1月21日。かつて甲子園を騒がせた吉永健太朗さんが、30歳にして全国大会への出場権を手に入れた。といっても、慣れ親しんだ野球で......ではない。硬式球より一回りほど小さい黄色のゴムボールを握りしめながら、喜びの声を上げた。 「率直にう…

 1月21日。かつて甲子園を騒がせた吉永健太朗さんが、30歳にして全国大会への出場権を手に入れた。といっても、慣れ親しんだ野球で......ではない。硬式球より一回りほど小さい黄色のゴムボールを握りしめながら、喜びの声を上げた。
 
「率直にうれしいです。1日に5試合をやるのは初めてで、途中に足がつってしまったのでテーピングで固定しながらやりました。でも、自分が集めたメンバーたちと一緒に試合ができて、すごく楽しかったです」


2月4日に開催される日本選手権出場を決めた「Hi5Tokyo」の吉永健太朗さん

 photo by Uchida Katsuharu

【きっかけは同級生の活躍】

 高校野球フリークであれば、吉永さんの名前を知らないファンはいないだろう。2011年夏の甲子園。日大三(西東京)のエースとして最速149キロの直球とシンカーを武器に全国制覇を果たすと、高校日本代表の一員として出場したAAAアジア野球選手権大会で優勝し、最優秀防御率とベストナインを獲得。ドラフト1位候補と騒がれながらも早大へ進学し、1年春のリーグ戦から4勝を挙げ、全日本大学野球選手権でMVPに輝くなど、学生野球界で一時代を築いた投手だ。

 その吉永さんが今、どっぷりとハマっているスポーツがある。「Baseball 5」(ベースボールファイブ)と呼ばれるストリート競技で、基本的なルールは野球やソフトボールとほとんど同じだが、使用するのは専用のゴムボールのみ。

 グラブやバットは使用せず、投手、捕手、外野手はいない。男女混合の1チーム5人全員が内野を守り、打者がゴムボールを手で打ってプレーが始まる。柵越え、ファウル、空振りなどは一発アウト。5イニング制で1試合30分弱とスピーディーな展開も魅力のひとつだ。

 野球場のような広い場所は必要なく、塁間13メートル、フェアゾーン一辺18メートルのフィールドがあればどこでもプレーできるため、世界中で競技者が急増している。

 吉永さんがベースボール5に目覚めたきっかけは、日大三で同級生だった宮之原健(たける)さんの影響が大きい。昨夏、宮之原さんに誘われ、所属する「5STARs(ファイブスターズ)」の練習に参加した。宮之原さんはベースボール5日本代表の一員として、2022年11月にメキシコで行なわれた「WBSC Baseball5ワールドカップ2022」で準優勝に貢献した実力者。そのダイナミックなプレーに魅了されるまで、さほど時間はかからなかった。


ベースボール5にどっぷりハマったと語る吉永健太朗さん

 photo by Uchida Katsuharu

「すごく面白いなと思って、そこから始めたのがきっかけです。守備も塁間が短いので、スナップスローで全然届くし、打つ方も打点が下なので、肩も痛くならず、全力で振ることができます」

 吉永さんはJR東日本時代の2017年に右肩を手術。2019年に現役を引退するまで鎮痛剤を飲みながら登板していた。しかし、ベースボール5は投手というポジションがないので、全力で投げる機会はごく稀。右肩の痛みを気にすることなく、思いきりプレーできる喜びを久しぶりに味わった。

【5戦全勝で全国大会出場】

 そこからすぐに行動を起こした。「5STARs」からも入部を誘われたが、拠点が埼玉・上尾市内にあり、都内の自宅から遠かったため断念。「せっかくだから、自分でチームをつくろう」と思い立ち、昨年9月、ベースボール5のチーム「Hi5Tokyo(ハイ・ファイブ・トウキョウ)」を設立した。

 昨年末には白とピンクを基調としたユニホームも完成。全国大会出場、そして日本一を目標に掲げ、「第1回Baseball5日本選手権オープンの部・東日本ブロック予選」(1月21日、東京・駒沢大学野球部室内練習場)出場に備えた。

「チームとしては月に2回の活動で、紅白戦をやったり、対外試合は2度やりました。自分の練習のほうがメインで、朝や夜にダッシュやバッティング練習、ちょっと懸垂したりしていました」

 そして迎えた試合当日。6チームの総当たりで1日5試合をこなすというハードスケジュールのなか、Hi5Tokyoは1試合目を18−1(3回コールド)、2試合目を11−0と快勝。ただ、主将として活躍した吉永さんは2試合目の途中で左足がつった影響で3試合目は欠場した。それでもベンチから戦況を見守った3試合目も13−0(4回コールド)と順調に白星を重ねた。

 各チームとも連戦にならないように試合が組まれているため、合間のコンディションづくりに細心の注意を払わなければ、思わぬケガにつながりかねない。試合では走者のスライディングは禁止されているので、ベースカバーに入った選手とぶつかり合うといったコンタクトプレーが繰り広げられる。想像以上に激しいスポーツだ。


大会後、全員で記念撮影

 photo by Uchida Katsuharu

「トレーナーの方に来ていただいて、途中でケアしてもらったりしてコンディショニングを保っていました。試合に入る前は体を温めてしっかりダッシュできるように意識していたんですけど、1日動くっていうのがあまりなかったので、結構きつかったですね」

 そして4試合目、立正大学との全勝対決に「1番・遊撃」でスタメン復帰。結果は5打数5安打3打点で9−1と大差をつけて4連勝を飾った。鋭い右腕の振りから放たれた打球はあまりにも強烈で、何度も野手の間を抜けていく。逆に遊撃守備では正確な捕球とスナップスローで何度もピンチを救い、周囲からは「うますぎる!」という絶賛の声が上がった。

 ベースボール5は、ナイスプレーが出たら敵味方なく褒め称え、ハイタッチを交わす。スポーツマンシップの原点に触れ、見ている方もすがすがしい気持ちになる。

「相手、味方関係なしに楽しくやるというのがベースボール5の魅力だと思います。そこはチーム内でも意識してやっていきたいなと思っています」

 5試合目も7打席中6打席で出塁するなど高いパフォーマンスを見せ、チームも17−0(4回コールド)と圧倒的スコアで5戦全勝。チーム創設わずか4カ月ながら、8チームで日本一の座を争う日本選手権(2月4日、神奈川・横浜武道館)出場を決めた。

 日本選手権には、宮之原さんがいる「5STARs」や、元プロ野球選手の辻東倫(はるとも)さんら巨人球団職員で結成した「GIANTS」などが出場を決めており、激戦が予想される。

「日本選手権はどこも強くて、レベルが一気に上がってくるんですけど、一つひとつ勝っていって、日本一を獲りたいですね。個人的には日本代表を目指してやっています。宮之原と同じ土俵でやりたいので、それに向けてもコンディショニングをしっかりやっていきたいです」

 ベースボール5との出会いがなければ生まれなかった新たな夢。吉永さんは高校、大学に続く"日本一"の称号を手に入れ、再び日の丸を背負うべく、力の限り右腕を振る。