「3度目の正直!」 中国・江西オープン決勝戦に挑む心境を、彼女はそう吐露していた。「3度目」が意味するところは、ここ最近の2度のWTAツアー大会決勝でいずれも敗れてきたという事実。江西オープンは日比野菜緒にとって、実に4度目のWTAツア…

「3度目の正直!」

 中国・江西オープン決勝戦に挑む心境を、彼女はそう吐露していた。

「3度目」が意味するところは、ここ最近の2度のWTAツアー大会決勝でいずれも敗れてきたという事実。江西オープンは日比野菜緒にとって、実に4度目のWTAツアー決勝戦であり、そして初の決勝で頂点を掴んで以来となる2度目のタイトル奪取に挑む戦いであった。



毎年一度はツアー大会で決勝の舞台に立っている日比野菜緒

 現在22歳の日比野が踏破してきたツアーでの足跡は、起伏に富んでユニークだ。これまで7度出場したグランドスラムでは、初戦でことごとくトップシード選手に当たったため、いまだ勝ち星に恵まれない。その一方でこの3年間、必ず毎年一度はツアー決勝に進む勝負強さと爆発力を発揮している。

 ちなみに、日本女子の現役選手で日比野以外にツアー決勝に複数回出ているのは、土居美咲と奈良くるみ、そして伊達公子の3人のみ。1990年代に伊達が7度ツアー優勝したことをのぞけば、3人ともに決勝進出は2度なので、日比野の戦績はそれら先輩を上回るペースだ。

 2年前のツアー初優勝も、そんな彼女らしい、ある種の荒さのなかで掴み取った。

 ランキング213位で迎えた2015年は、母親から「今年ダメだったら、別のことをしなさい」とハッパをかけられた覚悟のシーズンだった。それでも序盤はなかなか結果を出なかったが、4月の岐阜ITF大会(ツアー下部大会)で同期の穂積絵莉に完敗を喫したときに、彼女のなかで意識変革が起きる。

 練習や試合態度を改め、コーチの言葉に真摯に耳を傾けて戦術を磨き、5月から7月にかけてITF3大会で優勝。ランキングを100位台前半まで急上昇させると、10月のタシュケント・オープンでツアー本戦2大会目にして優勝の快挙を成し遂げた。

 これを機に「トップ選手の指標」とも言える100位以内に定着した日比野は、以降はツアーを主戦場とし、今回4度目の決勝進出を果たしたのは先述のとおりだ。

 しかし、3度目の正直を目指した江西オープン決勝は、結果的には彼女に優勝の難しさを三度(みたび)味わわせる苦杯となる。試合立ち上がりの日比野は、緩急を用いながらコーナーを突く配球で実力者の彭帥(ポン・シュアイ/中国)を振り回し、ミスを誘ってリードに成功。だが、相手が粘り強く守り始めると、先に攻めなくてはと「焦り」が出た。いずれのセットもミスが重なりブレークを許すと、挽回の機は訪れぬまま、4度目の決勝は幕を閉じた。

 敗戦後の彼女はその理由を、アウェーの環境や心理面に求めはしない。それでも、「決勝の回数を重ねるごとに、気負ったり、優勝の重みを感じるようになった」ことは認めている。

「無心に勝(まさ)るものはないですね……」

 ふっと笑って、彼女が言う。それは、挑戦者の特権的な勢いで初優勝へと駆け上がった、2年前の心境を指しての言葉だった。

 だが、脇目も振らず表舞台へと駆け上がったその後に、「無心」を妨げる因子はコート外にも蜘蛛の巣のように張られていた。SNSも、そのひとつ。知名度の上昇に伴い、ツイッターやインスタグラム上で増えた書き込みには、心ない言葉も混じるようになる。

「ランキングと実力が見合ってない」
「レベルの低い大会でポイントを稼いでるだけじゃん」

 そんな雑言のひとつひとつに、生真面目に向き合っては「なんでわたし、こんなに嫌われるんだろう」と心を痛めた。

 少女時代からのライバルである同世代たちの活躍も、時に彼女の心をかき乱す。

 日比野の同期には、小学生のころからタイトルを総ナメにしてきた尾崎里紗や、ダブルスで活躍する穂積や加藤未唯らが顔を揃える。同期の活躍は、もちろん日比野にとっても刺激になる。だが同時に、胸に湧き上がる嫉妬や焦燥を抑えることは難しかった。それらは、自身の急激な発達により生まれる「成長痛」に似た苦しみだったかもしれない。

 そんな彼女の内面に近ごろ、変化があったという。

「周りの人が勝とうが負けようが、自分のランキングに影響があるわけではない。同期の子たちへの評価が上がることで、自分の評価が下がるわけでもない」

 だからこそ、周囲の声を気にして消耗するのは「もったいない」ことだと悟る。

 ツイッターなどもやめ、雑音からも距離を置いた。すると浮かび上がってきたのは、より明瞭なひとつの真理――。

「今、自分が経験している大変さをわかり合えるのは、同じところにいる人たちだけなんだ」

 その想いに至ったとき、わだかまりや焦燥も、すっと消えていくようだった。先のウインブルドンで同期の二宮真琴がダブルス・ベスト4に勝ち進んだときにも、彼女の活躍の報をテレビで見ながら、「すごい! わたしもがんばろう」と素直に思えた自分に気づく。

「(穂積)絵莉と(加藤)未唯が全豪のダブルスでベスト4に入ったときは、『運がよかったんだよ』という思いもあった。でも、ウインブルドンの(二宮)マコちゃんの活躍で、『彼女たちの活躍はラッキーではない。実力どおりなんだ』と思えた」

 同期の躍進を純粋な刺激とし、自分と向き合い至ったのが、今大会の決勝の舞台。心理的にひと皮むけ、優勝の重みも理解したうえで手にした3度目の準優勝は、無心で得た2年前のタイトルより「価値がある」と彼女は得心した。

 準優勝者にかける言葉に、何がふさわしいかは難しい。「おめでとう」なのか、「惜しかったですね」なのか、あるいは「お疲れさま」が適当か……。

 すると、日比野本人が言う。

「『もっとがんばれ!』でお願いします!」

 3度目の正直は成らなかった。だが、挑戦の対価を得られるときが、3度目である必要などどこにもない。

「もっとがんばり」続けるかぎり、そのときは確実に近づいていく。