2023年のMotoGPは、ドゥカティ勢の圧勝で終わった。全20戦で争われたシーズンの結果は、彼らの卓越した戦闘力と他陣営を圧倒する勢いを何よりも雄弁に物語っている。最終戦バレンシアGPを疾走するフランチェスコ・バニャイア photo b…

 2023年のMotoGPは、ドゥカティ勢の圧勝で終わった。全20戦で争われたシーズンの結果は、彼らの卓越した戦闘力と他陣営を圧倒する勢いを何よりも雄弁に物語っている。


最終戦バレンシアGPを疾走するフランチェスコ・バニャイア

 photo by MotoGP.com

 年間チャンピオンは、2年連続でフランチェスコ・バニャイア(Ducati Lenovo Team)が制覇。開幕戦のポルトガルGPから最終戦バレンシアGPに至るまでの決勝レースで優勝7回、2位6回、3位2回、つまり20戦中15戦で表彰台にあがる高い安定感を発揮してきたのだから、タイトルを連覇するのも当然だ。

 ランキング2位は同じくドゥカティ陣営のトップサテライトチームに所属するホルヘ・マルティン(Prima Pramac Racing)。MotoGPでは今年から土曜午後にスプリントレースが導入され、日曜決勝の半分の周回で争うこの新イベントでは優勝者に12ポイント、2位には9、3位は7、以下6、5、4......と9位まで入賞ポイントが付与される。マルティンはこのスプリントで圧倒的な強さを見せた。スプリントの成績は優勝9回、2位2回、3位3回。

 日曜決勝レースの安定感に勝るバニャイアに、土曜スプリントで卓越した速さを持つマルティンが迫り、ふたりのポイントが離れては近づくという戦況を繰り返しながら1年が推移していった。バニャイアとマルティンのチャンピオン争いは最終戦バレンシアGPの日曜決勝レースまでもつれ込んだが、これは今年から導入したスプリントがシーズン全体の戦況を複雑にして興趣を盛り上げた、という効果が大きい。

 彼ら2名に次ぐランキング3位の選手もドゥカティ勢のマルコ・ベッツェッキ(Mooney VR46 Racing Team)、4位はオーストリア企業KTMのファクトリーライダー、ブラッド・ビンダー(Red Bull KTM Factory Racing)、5位にマルティンのチームメイト、ヨハン・ザルコ、6位はイタリアメーカー、アプリリアのアレイシ・エスパルガロ(Aprilia Racing)、という年間総合順位を見れば、ドゥカティをはじめとする欧州企業勢の戦いを中心にシーズンが推移していったことがよくわかる。

 とはいえ、ドゥカティの卓越は、コンストラクターランキング(1位ドゥカティ―700ポイント、2位KTM―373、3位アプリリア―326)の数字によく表われている。ちなみにこのメーカー順位では、4位がヤマハ(196)、最下位の5位はホンダ(185)である。

 チームランキングでも上位3つはドゥカティ勢が占めている。ヤマハは全11チーム中7位、ホンダは9位と10位、という惨状である。

 このように圧倒的な強さで戦況を支配するドゥカティと、それを追うKTMとアプリリアに対し、日本メーカーのホンダとヤマハは数年前までの栄光がまるで嘘のような苦戦と低迷が続いている。ライダーの成績に話を戻せば、2021年のチャンピオンだったヤマハのファビオ・クアルタラロはランキング10位、2010年代に6回のタイトルを獲得してきたホンダのマルク・マルケスは年間14位、というありさまである。マルケスは2024年からドゥカティ陣営のチームへ移るが、このような勢力関係をみれば、「なによりもう一度、レースを楽しめるようになりたい」と話すマルケスが移籍の決断に至ったのも当然の成り行きに思える。

【日本企業苦戦のワケは】


ドゥカティのスポーティングダイレクター、パオロ・チアバッティ

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 ドゥカティを筆頭とする欧州企業勢とヤマハとホンダの日本メーカーにこれだけの大差が開いている現状は、近年のさまざまな産業分野で日本企業の苦戦や凋落が指摘されることと軌を一にしている感もある。じっさいに、近年のMotoGPでさまざまな技術革新が出てくるのはいつもドゥカティやKTM、アプリリアの欧州企業勢からで、ホンダとヤマハは彼らのアイディアを後追いして追従することで精一杯、という状況だ。「アキレスと亀」の喩えではないが、新しい技術をコピーしたと思ったら相手はさらに新たなものを持ち込んで先へ進んでいる、ということの連続で、これではとても追いつき追い越すことなど叶わない。

 このように日本メーカーの苦戦が続く状況を改善するために、2024年シーズンからは新たな「コンセッション(優遇措置)」ルールが導入されることになった。細部まで説明をすると煩雑になるので今回は概要を述べるに留めるが、このルールではドゥカティとKTM、アプリリアはシーズン中のエンジン開発が凍結されるのに対し、ホンダとヤマハは自由な開発が可能になる。また、その開発を進めるためのテストは欧州勢に厳しい制約を科す一方で、ホンダとヤマハは事実上のフリーハンドで自由にテストを実施できる。

