FC町田ゼルビア 黒田剛監督インタビュー 後編FC町田ゼルビア・黒田剛監督インタビューの後編。青森山田高校時代から変わらないサッカー哲学とチーム作りで、クラブをJ1昇格・J2優勝へ導いたが、その内容とは?前編「黒田剛監督が語る高校サッカーの…

FC町田ゼルビア 黒田剛監督インタビュー 後編

FC町田ゼルビア・黒田剛監督インタビューの後編。青森山田高校時代から変わらないサッカー哲学とチーム作りで、クラブをJ1昇格・J2優勝へ導いたが、その内容とは?

前編「黒田剛監督が語る高校サッカーのプロの違い」>>

【相手に"させない"サッカーを志向】

――町田は守備の立て直しからすばらしいチームを作り上げた一方で、これまでと違うスタイルでもありました。その点をサポーターの方々に理解を得られるか、懸念はありました?

 まったくありません。私は「理想を追求してください」ということではなく、勝ってJ1昇格、J2優勝させてほしいという願いのもと、町田の監督に就任したと思っています。



黒田剛監督がFC町田ゼルビアでのチーム作りを語った photo by Kishiku Torao

 結局、「勝つ=守れること」だと、コンセプトのなかで掲げていました。無駄な失点があるうちはいくら攻撃がすばらしくても勝てない。それは指導歴30年の経験のなかでわかっています。だから理想的かは二の次、三の次で、まずは負けないこと、勝つこと。

 それを理想的なサッカーをしながら追求できれば万々歳なんでしょうけど、そこはきちっと割りきってやらなければいけない。それはそういうステージに辿りつき相応のメンツが集まり、そういったレベルにたどり着いた時に、そこに見合ったサッカーを志向していけばいいと思っています。

――守備的に見られがちですが、数字を見れば今季もっとも点を取っているチームでもあります。

 そういうところですよね。おそらくデータのなかでシュート本数自体は12位とか13位くらいだと思います。けれど得点は一番取れている。目指すところはまさしくそこなんです。

 シュート1本中の1本を決めるんだと、練習では口癖のように言ってきました。少ないチャンスだったかもしれないけれど、選手たちがそれを確実にものにしてくれました。

――最後までゼロで抑えて、終盤のワンチャンスで勝つ試合はたくさんありました。

「ゼロでいけば必ず最後に良いことあるぞ」というのが、ロッカールームやミーティングでの選手たちの口癖でした。体を張ること、背けないこと、クロスをあげさせないこと、シュートを打たせないこと、ラインを上げること。

 こうした初歩的なことがプロと言っても正直できていないので、本当に徹底させましたよね。彼らがプロになれたきっかけは、現状持っているスキルが高いか、あるいは将来性があるか、そこがプロのスカウトに評価されたと思うんですよ。

 最初から体を張るとか、努力家であるとか、ボールから逃げないとか、そういうことが評価されてプロになったわけではないと。だから「究極のスキルは性格だぞ」と言ってきました。

 うまい、下手の前に先ほど言ったようなことを徹底して自分たちが"やりたい"ではなく、相手に"させない"サッカーを志向することによって、結果的にやれることが増えていく。この原理原則を相当言ってきて、攻めるために守るということが、選手たちの意識のなかに根づいて、ゲームで実践してくれたと思います。

【チーム作りは青森山田の時と変わらない】

――そうした町田のサッカーをネガティブに捉える人たちもいました。

 球際が厳しくて、荒く見えたかもしれない。サッカーの綺麗なところだけを見ようとする人たちは、おそらくパスを綺麗に繋ぐとか、オン・ザ・ボールのところを言及してくると思うんですね。

 だからそこに対して厳しくアプローチされると、汚い、ダーティーだとか、そういう見方になるんです。相手にそれをさせないこともサッカーなんですよ。ただ、そう見えてイエローカードの枚数はリーグでも少ないほうなんです。

 それで高い位置でボールを奪ってゴールに近づいていく。またはフィニッシュまで一気に持っていくという思考を持たないと、このJ2リーグを勝ち抜くのはかなり難しいと思います。それは逆に世界で求められている思考にすごく近いものだと思うんですよね。

 ブラジル代表はすごく上手なポゼッションを見せますけど、彼らほどショートカウンターの速いチームはないと思っています。しかも球際はもっと激しいですよ。世界のサッカーはその術をみんな知っていますよ。

 だから綺麗なところばかりを見て理想的なサッカー云々というけれど、そうではないと思っています。日本全体のサッカーファンの考え方、見方がもっと向上していかないと、サッカー文化はなかなか世界に追いついていかないと感じますよね。

 どんなサッカーだってあっていいし、いろんなサッカーがあるからこそ楽しいし、面白い。要するにお互いに勝つためにやっているわけで、そこが世界と日本でかけ離れている大きな違いと感じています。

――この1年で監督のなかで変化したことはありましたか?

 1年通してやってきた勝つためのチーム作り、組織作りは、青森山田でやってきたこととそんなに変わらないんですよね。

 選手、スタッフだけでなく、フロントも含めて、全員が勝利のために全力で頑張ってくれる、サポートしてくれる。勝った時は肩を組んで喜び合い、負けた時は悲しい思いも共有できる。それこそが負けない、勝ち続ける組織だと思うんです。まさにワンチームです。

 だから監督が独りよがりで頭でっかちになって「俺の言っていることを聞け」というのは一番嫌いなんですよね。常に柔軟性を持ってみんなの提案を吸い上げることが重要です。

 私が全体を総括しつつ、トレーニング1、2は誰がやって、ウォーミングアップは誰がやって、メディカルは誰がやるとか。いろんなセクションでそれぞれが責任を持って徹底してやっていく。すべてを監督がやる必要なんてない。そういった意味で組織として一つ大きなものを確立できたシーズンだったと思います。

――コーチングスタッフの今シーズンの貢献をどう感じていますか?

