世界水泳最終日に行なわれた男子400m個人メドレーで、優勝した同い年のチェイス・カリシュ(アメリカ)に6秒75の大差をつけられて4分12秒65の6位に終わった萩野公介(ブリヂストン)。レース後の表情は硬いままだった。強い萩野公介を取り…

 世界水泳最終日に行なわれた男子400m個人メドレーで、優勝した同い年のチェイス・カリシュ(アメリカ)に6秒75の大差をつけられて4分12秒65の6位に終わった萩野公介(ブリヂストン)。レース後の表情は硬いままだった。



強い萩野公介を取り戻すために、東京五輪に向けてリスタートを切る

「動き自体は悪くなかったと思うし、予選で悪かったところも修正して泳ぎを作り上げたつもりで決勝は泳いだんですが……。いけるところまでいこうという気持ちで泳いでいたので、これが今の実力だなと思います」

 準決勝は7位通過で、決勝は中央のシードレーンを泳ぐ選手たちの姿が見えない1レーンだった。

「周りが見えない位置だったし、周りを見てもしょうがないというか。アップの時は泳ぎがすごくよかったので、そのままの泳ぎでいこうと思っていたし、背泳ぎもそのつもりでいきました。勝負をするには必要なことかもしれないですが、他の人がどうとか、順位がどうということは、今の僕には必要ではなかったので。勝負を捨てていたということではなく、今の僕が他人と勝負するために一番必要なのは、自分の力を出し切ることだと思った。そのためにはどうしたらいいか、ということを考えて泳いだレースだったと思います」と萩野は振り返る。

 しかし、泳ぎ自体にいつもの力強さやキレがないのは明らかだった。前半のバタフライと背泳ぎで先行するのが彼の必勝パターンだが、自己ベストで金メダルを獲得した昨年のリオデジャネイロ五輪では55秒57での通過だったバタフライは、50mを折り返してから伸びず56秒19。リオで1分57秒73だった200m通過も2分00秒47で4位と遅れ、平泳ぎが強いカリシュに先行された。この時点で金メダル獲得が絶望的なだけでなく、メダルも危うい状態になった。

「この大会へ向けては200m個人メドレーの練習しか積んでいなかったし、200mだけに集中して臨みました。400mは日本選手権と5月のジャパンオープン、7月のフランスオープンで泳ぎましたが、なかなか難しいなと感じていましたね。400mはレースを重ねていくうちに体も慣れてきて、『どのくらい泳げるかな』となる種目なので……」

 平井伯昌コーチも「五輪が終わってからは、いいレースができていないし、4月の日本選手権からも記録を上げられていないので、400mは厳しいというのが最初からの見通しでした。だから200mをメインにして、そこでの金メダルを狙った」という。

 その言葉どおり、競泳4日目に行なわれた200m個人メドレーの予選と準決勝を見る限り、その可能性は極めて高いと思われた。少し抑えた柔らかな泳ぎには、軽さだけではなくキレもあって動きもよかった。しかし、27日の決勝になると、その泳ぎは一変して硬さが出る。バタフライも背泳ぎも準決勝より遅く、平泳ぎでカリシュに先頭を奪われると、1分56秒01で2位に終わった。

 2015年の夏に右肘を骨折して、3カ月間のブランクがあったのに続き、昨年のリオ五輪後は、その肘の手術で再び3カ月間のブランクを経験した。1度ならず2度目となったブランクの影響は大きく、萩野の今シーズンのスタートは大きく出遅れた。そのうえ6月には自由形の不調が重なり、悩みは膨らんだ。

 そんな状態で迎えた世界選手権だったからこそ、優勝を狙えるまでに仕上げながらも、心の中に不安も生じていたのだろう。ほんの僅かな心の迷いが泳ぎの硬さに表れていた。

「金メダルは確実」という自負があった種目での敗戦は、萩野の気持ちに大きなダメージを与えた。そのすぐあとに行なわれた、200m背泳ぎ準決勝(予選は12位)は50mを折り返してからズルズルと順位を下げ、ラスト50mは30秒95もかかってしまい、1分58秒72までタイムを落として、全体の14位で敗退。この流れは萩野を悪い方向へと引きずり込んで、エースとしてチームを引っ張るべき4×200mフリーリレーにも影響を及ぼした。決勝では、自己記録より2秒以上遅いタイムでしか泳げず、レース後には号泣してプールサイドで崩れ落ち、立ち上がれないほどだった。

 結局、最後まで萩野は苦しんだが、最終日に行なわれた400m個人メドレーが終わったあとで、彼は今大会をこう振り返った。

「正直、400mは不安というよりも、自分の中ではどのレースより楽しめたと思います。未熟な部分がいろいろ見えた大会だったし、初めて自分と向き合った大会だったと思います。これまでで、一番有意義な試合だったというくらいにいい経験ができたし、活躍しているライバルたちを見て強くなりたいと思えました」

 これまで順調にエリートとして歩んできた萩野が、初めて経験する苦しい大会となった。最後の400m個人メドレーでは、その苦しさを受け止めて試合に臨んだ。そこで彼が感じた楽しさは、これからの萩野を強くするひとつのきっかけになるだろう。

 平井コーチは今大会の萩野についてこう語った。

「レースのあとで萩野に話したのは、『プロフェッショナルとは何だ、ということをちゃんと考えなさい』ということです。私生活を充実させてコンディションを整えて、いい練習をするのはもちろん、みんなの期待に応えるための強い気持ちを持つためには、人間力の向上も必要でしょう。萩野と話していて彼は『実力不足だ』と言いましたが、それは総合力ではないかと思います。あいつくらい練習を頑張る者はいないというのも確かですし、水泳のことを水泳だけで解決するには限界がきていると思う。金メダリストなのだから、いろんな人との関わりを広げて、いろんなことをいろんなところから学ぶのも彼にとっては必要なことだと思います」

 萩野は平井コーチから”克己心”という言葉を言われたという。

「”己に打ち勝つ心”。平井先生から言われたこの言葉が今大会で得たものです。本当に今回は自己コントロールというのが一番の課題だと思いましたから」と言って苦笑した。

 大会を終えて心新たに前を向こうとしている萩野。彼にとってこの世界水泳での経験は、東京五輪に向けて最も必要なものだったのかもしれない。