さらなる高みをめざし続ける阿部詩柔道家・阿部詩インタビュー 前編 東京五輪柔道女子52kg級で金メダルを獲得し、一躍「時の人」となった阿部詩は、その後、2022年、2023年世界柔道選手権でも連覇を成し遂げ、現在、世界で最も強い柔道家のひと…



さらなる高みをめざし続ける阿部詩

柔道家・阿部詩インタビュー 前編

 東京五輪柔道女子52kg級で金メダルを獲得し、一躍「時の人」となった阿部詩は、その後、2022年、2023年世界柔道選手権でも連覇を成し遂げ、現在、世界で最も強い柔道家のひとりである。パリ五輪代表には昨年6月に兄・一二三(東京五輪男子66kg級金メダリスト/パーク24)とともに早々に内定し、オリンピック2連覇に向けじっくり準備を進めている。

 23歳となった阿部詩は何を考え、2度目のオリンピックに向かっているのか。その応答は全方位に冴えわたり、試合で見せる迷いのない柔道そのものだった。

【ずっと走っている】

――パリ五輪の開幕が5カ月後に迫っています。東京五輪からあっという間のような気がします。どのように感じていますか。

「もう2024年なのかという気がしています。本当だったらオリンピックは4年おきにあるのに今回は3年しかないのですごく短く感じていて、ずっと走っている感覚があります。東京五輪の後に両肩を手術したので、その期間のことを考えると本当にずっと柔道に向き合ってきたなと思います」

――両肩の手術を受けられたのは2021年の秋ということで、まさに東京五輪直後のタイミングでした (関節唇修復手術。9月に左肩、10月に右肩)。脱臼グセがあったということですが、どんな状態だったのですか。

「腕が常にブラブラしているような状態でした。例えば階段を降りるとき、ふつうに手が下に向いているだけで肩が外れそうになってしまうので、ずっとちょっと腕を上げているような感じにしていましたね。

 柔道をしているときは肩に違和感があって、外れてしまうんじゃないかと思うと怖かったので、テーピングでガチガチに固めていました」

――腕が常にブラブラ。いつからそんな状態だったのですか。

「2019年2月頃にまず左肩をケガして、そこから1、2カ月休んだんですけど、あんまりよくならなくて、ずっと病院に通いながら(競技を)やっていました。でも、その年の夏の世界選手権の時に右肩も痛めてしまいました。だから何年になるのかな......3年くらいはその状態でやっていて、東京五輪前がピークだったというか、一番ひどかったと思います」

――そんな状態で金メダルを獲得したとは。控えめに言ってすごすぎます。

「東京五輪の時にはもうその状態に慣れていたというか、それでも優勝しないといけないと思っていたので、自分のなかではすごいという感覚はなかったです」

――そこまでの試練を乗り越えた東京五輪をいま振り返ってみて、ご自身で成長したと思うところはどんなところですか。

「オリンピックの前まで精神的にすごく弱い部分があったのですが、それが少なくなったと思っています。例えば、世界選手権などの大会前になるとメンタルに波がありました。でもいまはそれがいっさいなくなりました。それはずっと目標にしていたオリンピックでの金メダルを獲得したことで、すごく大きな壁を乗り越えたからかな、と思っています」

【好影響をもたらした両肩の手術】

――肩の手術に踏みきったことの影響はどうでしょうか。タイミング的に心身の休養のための時間にもなったのではないでしょうか。

「手術をしてから試合に復帰するまで6、7カ月かかって、その間は柔道から離れていたのですが、そういう時間があってよかったなと思っています。やっぱりあのタイミングで手術をしていないと変に自分を追い込んだりして、心も体も休まらないまま次にリスタートしていたかもしれないと思います。もちろん手術したおかげで身体はすごく楽になりましたし、手術をしたことは自分のなかですごい変化だったと思っています」

――変化とは、例えばどんなことですか。

「自分にしかわからないようなところで、言葉で説明するのはすごく難しいのですが、手術前には伸ばせなかった角度の方向に手を動かせるようになったりとか、腕がちょっと伸びるようになったり、といったことです。

 以前は組み手争いの時は自分が嫌な方向になるともう(手を)離すしかなかったり、組み手を持ち替えたりとかしていたのですが、今はもうそういうことが全然ありません」

――東京五輪後は2022年、2023年と世界選手権で連覇を果たしましたが、特に昨年の世界選手権は肩の状態がとてもよいのだな、という印象を持ちました。とても伸び伸びしていたというか、釣り手や引き手(※)を持つ位置が以前よりずっと自由になって、接近したり、離れたりといった間合いの管理が自在でした。いかがでしょうか。

※柔道の基本姿勢である自然体で釣り手は襟、引き手は袖を持つ手のこと

「やっぱり自分の技や動きが警戒されているなかでも試合を動かしていかないといけないので、そこは東京五輪後からはいろんなところを意識しています。接近戦でも投げられるように、また離れたところからでも、何でも技をかけられるようにっていう部分は取り組んできました」