 この新たなコンセッションルールについて、ドゥカティ陣営のスポーティングダイレクター、パオロ・チアバッティは、厳しい状況に追い込まれている日本勢が追いつくために有効な措置になるだろう、と述べている。

「我々は、すべてのメーカーが戦闘力を向上させるために公平なチャンスを与えられるべきだと考えています。従来のコンセッションルールは日本メーカーがレースシーンを凌駕していた頃に作られたもので、そこから時代は大きく変わりました。今ではドゥカティが優勢で、他の欧州勢もそれに迫る勢いです。日本企業の2メーカーにはさまざまな事情があるのでしょうが、現状を脱して追いつき、本来の位置に返り咲かなければなりません」

「スポーツを盛り上げるという見地から、我々は(自分たちに不利な)この新しいシステムを受け容れると決めました。これにより、日本企業の回復もスピードアップしてほしいと願っています。ドゥカティは(2023年に)何度も表彰台を独占しましたし、これからもそれを維持していきたいと思いますが、簡単に達成するのではなく、厳しい戦いの中で成し遂げたほうが満足度もさらに高まることになるでしょう」

 チアバッティの言葉にもあるとおり、この対応で日本メーカーの開発がある程度進むことは間違いないだろう。だが、問題の根幹はひとつひとつのマテリアルの投入自体にあるのではない。日本企業が苦戦しているのは、欧州企業的な進取の気性に富んだスタイル、つまり状況に応じた柔軟な意志決定や権限の委譲、円滑で迅速な連携と臨機応変な軌道修正、といったフラットでスピーディでターゲットドリブンな組織運営という面で、ドゥカティやKTM、アプリリアの後塵を拝しているからであるように見える。

【ヤマハは着実に欧州化が進む】


2024年にヤマハファクトリーへ移籍してきたアレックス・リンス

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 さまざまな開発部品は、そのような目に見えないマネジメントシステムが物理的な形をとって具体化される、あくまでも事象としての結果にすぎない。つまり、日本企業が欧州勢に追いつくために必要なのは、勝ちたいという思いが結実して独創的な個々のマテリアルという形を取るまでのプロセス、つまり機敏で柔軟な組織運営を支える何かなのだろう。
 
 この点について、最終戦バレンシアGP後の火曜日に行なわれた2024年用テストで、ファビオ・クアルタラロが述べていた言葉はかなり示唆的だ。

「彼ら(ヤマハ)はメンタリティを変えてヨーロッパにかなり近づきつつある。我々に必要なのはまさにそこで、あらゆるものごとを迅速化することで変化も生まれてくる。2月(の開幕前テスト)から7月(の前半戦締めくくり)までは非常に重要で、この期間にバイクを改善してどんどんアップデートしていくことが(シーズン全体の)決め手になる。それを実現するためにも、メンタリティが(欧州型に)変わることがカギになる」

 クアルタラロが指摘する〈欧州型メンタリティ〉について、すでにヤマハは面白い動きを見せている。

 ホンダのサテライトチームから2024年からヤマハファクトリーへ移籍するアレックス・リンスが最も信頼する電子制御エンジニアを、他陣営から引き抜いたのだ。2023年にKTM陣営のGasGas KTM Factory Racing Tech3に所属していた島袋雄太氏は、スズキが撤退する以前はずっとリンスの傍らでバイクの電子制御を担当してきた。スズキが撤退した2022年は、最終盤のオーストラリアGPでリンスが大激戦を制して優勝。スズキ最後のレースになったバレンシアGPでも、圧倒的な独走優勝を果たして世界中を感動させた。これらのリンスの優勝は、〈縁の下の力持ち〉である島袋氏の貢献も大きい。

 スズキ解散後のふたりはそれぞれ別の道を進むことになったが、2024年はどうやらリンスのリクエストによって、島袋氏とのタッグが実現した。27日のテストを終えて、島袋氏と久々に仕事をした印象をリンスに訊ねてみると、非常にポジティブな言葉がかえってきた。

「雄太を自分のチームに得たという事実は、とても意義が大きい。雄太はスズキの経験が長く、今日一緒に働いてみて、彼を連れてくると決めたのは正解だったとつくづく思った。制御面でああしようこうしてみようといろいろ提案してくれるし、スズキ時代から馴染んだ作業のやりかたも、とてもうまく進んだ。これからの(プレシーズン)テストでも、精力的にいろんなコトを試していけると思う」

 欧州的な組織変更とは、なにも人材を欧州型にすることばかりを意味しているわけではない。重要なのは、リンスと島袋氏の関係にあるとおり、必要とあれば他陣営の人材であろうとも即座に一本釣りしてくる、という柔軟で機敏、かつ迅速な意志決定と対応だ。企業の垣根にとらわれない、このような人材交流が今以上に活性化すれば、日本企業の〈欧州化〉がさらに進んで開発方針や思想にも幅が広がり、組織運営の新たな道筋もやがて見えてくるのかもしれない。