ハースF1小松礼雄チーム新代表インタビュー(後編)「メンツや権力はどうでもよく、マシンの速さを追求する」 ハースのチーム代表に就任した小松礼雄だが、その前途は決して楽な道のりではない。 元フェラーリのシモーネ・レスタが開発指揮を執った昨年型…

ハースF1小松礼雄チーム新代表インタビュー(後編)

「メンツや権力はどうでもよく、マシンの速さを追求する」

 ハースのチーム代表に就任した小松礼雄だが、その前途は決して楽な道のりではない。

 元フェラーリのシモーネ・レスタが開発指揮を執った昨年型マシンは、一発の速さはあるものの極端にリアタイヤに厳しく、レースではどのチームよりもタイヤのオーバーヒートと性能低下に苦しみ、勝負にならなかった。

 にもかかわらず、開発責任者はその問題をきちんと認めなかった。それによってマシンの改善が進まず、本来なら前半戦に投入すべきだったアップデートはシーズン終盤のアメリカGPまで遅れてしまった。


小松礼雄は2003年からF1の世界で戦っている

 photo by BOOZY

 今のハースが抱えている改善すべき点について、小松が昨年語っていたのはあくまでエンジニアリングディレクターとして把握できる範疇での推察であり、現場と開発部門との連携不足や自分の責任を認められない組織の問題などを断定するつもりはない。これからチーム代表としてあらゆるスタッフと連携し、問題点を明確にしていくという。

 ハースの本拠地はイギリス・バンベリーにある。だが、空力部門はイタリア・マラネロのフェラーリ内にあり、マシン製造はイタリアのダラーラ社を中心とした外注企業に頼っている。

 拠点が分散していることによるコミュニケーション不足があったことは、イギリス側のトップにいた小松エンジニアがイタリア側スタッフと密に連携することが許されなかったことからも明らかだった。まずは、これまで直接話すことができなかったスタッフたちから聞き取りを進め、問題点を把握していかなければならないというわけだ。

「まずはチーム内でしっかり、コミュニケーションを取ることです。これまでの僕の役職では、特定のエリアにしか手を伸ばすことができなかったことを認識しているからです。

 たとえば、なぜ何かがうまくいかないのか、その理由を知ることができなかったり、理由らしきことがわかってもそれが事実かどうかを確認することもできませんでした。僕が考えている理由が事実なのか事実でないのかもわからないし、それをここで語ることは一部の人たちに対してはフェアではありません。

 だから今、イタリアのスタッフたちとも密にコミュニケーションを取っていこうとしているんです。ひざを突き合わせてフェイストゥフェイスで話し合い、チームの進むべき方向性や現状のさまざまなことに対して、彼らがどのように感じているのか──。それを理解して、彼らときちんとした関係を築き、前に進みたいと考えているんです」

【イギリスとイタリアの2カ所体制をどうする?】

 そのうえで問題を修正し、チーム内の風通しをよくし、チームがどこを目指しているのか、何が最優先事項なのかをチーム全員が共有する必要があるという。それができればハースのスタッフたちの能力はもっと引き出せる──というのが、これまで彼らを見てきた小松の評価だ。

「このチームには能力の高い人材がたくさんいますし、僕がF1で20年やってきたなかでベストなチームのひとつだと思っています。問題は、その人たちがうまくコミュニケーションを取り、一体となってお互いに協力し合いながら開発できるかなんです。

 今のF1はかつてないほど、空力とサスペンションが一体となっていなければなりません。我々の場合は、空力部門の設計者たちがイタリアにいて、サスペンションを扱うビークルダイナミクス部門の設計者たちはイギリスにいます。そのコミュニケーションと連携に関しては、これから大きく改善していけると自信を持っています」

 小松の根底にあるのは、これまでのハースは個々のスタッフが実力を発揮しきれていないということ。そして、その原因がチームの技術組織にあること。ほかにも課題はあるものの、まず手をつけるべき課題はそこだという考え方だ。

 だからこそ、チームスタッフの入れ換えや増強は急がない。各地に分散したオフィスの統合も急がない。そしてフェラーリとの技術提携のあり方についても、すぐに見直しを進めたりはしない。

 つまり、短期戦略は人員の能力を最大限に引き出せるような組織への改善であり、中期戦略はオフィス統合やさらなる人材の強化と、すでに自分たちがやるべきことを冷静に見極めているのだ。

「イギリスとイタリアの2カ所にオフィスを構えるのが理想的かと聞かれれば、答えは『ノー』です。でも、それが僕たちにとって最大の問題点かと言えば、それも答えは『ノー』なんです。

 今の体制でも、間違いなくもっとうまくやれるわけです。だから僕が集中しているのはそこです。そしてやれるだけのことをやって、自分たちがこれ以上は改善しようがないとなったら、次にそこ(2拠点体制)に目を向けるべきだと思っています」

【「レース屋らしいチーム」への変貌に期待】

 今シーズン開幕時点でのハースの競争力は低く、最下位だろうと小松は言う。

 なぜならば前述のとおり、2023年型マシンが抱えた問題を開発陣が認められず、2024年型マシンの開発コンセプトでの設計がスタートしたのは昨年中盤と、ライバルの半年遅れだったからだ。当然、その後の実戦でのデータ量も乏しい。

「2024年型マシンが昨年よりも改善しているのは確かです。でも、それがライバルたちと比べて十分な進化かというと、開幕時点では十分ではないと思っています。僕たちがマシン開発をスタートさせたのは、かなり遅くなってしまいましたから。

 昨年、マシンコンセプトを変更したのがかなり遅く、オースティン(第19戦アメリカGP)でのアップデートを投入するために、そこに少し開発リソースを割く必要もありました。なので(今季開幕戦の)バーレーンGP時点でのマシンに関しては現実的な見方をしています」

 しかし、組織の問題が改善されていけば、マシンの問題点をきちんと把握し、前進していくことも可能だ。

「開幕時点でのマシンは昨年よりよくなっていることは確かですが、十分ではないでしょう。でも、そこからどれだけ改善していけるか──というところでこそ、このチームの真価が問われるのだと思っています」

 オーナーのジーン・ハースは昨年のチーム状況に苛立ちを募らせ、最下位という結果に不満を爆発させた。それは世間で言われているのとは真逆の、F1に対する情熱の塊(かたまり)だ。だからこそ小松をチーム代表に据え、改革へのサポートとコミットも約束した。

 シーズン開幕当初は、マシン性能も乏しく苦戦を強いられるだろう。しかし、それは小松の能力不足のためではなく、昨年までのツケを払わされているにすぎない。

 本当の勝負は、そこからいかに這い上がれるか。これまでのハースのイメージを払拭するような、チーム一丸となって猛スピードで駆け上がる「レース屋らしいチーム」への変貌を期待したい。

<了>

【profile】
小松礼雄(こまつ・あやお)
1976年1月28日生まれ、東京都出身。高校卒業後にイギリスに渡ってラフバラー大学で自動車工学を専攻する。大学院時代にF3チームのメカニックとなり、2003年にタイヤエンジニアとしてB・A・Rに加入。2006年からルノーF1(のちのロータスF1)でレースエンジニアやトラックエンジニアを務め、2016年に創設されたハースへ移籍。レース現場の技術責任者、技術部長を経て2024年よりチーム代表に就任。