2014年の表明以降、札幌市が進めてきた冬季五輪・パラリンピック招致が「失敗」に終わった。秋元克広市長は競技団体や自治体、経済界の意見も踏まえて、年内にも招致からの撤退を決めるとみられる。失敗は東京五輪汚職による逆風だけが原因なのか。 歯…

 2014年の表明以降、札幌市が進めてきた冬季五輪・パラリンピック招致が「失敗」に終わった。秋元克広市長は競技団体や自治体、経済界の意見も踏まえて、年内にも招致からの撤退を決めるとみられる。失敗は東京五輪汚職による逆風だけが原因なのか。

 歯車を狂わせた要因のひとつが、コロナ禍だ。市は最短で21年6月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で開催候補地に内定するスケジュールを描いていた。しかし、コロナの感染拡大で東京大会が1年延期となり、内定時期は見通せなくなった。

 その後、市民の賛同を得るため、意向調査を行う22年3月に向けて招致関連予算を増やしたが、イベント開催が困難になるなど機運を盛り上げることはできずじまいだった。14年度から右肩上がりで増えていた関連費は22年度は減った。

 観光業を潤わせたインバウンドの姿がコロナ禍で瞬く間に消えたことも、市民の間に「観光客頼み」の経済振興への不信感を広げる結果となった。

 その間も、職員の人件費は増え続けた。「公金の無駄遣い」との批判に、秋元市長は会見で、17年のアジア冬季競技大会を例示して「札幌が国際スポーツ大会を開催できる能力を十分示した」と述べ、批判はあたらないと強調した。(日浦統)