「ノーコメントで。このインシデントについては何も話したくありません」 メキシコシティGPの決勝を終えて、怒りに震える角田裕毅はそう言って口を真一文字に閉じた。 パワーユニット5基目投入によるペナルティで18番グリッドからスタートした角田は、…

「ノーコメントで。このインシデントについては何も話したくありません」

 メキシコシティGPの決勝を終えて、怒りに震える角田裕毅はそう言って口を真一文字に閉じた。

 パワーユニット5基目投入によるペナルティで18番グリッドからスタートした角田は、8位まで浮上して前のオスカー・ピアストリ(マクラーレン)を追いかけていた。しかし、49周目のターン1でアウトからオーバーテイクを仕掛けて接触。16位まで後退して入賞のチャンスを逃してしまった。


角田裕毅はなぜミスを犯してしまったのか

 photo by BOOZY

「ここは前走車をフォローするのがとても難しいですし、(ピアストリの)背後で走っていたことで僕のタイヤもデグラデーション(性能劣化)が始まってきているのを感じていたので、できるだけ早くオーバーテイクしたかったんです。ブレーキもかなり(温度面の)制約があったので、それも理由です」

 1周前の48周目にもこのターン1でアウトから仕掛けた角田だったが、2台で並んで抜けた先のターン2でインに追いやられて行き場を失い、ターン2の奥で軽く接触していた。抜くならターン1で抜ききらなければ攻略はできない──。角田はそう考えたのだろう。

 翌49周目のターン1でインをブロックするピアストリに対し、レイトブレーキングで一気にアウトに並びかけた角田は、インにステアリングを切ってピアストリのラインを潰しにかかる。ここでピアストリが引いてくれればオーバーテイク成功だが、このターンインはすでにターン1に向かってステアリングを切っていたピアストリにとっても予想外の締めつけだった。

「僕は普通にまっすぐブレーキングをしていただけで、ブレーキングゾーンであんなに右に切り込んでくるとは思わなかった」

 その結果、両車は接触。角田のマシンは弾き飛ばされて、大きく順位を落としてしまった。

 スチュワードはこのインシデントを「両者ともにレイトブレーキで、同時にターンインしたところで接触しており、どちらか一方だけに責任があるとは言えない」として不問に付している。

【なぜ角田は焦ってピアストリを抜こうとしたのか】

 ここで問題にしなければならないのは、どちらが悪いかではなく、アルファタウリにとっては貴重な入賞のチャンスを自ら逃してしまったということだ。

 後方からは好ペースのランド・ノリス(マクラーレン)が迫ってきてはいたが、彼に抜かれたとしてもまだ9位。その後方のアレクサンダー・アルボン(ウイリアムズ)は角田よりペースが遅く、9位入賞は確実だった。

 そしてハードタイヤの角田に対して、ピアストリは3周古いミディアム。ピアストリのタイヤのほうが先にタレていき、周回が進めば進むほど角田に有利になるはずだった。

 路面温度が下がっていくなかでピアストリのタイヤが思ったほどタレずに攻略が難しかったとしても、最後尾スタートのレースだっただけに9位入賞というのはチームとしては十分すぎる結果だった。

「裕毅はピアストリを抜くのに少し焦ってしまった。裕毅のほうが速かったし、レース終盤に抜けたかもしれないけど、接触してスピンしてしまったんだ」(ジョナサン・エドルス/チーフレースエンジニア)

 この何周も前から、角田にはブレーキ温度を下げるためにリフトオフの指示が出されており、2〜3周攻めたあとはストレートエンドでスロットルを戻して、冷却する走りが求められていた。だが、角田はピアストリに対して攻め続けた。

 ピアストリの前にはチームメイトのダニエル・リカルドがおり、角田は彼に追い付こうと意識して功を焦ってしまったのかもしれない。レース途中の赤旗中に新品タイヤに履き替えていた角田はリカルドより7周もフレッシュなタイヤを履いており、ピアストリを抜けば角田のほうがコンマ数秒は速いペースで走行できることは明らかだったからだ。

「裕毅がピアストリを抜いたら、後続を抑える役割をしてもらうというのが我々のプランだった」

 エドルスがこう語るとおり、アルファタウリは角田とリカルドを自由に戦わせるつもりはなかった。チームが望んでいたのは、望外のパフォーマンスを発揮したこのメキシコシティで巡ってきた入賞のチャンスに、ポイントを確実に持ち帰ること。マクラーレンやメルセデスAMGと無理に争って目の前のポイントを取り逃すことではなかった。

【予選でもチームプレーに徹していた角田だが...】

 49周目の目の前のコーナーだけを見れば、あそこで行かなければレーシングドライバーじゃないと思うかもしれない。

 しかし、71周のレース全体、メキシコシティGPのレース週末全体、そしてコンストラクターズランキング7位を目指しポイントを積み重ねつつあるシーズン全体を見れば、レイトブレーキングで仕掛けるところまでいったとしても、安全マージンを残して確実に抜ける場面でなかったのなら、リスキーなドライビングはするべきではなかった。

 メキシコシティGPではパワーユニット投入による最後尾スタートが決まっていただけに、角田はフリー走行ではレースペースに集中したセットアッププログラムを進め、予選ではリカルドの前を走ってスリップストリームを与えるチームプレーに徹した。リカルドがQ3に進出し4番手タイムを記録できたのは、この角田のアシストによってQ1でセーブした新品ソフトタイヤをQ3でフル活用できたからにほかならない。

 レース中盤にケビン・マグヌッセン(ハース)がクラッシュした際にも、マクラーレンやウイリアムズがセーフティカー導入の瞬間にピットに飛び込んだのに対し、角田は事故現場のバリアが壊れているのを見て「赤旗になると思う」と冷静に伝えて正しい戦略選択をアシストし、ポジションアップにつなげている。

 チームの利益を最優先に戦ってきたこの週末で、あの場面だけはチームのためではなく、自分のために走ってしまった。早くリカルドに追い付きたい、そのために早くピアストリを抜きたいという焦りが苛立ちに変わり、最後は荒っぽいやり方でねじ伏せようとしてしまった。

 今シーズンはすっかり鳴りを潜めていた、デビューイヤーの角田を見るような強引で独りよがりな走りだった。

 18位からスタートして8位までポジションアップを果たし入賞が確実なレースで、こういう結末に終わってしまったことに落胆しない者はいない。それはファンもチームも角田自身も同じだ。



今季16勝目を飾ったフェルスタッペン(左から2番目)photo by BOOZY

 その原因となったインシデントがいいか悪いかの問題ではなく、誰も望まない結果を生むようなドライビングはするべきではなかった。3年目のシーズンを終えてさらなるキャリアのステップアップを果たそうとしているドライバーなら、なおさらだ。

 オランダGPでも、シンガポールGPでも、今年の角田は自分のミスを認め、次に進むことができてきた。今回もそうであってほしい。

 ここからどう挽回し、どう立ち直るか──。それが角田のF1ドライバーとしての、キャリアの大きな分岐点になるはずだ。