【ワクワクするほう、面白いほうへ】"See you In BOSTON....ワクワクする方を選んだ、東京だと面白くないじゃん。" 1月18日午前0時を回った頃、マラソンランナーの大迫傑(Nike)はSNSでこう発信した。次戦に、初マラソン…

【ワクワクするほう、面白いほうへ】

"See you In BOSTON....ワクワクする方を選んだ、東京だと面白くないじゃん。"

 1月18日午前0時を回った頃、マラソンランナーの大迫傑(Nike)はSNSでこう発信した。次戦に、初マラソンと同じボストンマラソン(4月15日)に出場するという。



ボストンマラソンへの挑戦を決めた大迫傑 photo by Nike

 大迫は、昨年10月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)で3位となり、現時点ではパリ五輪の日本代表の有力候補となっている。ただし、MGCファイナルチャレンジとして指定された福岡国際マラソン(2023年12月)、大阪マラソン2024(2024年2月)東京マラソン2024(2024年3月)で日本陸連が定めた設定記録(男子2時間5分50秒)を上回る選手が出た場合は、その選手(※)が3枠目となる。

※MGCチャレンジとして指定された大会を完走、もしくはMGCの出場資格を有する者という条件がある

 該当選手が出なかった場合にのみ、MGC3位の大迫がパリ五輪の3枠目に選ばれるというわけだ。福岡国際では該当者が出なかったが、大阪か東京でひとりでも2時間5分50秒の選手が出れば、大迫のパリへの切符は幻になる。

 4年前も大迫は同様の立場だった。その時は、MGCファイナルチャレンジに指定された2020年の東京マラソンで設定記録を破り、日本人最上位となって東京五輪の日本代表の座をつかんでいる。4年前と同じ道筋でパリに向かうと思っていた人は多かったはずだ。

【予想外な決断の予感】

 しかし、2023年の年末に大迫が発した言葉をひも解くと、決してこの選択は意外ではなかった。十分にその予感があったと言っていい(とはいえ、ボストンを選ぶことまで予想できた人は少なかったと思うが......)。

 MGCの激闘から2カ月が経った12月下旬、ナイキジャパン主催で大迫のグループインタビューがあった。

 そこでは、大迫がMGCで履いていたアルファフライ3のインプレッションをはじめ、MGCの振り返りや、パリ五輪についてなどが語られた。



12月下旬に行なわれた大迫のグループインタビュー photo by Nike

 MGCファイナルについて質問がおよぶと、大迫はこう回答していた。

「まだ発表前なので、どのレースに出るかは言えないのですが、自分自身、MGCファイナルチャレンジのことなどに関して思うところもあり、そんなに遠くない未来に自分のメディアで発表できたらと思っています」

 それが冒頭のとおり、SNS、および、大迫が編集長を務めるウェブマガジン『SKETCH BOOK』での発表だったというわけだ。大迫の発表に前後して、ボストンマラソンの主催者が男子の招待選手を発表している。

【パリ五輪は「6メジャーズ+1」】

 大迫は2021年の東京五輪の男子マラソンに挑む前に引退を表明。ひとつのゴールとしていた東京五輪で6位入賞を果たしたあとに一度は現役を退いたものの、翌2022年2月に現役復帰を表明した。

 この時には、3年後に迫る「パリ五輪は間に合わないかもしれない」ということを話していた。実際には、すぐに第一線で活躍を見せており、十分に間に合ったのだが。

 そもそも、大迫にとってパリ五輪はどんな位置づけだったのだろうか。

「僕は復帰した時に、いろいろなところで『パリ五輪は急すぎるかもしれない』とか『その先の東京世界陸上とかを目指す』ってことを話したと思うんですけど、(パリ五輪が)近づいてくると、『どうしても大迫くん走りたいんでしょ』とか『それ(五輪)がないとダメなんでしょ』みたいに思われがちです。

 でも、マラソンには『6メジャーズ』もありますし、いろんな活躍の場がある。僕は、何としても(パリ五輪に出たい)っていうふうに思っているかっていうと、そうではありません。そこは世間と僕の熱量とには差があるかな......。

"よーいドン"で順位を競うレースなので、そこに対してのモチベーションはありますが、別にパリでなくてもいい。あらゆるところでベストを尽くし、世界に近づけていくだけ」


 東京出身の大迫にとって地元開催の東京五輪はやはり特別なものだった。パリ五輪にも、もちろん代表に選出されるのであれば、高いモチベーションで臨むだろう。ただ、東京五輪と比べると

「よりフラットな」視点で捉えており、パリ五輪は「6メジャーズ+1ぐらいの認識」なのだと言う。

 6メジャーズとは、正確にはアボット・ワールドマラソンメジャーズのことで、ボストン、ロンドン、ベルリン、シカゴ、ニューヨーク、東京の6大会で構成されている。シリーズ戦になっており、この6大会および五輪または世界選手権の成績で総合優勝が決まる。1カ国3人ないし4人しか出場できない五輪とは違って、上位を東アフリカの選手が席巻することもあるほど、ハイレベルなレースが繰り広げられている。

【自分軸で選んだボストンの舞台】

 大迫が出場するボストンマラソンも6メジャーズのひとつ。

 ボストンマラソンは1897年に始まった歴史ある大会。箱根駅伝より20年以上古い。30km過ぎに待ち受ける心臓破りの坂は、ボストンの代名詞ともいえる。

 大迫の「ワクワクするほうを選んだ」とは意が異なるかもしれないが、ランナーなら誰もが一度は出てみたい大会だろう。6メジャーズで唯一、公認コースの条件を満たしていないため、世界記録や日本記録が出ても参考記録となるが、それでも多くのランナーを魅了する。

 女子では現役最速の新谷仁美(積水化学)が、昨年10月のMGCには出場しなかった。最後の1枠を争うMGCファイナルチャレンジも回避する見込みで、3月か4月に再び日本記録にチャレンジするという。

 いまや、五輪や世界選手権が、マラソンの世界最高峰の舞台とは言いきれないのも事実。そのうえで、男女ともに日本のトップランナーの選択は、我々メディアを含むオリンピック至上主義に一石を投じるのではないだろうか(現に大迫はそういった発言もしている)。

 もっとも、一度現役生活を離れたことで、走ること自体の価値観に変化があったようだ。大迫はこうも話していた。

「(以前に比べて)より自分の挑戦のために走るようになった感じがあります。東京オリンピックの前は、どうしても東京を走りたかったのもあって、他人の価値観に乗っかってしまっていた。それで自分自身に無理が生じていた部分があったと思うんです。

 でも、今はそうじゃない。もっと純粋に陸上競技を極めたいとか、この大会を走りたいっていうことにフォーカスできるようになりました。もちろんプレッシャーは毎回毎回あるんですけど、他人軸のプレッシャーではなくて、軸が自分にあるので、そのプレッシャーも含めてチャレンジを楽しめているような感覚が今はあります」

 多くの人が東京マラソンに出るだろうという見立てをするなか、自分軸で選んだボストンマラソンという舞台。そこで大迫はどんな走りを見せてくれるのだろうか。

 我々としては、どうしてもその先のパリ五輪も期待してしまうが......。