「TSUNODA」の文字が、タイミングモニターの最上段に映し出された。 非力なアルファタウリAT04で、角田裕毅がF1のレースをリードした。ライバルたちがピットインするなかでの一時的なものとはいえ、日本人としてふたり目の快挙であり、そう簡単…

「TSUNODA」の文字が、タイミングモニターの最上段に映し出された。

 非力なアルファタウリAT04で、角田裕毅がF1のレースをリードした。ライバルたちがピットインするなかでの一時的なものとはいえ、日本人としてふたり目の快挙であり、そう簡単にできることではない。

「リードしているとは知りませんでした(苦笑)。でも、シーズン前半を考えれば1位を走るなんて夢のまた夢だったので、これはどれだけチームがプッシュしてきたかということの表われだと思います。本当にチームに感謝しています」

 2023年シーズン最後のレース、アブダビGPを8位で終えた角田は、晴れやかな表情をしていた。


最終戦を8位で締めくくった角田裕毅

 photo by BOOZY

 大喜びというわけではない。目指していた「コンストラクターズ選手権7位」の奪取はならなかったからだ。しかし今、自分たちの手にあるAT04を最大限に進化させ、そのパフォーマンスを最大限に出しきり、ドライバーとしてミスひとつなく、やれるかぎりのことを尽くした。

「はい、すべてを出しきりました。フランツ(・トスト/チーム代表。2023シーズンを最後にアルファタウリの代表を退く)に最大の贈り物はできませんでしたけど、少なくとも自分のパフォーマンスはすべて出しきりましたし、彼も喜んでくれるのではないかと思っています」

 上位勢ではただひとりだけ1ストップ作戦を敢行し、ライバルたちがピットインするなかで5周にわたって首位を快走してみせた。各車がピットストップを終えて、実質的に2位。そこからフレッシュタイヤで追いかけてくる上位勢といかに戦うか、という勝負に挑んだ。6位でフィニッシュできれば、コンストラクターズ選手権7位が手に入る。

 フェラーリやメルセデスAMG、ランド・ノリス(マクラーレン)とは戦わずに先を行かせ、タイヤを温存。マクラーレンのオスカー・ピアストリを抑えて6位フィニッシュするのがターゲットだった。

 しかし、36周を1セットのハードタイヤで走りきらなければならない角田に比べ、14周もフレッシュなタイヤを履くピアストリのペースは速かった。なんとか堪えようとするが、なす術(すべ)なく抜かれていく。そしてさらにフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)にも行かれてしまい8位へ。コンストラクターズ選手権7位はどんどん遠ざかっていく。

【トップ4を抜くには1ストップ作戦に賭けるしかなかった】

「タイヤ自体はうまく保たせることはできたんですけど、単純にペースが足りませんでした。ポジションを失うたびに自分の心が傷ついていきましたし、ランキング7位が遠ざかっていくという気持ちもあったんですけど、それでも集中力は切らさなかった。最後までやりきったので、後悔はありません」

 1ストップ作戦で淡々とレースを走りきる戦略と、タイヤを労るよりも攻めてプッシュする2ストップ作戦が入り乱れるのではないか、という読みもあった。しかし、結果的に20台中17台が2ストップ作戦を採った。

 角田も2ストップ作戦を採っていれば、アロンソと戦って彼の前7位でフィニッシュできた可能性は十分にあった。そのチャンスを捨てるような1ストップ作戦に批判の声も上がったが、角田は当たり前だと言わんばかりにそれを否定した。

「6位を獲りにいくための戦略ですね、もちろん。上位勢と同じ戦略を選んでも6位でフィニッシュすることはできないので、チャレンジしたことはよかったと思いますし、戦略自体は悪くなかったと思います」

 アルファタウリにとっては、コンストラクターズ選手権7位奪取がすべてだった。

 つまり、アブダビGP決勝は6位以上になれないのなら、それ以外は何位であろうと同じ。そして予選6位とはいえ、後方からセルジオ・ペレス(レッドブル)が追い上げてくるのだから先行させる必要があり、角田が6位でフィニッシュするためには1台を抜かなければならない。

 その抜かなければならない相手というのは、フェラーリか、メルセデスAMGか、マクラーレンだ。同じ戦略、同じタイヤの真っ向勝負で抜くことは不可能ということは、予選のタイム差を見ればわかる。

 であれば、トップ4チームのマシンを抜くには「1ストップ作戦」に賭けるしかなかった。ステイアウトして一度前に出て、そのポジションを守りきることを目指すしか、アルファタウリがコンストラクターズ選手権7位を獲る方法はなかったのだ。

【今季最終戦でドライバー・オブ・ザ・デーに選出】

 成功の可能性が決して高くないことはわかっていた。しかし、可能性がほぼゼロの2ストップ作戦を採るよりも、わずかでも可能性のある1ストップ作戦を採る。これは論理的に考えて、至極真っ当なことだ。

 だから、角田もアルファタウリも、この戦略選択に後悔はない。

 結果的に賭けは失敗に終わったが、ランキング7位という目標だけを真っ直ぐに見て挑んだ賭けである。何かをミスしたわけでもなく、運に左右されたわけでもなく、自分たちの全力を出しきって届かなかったのだから、そこに後悔はひとつもないというわけだ。


角田裕毅の快走に世界中が驚いた

 photo by BOOZY

 ランキング7位には届かなかったが、角田は初めてリードラップを記録し、最後までルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)と攻防を繰り広げて抜き返し、8位を守りきった。角田の快走を世界中が賞賛し、角田は24パーセントの得票率で「ドライバー・オブ・ザ・デー」に選出された。

 今シーズン序盤からたびたび見せてきたように、角田にこうしたドライビングスキルはとっくの昔から身についていた。マシンの性能不足やマシントラブル、戦略ミスや角田自身のミスなどで結果につながらないこともあったが、それを完璧にマネジメントして、すべての力を発揮することができた。

 マシンも今回のアップグレードでさらに進化し、レース週末のなかでそれを使いこなすセットアップの方向修正もピタリと決まった。2024年に向けた手応えを掴むこともできた。そしてレース戦略も、目の前の結果ではなく、もっと大きな視野で見て勝負を貫くことができた。

 8位という結果はベストではない。しかし、内容は間違いなく今シーズンベストの走りと、ベストのレース週末運営だった。そしてメキシコのような特殊なサーキットとは違い、一般的な特性のアブダビで上位4チームに次ぐ速さを見せた。

 最下位のマシンを力業(ちからわざ)で走らせ、入賞圏に手が届きそうで届かなかった開幕の頃に比べれば、アルファタウリも角田も見違えるような成長を見せた。2023年のコンストラクターズ選手権7位には手が届かなかったが、晴れやかな表情でシーズンを終えた角田の目には、2024年に向けて確かな光明が映っている。