【ケガで遅れたシーズン初戦】 グランプリ(GP)シリーズ・NHK杯、三原舞依(24歳/シスメックス)は取材エリアに出てくるのが、やや遅れた。足の痛みで、スケート靴からスニーカーに履き替えなければならなかった。彼女自身は自らケガには言及してい…

【ケガで遅れたシーズン初戦】

 グランプリ(GP)シリーズ・NHK杯、三原舞依(24歳/シスメックス)は取材エリアに出てくるのが、やや遅れた。足の痛みで、スケート靴からスニーカーに履き替えなければならなかった。彼女自身は自らケガには言及していないが......。

「すいません」

 彼女は報道陣に詫びた。もっとも、その表情は暗くなかった。次の戦いに向け、決意を新たにしていた。



NHK杯が今季初戦となった三原舞依

 11月23日、大阪。NHK杯前日練習、リンクサイドの三原はやや緊張した面持ちで、腕を首に回して長い髪をひとつに束ねた。大きく腕を回し、強張りを解く。

<緊張しているけど、落ち着いて>

 そう自分に言い聞かせていた。シーズン初戦、ぶっつけ本番。試合勘でハンデを背負っていた。

「スケートを十数年以上やってきて、11月中旬以降が初戦というのは初めての経験で。ショート(プログラム)もフリーも、まだプログラムをお客さんの前で滑られていないんですが。自分のなかではワクワクは強いので、シーズン初めにつくってもらったプログラムを一つひとつ大事に滑りたいです」

 ただ、初戦が遅れた理由と言えるアゲインストもあった。

 三原は、右足首に痛みを抱えていた。夏の終わりから徐々に痛みが出始め、11月10〜12日の中国杯の直前に悪化。本人は「詳しくは話さないでおきます」と言い訳になるのを嫌ったが、欠場するほどのケガが2週間程度で完治するはずもない。

「どれだけ痛かろうが、最後まで諦めずってことを頭に置いて。お客さんのことを考えて、感謝して滑れたらと思います」

 三原はそう言って、決意を固めていた。相当な逆境だった。不安も感じていたはずだ。

 しかし練習後、入れ替わりで入った製氷係にも丁寧に頭を下げていた。自分のことで精一杯でもおかしくはない。気遣いを忘れない様子が彼女らしかった。

【「耐えろよ」の呪文】

 11月24日、三原はショートプログラム(SP)で10番目に登場している。スケーターの紹介アナウンスが場内に流れると、この日、一番の熱気が湧き上がった。彼女も感化されたように、表情を輝かせた。

「舞依ちゃん、がんば!」

 その声援が起こるたび、活力を与えられたように体を弾ませた。

「6分間練習の前から温かい声援を受け、なんて幸せなんだって。今の自分にできることを出すことで、想いに応えたいと思いました。自分のスケート人生を思い返し、ケガでは終われない。ここからカムバックするって」

 スイッチが入った。ジェフリー・バトル振付けで、セリーヌ・ディオンの『To Love You More』の世界に入り込む。

<耐えろよ>

 右足首には呪文をかけた。

 冒頭のダブルアクセルを成功させると、続く3回転フリップ+2回転トーループ、3回転ルッツと回転不足はあったが、確実に降りた。コンビネーションジャンプはセカンドに強気で3回転を予定していたが、一瞬の判断で構成を下げ、ギリギリのラインを狙った。ステップシークエンスでは、バレエジャンプから情感豊かな曲のテンポに乗り、ラストのレイバックスピンで観客を陶酔へ引き込んだ。

 SPのスコアは62.82点で4位。コンディションを考えたら上々のスタートだ。

「大事に滑れたかなと思います。まだまだ、こうしたい、ああしたい、はたくさんあるんですが、中国杯に出られなくて悲しくて悔しくて。NHK杯は出ることができて、初戦としてはよかったです」

 三原は安堵したように言い、こう続けた。

「小さな頃からお世話になっている(中野園子)先生との信頼もあって、今日まで来られました。先生には『舞依はできます』って励ましていただいて、『こんなところで終わったらあかん』って。練習でダウンした時も、『三原舞依はこんなもんじゃない』って言ってくださったのが心の支えで、その言葉どおりに滑って乗り越えられたのかなって」

 彼女は逆境をエネルギーに変換していた。



フリーの三原。総合8位だった

【全日本まで死にもの狂いで】

 11月25日、フリースケーティング。三原は9番目の滑走だった。青を基調にイエローやオレンジが濃淡に重なった衣装で、胸元から背中、手首にも銀色の石が散りばめられ、小さな惑星を思わせた。使用曲『The Planets』の世界観とリンクしていた。

「足の状態は朝と試合の時は全然違うので、6分間練習で(構成も)決めようと思っていました」

 三原は語っていたが、予定構成からジャンプの順番だけでなく種類も変更した。

 冒頭、ダブルアクセル+3回転トーループを着氷。幸先のいいスタートで、予定していた3回転ルッツ+2回転トーループ+2回転ループ、3回転フリップも降りた。ただ、回転不足の判定で、次のサルコウは2回転になった。やや厳しい判定もあったが、コンディションが十分ではないなか、スピードが乗りきらず、本人は不本意だったろう。

 そのなかでも、彼女は力を振り絞るように滑った。3回転ループの失敗はあったが、3回転ルッツ+2回転トーループ、3回転サルコウは降りた。スパイラルやバレエジャンプは華やかで、シットスピン、足換えコンビネーションスピンもレベル4だった。

 演技を終えた彼女に、歓声が降り注いだ。109.82点の9位で、総合は172.64点で8位。昨シーズンのGPファイナル女王としては悔しいだろうが、現時点で最高に近い演技だった。そこまで持っていけたのは「三原舞依だったから」と言える。

「ケガから復帰して滑るのは怖くないんですが、ジャンプを跳ぶ怖さはまだあって。やっと跳べるようになって、それをプログラムに入れるとなった時、一個一個を集中してやるんですが、まだ途切れ途切れ。ここで深呼吸しているな、と自分が見ていてもそう思います。途切れさせない演技が自分の持ち味だと思うので、完璧にやれるように練習したいです」

 三原は自らを叱咤するように言った。

「トップレベルにたどり着くことを考えると、練習が足りていない。全日本まで1カ月、死にもの狂いで。痛みを抑えながら練習していきます!」

 彼女は努めて明るく言った。12月、長野での全日本選手権が次の舞台だ。