【茨城】仕事がない土曜日、早めの昼食を食べながら「きょうはどんな練習にしようかな」と考え始める。ワクワクした気持ちで練習場所へ向かう。 つくば市の中山紗織さん(32)は、筑波大学体育系助教としてコーチング学の研究や授業をしている。選手生活…

 【茨城】仕事がない土曜日、早めの昼食を食べながら「きょうはどんな練習にしようかな」と考え始める。ワクワクした気持ちで練習場所へ向かう。

 つくば市の中山紗織さん(32)は、筑波大学体育系助教としてコーチング学の研究や授業をしている。選手生活は大学で終え、ハンドボールの強豪国ドイツに渡り、スポーツ科学の理論で有名なライプチヒ大で学び、指導経験も積んだ。

 そんなふうにハンドボールを追求するため、筑波大大学院に進んだ2013年4月に始めたのが、筑波学園ハンドボールクラブでの小学生の指導だ。

 「新しいことができるようになる瞬間を間近で見られる。ゲームやリレーに夢中になってワーワー言っている彼らは、今この瞬間を生きている。私が楽しいと思うのはそういう時です」

 いま担当しているのは小学4年生以下のグループで、練習に来るのは10~15人。自由奔放に動き回る子どもたちを見て、保護者がこう言ったのを覚えている。「この子たち、学校でこんなふうに遊んだら、きっとしかられちゃうんでしょうね」

 ドイツで学んだ最先端の教え方は「意図的なカオス」を作り出すことだ。新しいプレーを習得する最初の段階で、どうしていいかわからないまま動いてみる経験をしておくことが、その後の成長に影響するそうだ。

 「コーチが指示すれば、段階を飛ばして一気にできるようにはなる。でも、指示で動かされた子どもは、自分の力で伸びません」

 カオスを操る指導には、ハンドボールというゲームの構造や、人間が運動を学ぶ過程を深く知る必要がある。たとえば、小さい子どもが試合をすればボールに群がるが、ゴールの数を増やすと自然にばらける。身につけさせたい技術や戦術を事細かに教えず、ゲームのルールを変えることなどで自然発生的に習得させる。

 「ハンドボールを楽しめればそれでいいんですが、なかには『こうすればこのゲームを攻略できる』と気づく子どもが出てきて、自分のアイデアで素晴らしいプレーをするようになる」

 しかし、とくに経験者から理解されにくいという。

 中山さんの練習を見ていたハンドボール経験者に「遊ばせているだけではないか」「責任を持って指導しているのか」と言われたことがあった。「あんな指導だから勝てない」という他のチームからの批判も耳に入る。

 かつては中山さんも昔ながらの反復練習をさせ、プレーを中断して動きや判断の間違いを指摘していた。「それで良いとは思っていなかったけれど、ほかの方法を知らなかった」

 指導していた選手が、その能力の高さから県選抜に選ばれたことがある。でも、筑波学園HCの理念は全国大会を目標に掲げてはいない。そんな物差しは、小学生には不要だと考えている。

 今この瞬間を生きている感覚は技能習得に理想的な状態とされ、ドイツでは様々な競技の指導に採り入れられている。夢中になって楽しませるスポーツの指導が、日本でも当たり前になることを、中山さんは目指す。

 「理論の研究だけでも、そういうことは言えます。でも私は、現場で実践してみせることで強く伝えていきたい」。そんな野心を燃やしながら、笑顔で子どもたちと向き合っている。(忠鉢信一)