学校も街も、高校野球で活気付いてきたことを感じていた矢先のできごとだった。 2024年の元日。能登半島地震が襲った。震度7を観測した石川県輪島市にある県立門前高校も被災した。 少子高齢化と過疎化が進み、門前高校では定員割れが続く。現在の3…

 学校も街も、高校野球で活気付いてきたことを感じていた矢先のできごとだった。

 2024年の元日。能登半島地震が襲った。震度7を観測した石川県輪島市にある県立門前高校も被災した。

 少子高齢化と過疎化が進み、門前高校では定員割れが続く。現在の3年生が入学した21年度は、入学定員80人に対して過去最少の11人まで減った。

 そんな時、輪島市は動いた。「高校魅力化プロジェクト」の一環として、生徒の増加や地域の活性化を野球に託した。

 門前高校の卒業生であり、1期生でもある山下智茂さん(78)=星稜高校野球部元監督=を「野球指導アドバイザー」として招聘(しょうへい)。週4~5回のペースで指導してもらうことになった。

 22年3月に就任することが決まると、輪島市外から「山下さんのもとで野球に打ち込みたい」という入学者が急増。22年度の入学者数は28人と倍増し、23年度は46人になった。1、2年の生徒は半数以上が野球部員だ。

 現在の野球部員40人のうち、30人は市外からの入学。中沢賢(さとし)校長は「野球部員が増えた分だけ入学者も増えている」と話す。

 当初は市営住宅を生徒寮として活用していたものの、輪島市が昨春、約3億5千万円をかけて生徒寮を新設。現在は市外出身の27人が生活している。県外の入学希望者も受け入れられる態勢が整った。

 県外から入学者を募る「全国募集」の推薦入試にも、今年度から手を挙げた。

 だが「これから」という時に能登半島地震が発生した。家屋は倒れ、海岸線の地盤は隆起。街並みも海景も一変した。

 生徒寮を市の職員が確認したところ、損壊した部分は見当たらなかった。水道さえ開通すれば生活できる見通しだという。

 唯一の不安要素は練習場だ。改修工事を進めている門前野球場に大きな被害はなかったものの、3月末の完成予定だったバックネット裏スタンドは工事再開のめどが立っていない。

 推薦入学の募集人数は20人。出願期限は1月31日だ。中沢校長は「水道が復旧すれば、学校の授業も寮の生活も通常通りに再開できると思う」。県外の入学希望者には中学校を通じて、学校や生徒寮、練習場などの状況を丁寧に説明しているという。

 甲子園をめざして全国から球児が集まることは、私立の強豪校で見受けられる。一方、県立の門前高校がめざすものは地域との「共生」だ。

 野球部は「地域おこし軍団」と称し、地域行事やボランティア活動にも積極的に参加する。高齢者に年賀状を書き、夏祭りではキリコ(巨大な御神灯)を担ぐ。海岸の清掃や街の雪かきなどで地域に貢献し、信頼関係を築いてきた。

 交通に支障がでない川沿いのコースを使っていた校内マラソン大会は、あえて街中に変更。商店街では、のぼりを掲げて応援してくれるという。

 中沢校長は「高校野球」が学校も街も活気付けていることを感じている。

 「県大会では、門前高校のマフラーを身につけた地元の方々も応援に駆けつけてくれた。高校生よりも多くいたので驚いた」

 復興が簡単ではないことは、中沢校長も分かっている。それでも、生徒が学校に集まり、勉強も部活も思い切りできる「日常」が早く戻ることを切に願っている。(斎藤孝則)