 私が町田の監督をやるにあたって、まず一緒にやろうと思ったのが金明輝(キム・ミョンヒ)でした。彼のことは高校時代からよく知っていました。

 彼はJ1で監督をやっていて(前サガン鳥栖監督)選手のことをよく知っているし、どれだけ監督として奮闘していたかもわかっていました。自分の成長にもつながると思っていたので、彼をヘッドコーチとして置いてスタートしたいと考えていましたね。

 また、彼だけではなく、柏レイソルユースでやっていた山中真やFC岐阜やファジアーノ岡山のアカデミーでやっていた三田光、青森山田中学で監督を務めていた教え子の上田大貴など、みんなを指導者として深く知っていました。彼らは育成畑でやってきてきめ細かく選手たちにアプローチできるし、そういったことを指導の理念としてきたコーチたちです。

 それが非常に機能していたと思います。プロかぶれしているような人は一人もいないし、私が求めるものを理解して共有できたことは、今シーズンの町田の組織において大きな役割を担ってくれたと思っています。

【金明輝コーチに本当に助けられた】

――鳥栖での監督経験がある金コーチは大きな存在でしたか?

 そうですね。プロの世界、いろんなことを教えてもらいました。なにかあれば必ず彼に「鳥栖ではどうだった?」「J1の世界ではどうだった?」と聞いていましたね。鳥栖でのこともそうだし、他チームの情報や彼は鳥栖でユースやジュニアユースも見ていたので、多くの選手の特徴を知っていました。

 それから彼と私は志向するサッカーが似ているんですよね。最終的には私が志向するサッカーという形で、彼が合わせてすごく理解を示してくれて、いい方法を提案してくれる存在でもありました。私も彼の提案を柔軟に聞いて、一つのものを作り上げていきましたね。それは私が孤独にならずに済んだ大きな要因でもありました。

 また、彼が選手にかなり厳しくアプローチできることは大きかったです。私がそこまで厳しくやらなくても彼が厳しくやることによって、こぼれたところを私がカバー、総括していく。その関係性が有効な状態を生み出していったと思います。チームのバランス的に明輝は非常にやりやすく、ありがたい存在でした。

――金コーチ自身にJでの監督経験があって、黒田監督の立場をよく理解していたことは大きかったわけですね。

 それはありました。「やっぱり監督の時とは全然違いますね」と言っていました。監督としてベンチに座っているとゲームに入り込んでしまいすぎて、俯瞰して見ることが難しくなってしまうと。

 でもコーチという立場であれば俯瞰して見ることができて、いろんな客観的なアドバイスや提案ができる。監督の時はそうじゃなかったと言っていました。そういった話を下のコーチ陣にもできるのは明輝の大きな仕事で、本当に有難い存在でしたね。

【なんでもできるサッカーのはるか高いものを作っていく】

――来シーズンのJ1に向けてチームをどのようにアップデートしていこうと考えていますか?

 人も変わって、どのようにメンバーが機能するかというのは、これからキャンプを通じて図っていくところではありますけど、やってきたベースを大きく変える必要はないと思っています。

 そのなかでよりスピーディーに、よりクオリティ高くやれることを増やしていく。なにかを求めてなにかができなくなるというより、すべてのスキルをアップさせていくのがJ1で勝ち抜いていくための絶対的なチーム作りだと思っています。

 それは青森山田が高校サッカーで3冠を獲った時のような、なんでもできるサッカーですね。そのグレードのはるか高いものを作っていきたい。守られても崩していける。リスタートからでも点が取れる。相手のボールになったらそれを全部潰しながら我々のカウンターに持っていける。そんな隙のないチームを作りたいですよね。

――では最後にサポーターの方々に来年期待してほしいこと、意気込みを聞かせていただけますか。

 今年も町田GIONスタジアムに本当に多くのサポーターが集まってくれました。来年はもっとたくさんのサポーターがスタジアムに足を運んで、圧倒的なホームの雰囲気を作ってくれると信じています。

 それは我々にとってものすごく勇気づけられることだし、待ちに待ったJ1の雰囲気というものを町田の方々に体感してほしいと思います。そのなかで我々の頑張りによって、感動や勇気、希望を与えられるようなサッカーをしたいと思っています。

 今は東京と言えばFC東京が絶対的な人気があると思いますが、それを飲み込んでいけるような勢いを持って、また胸を借りるつもりでチャレンジャー精神を持って飛び込んでいきたい。そんな果敢な姿をサポーターの方々に見てほしいと思います。
(おわり)

黒田 剛 
くろだ・ごう/1970年5月26日生まれ、北海道札幌市出身。登別大谷高校、大阪体育大学で選手としてプレーしたあと、1994年に青森山田高校のコーチに就任。翌年からは監督を務め、同校を日本トップの強豪に育てた。全国高校サッカー選手権では3度の優勝を経験。2023年に青森山田を離れ、FC町田ゼルビアの監督に就任。1年目でクラブをJ1昇格・J2優勝に導いた。