――技に関してはどうですか。

「足技が使えるようになったと思います。あとは立ち技から寝技への移行については東京五輪の前よりできるようになったと思います。相手が逃げながら、苦しまぎれに技をかけてきたときにそのタイミングで寝技に行くとか、あとは足技で相手をつぶして寝技に行くというような形ができるようになってきたかな、と思います。

 でも相手の技への対応だったり、フィジカルの部分だったり、まぁ、まだまだ足りない部分はあるんですけど、少しは進化したのかなとは思っています」

――寝技の話が出たのでうかがいます。阿部選手といえば内股や袖釣り込み腰などの豪快な立ち技を思い浮かべる方も多いと思いますが、近年は寝技で勝負を決める試合がますます増えています。寝技はもともとお好きですか?

「いや〜、昔はあまり好きでなかったですし、今もやっぱり立ち技よりは全然好きとは言えないです。でも、勝っていくには絶対的に必要なものですし、勝つための手段のひとつですから、嫌なことも取り組まないといけないとは思っています」



両肩の手術を経てその柔道に幅が広がったという

【柔道以外はすごく不器用】

――東京五輪の決勝も、昨年の世界選手権決勝も、立ち技から寝技への移行で勝負を決めました。その移行過程はとても地味ですが、相手の柔道衣の持ちどころなどは選手によって違いがあり、選手の個性がとても表れるところだと思います。ご自身で自分らしいと思う動きがあれば教えていただけますか。

「そこは詳しく話してしまうとライバルにバレてしまうので言えませんが、試合を観てくださる方にはこんなところを持ってこうやって返すんだとか、そういうのは注目してもらえるといいかなと思います。

 そういう部分は選手それぞれ全然違いますし、それこそ選手の個性が表れる部分だと思うので楽しみに見てもらえるとうれしいです」

――立ち技についてはどうでしょうか。技に入る組み手のオプションも増えている印象です。もともといろいろな技ができると思いますが、ご自身ではどう思っていますか。

「たぶん、いろんな技はできる方だと思います。柔道以外ではすごく不器用な部分も多いんですが、柔道に関してはたぶん、器用な方なのかなと」

――柔道以外は不器用。

「そうです。私の場合、柔道だけに特化されているなって思っています。例えば折り紙を折ることなど、細かい作業ができるのかと言われたら全然できないんです。でも、柔道に関しては全部できるというか。柔道は好きなので、できないことがあってもできるまで取り組もうとするんです。だから、できるようになるのだと思います」

――なるほど。柔道はできてしまう。試合を見る限り、とても器用だなぁと思っていました。試合中の技の選択や展開の仕方にほとんどミスがなく、的確なので。

「試合中の判断については、ここを持たれると投げられるだとか、ここ持たれたら自分が不利な状況になるとか、そういうことを全部分析して、考えながら稽古をするようにしています。そのなかで投げられたりうまくいかないことをずーーっと繰り返しながら、試合のときはミスがないように作り上げていっているので、たぶん試合だけを見ている方は器用だと思われるかもしれません」

――はい。器用になんでもできるなぁと思っていましたし、対戦相手もそこが恐怖なのではないかな、と想像したりします。では、身体の感覚や使い方についてはいかがですか。ご自身の身体を自在に使い倒しているように見えます。腕も長いほうでは?

「腕の長さについては自分ではあまり考えたことはないのですが、たまに言われます。嫌なところ持ってくるね、とか、こんなところまで取ってくるんだ、とか。

 身体の力については強いとよく言われますし、体幹は強い方だと思います。接近戦では負ける気がしないのでそれは自分の強みとしてはあると思います」

――なぜ強いと思いますか。トレーニングの成果でしょうか。

「遺伝だと思います。兄(一二三)も身体の力がすごく強いので、これは遺伝なのかなと思っています」

後編〉〉〉「母でも金」への憧憬 柔道家・阿部詩が目指す競技者として、人間として、女性としてのあくなき探求心

【Profile】阿部 詩(あべ・うた)/2000年7月14日生まれ、兵庫県神戸市出身。女子柔道52kg級。158cm。5歳のとき、ふたりの兄を追いかけ「兵庫少年こだま会」で柔道を始める。夙川学院中(現・夙川中)→夙川学院高(現・夙川高)→日本体育大卒。2023年4月からパーク24所属。2021年東京五輪金メダル。2018、2019、2022、2023年世界選手権優勝。IJFワールドツアーでは2017、2022、2023年グランドスラム東京を含む通算12勝。得意技は内股、袖釣り込み腰。組み手は右組み。講道館柔道女子五段。次兄の一二三(パーク24)は2021年東京五輪男子66kg級金メダリスト。