通算12勝。得意技は内股、袖釣り込み腰。組み手は右組み。講道館柔道女子五段。次兄の一二三(パーク24)は2021年東京五輪男子66kg級金メダリスト。