原﨑朝陽や富田悠太、松田鈴子らを指導してきた寺嶋啓コーチ「テニスを小さくまとめないように、選手の先を見据えた大きい指導をする」 国内合わせて34校のテニススクールを運営し、3万5千人以上の生徒を抱え…

原﨑朝陽や富田悠太、松田鈴子らを指導してきた寺嶋啓コーチ「テニスを小さくまとめないように、選手の先を見据えた大きい指導をする」
国内合わせて34校のテニススクールを運営し、3万5千人以上の生徒を抱えるノアインドアステージは、「テニス日本リーグ」でも活躍する実業団としてもよく知られるところだが、ジュニア育成に取り組み始めたのは2016年とまだ日は浅い。しかし、その中でもこの数年で数々のジュニアを輩出してきたのが兵庫・神戸にあるノア・ジュニアテニスアカデミー神戸垂水だ。

【画像】寺嶋啓コーチのスペイン名門クラブ「サンチェス・カサル・テニスアカデミー」留学時の様子

ノア・テニスアカデミー神戸垂水は、昨年の全日本選手権ベスト16で現在アメリカのNCAA1部に属するオクラホマ大学に進学した原﨑朝陽を輩出し、U-17ジュニアナショナル選手に選ばれている富田悠太、17歳にして早くもプロ転向を決めた松田鈴子などが所属する。

その責任を引き受けるのが、日本テニス協会公認S級エリートコーチの資格を持つ寺嶋啓コーチだ。びわこ成蹊スポーツ大学出身で、のちに男子国別対抗戦デビスカップ日本代表監督やリオ五輪監督を務めた植田実氏のもとでテニスをしていた。その姿を間近で見て、東日本大震災の影響で就職先から内定が取り消されながらもノアインドアステージでコーチとしてのキャリアをスタート。のちに社長との懇親会で「ジュニア育成をやりたい」と進言し、本社のある姫路でジュニア育成を始めている。

当時は部活などでコーチをする機会もあったという寺嶋氏だが、目標とするのは植田実氏の背中。次第にコーチとしての知見をより深めようと海外へ目を向け始め会社に相談したところ、前例がないにもかかわらずコーチ留学が認められ、元世界ランク1位のアンディ・マレー(イギリス)やグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)らを輩出したスペインの名門クラブである「サンチェス・カサル・テニスアカデミー」に2年弱ほどコーチとして働いた。数々の名選手を生んできたスペインのテニスからどのような学びを得て、今のコーチングに生かされているのか聞いた。

――スペインでどのような学びを得られましたか?

「日本とは指導法がまったく異なり、コーチとしてテニスの指導は簡単なスペインドリルという足を動かして、ボールを打つという簡単なアドバイスです。その中で一番学んだのはコーチはオープンマインドなんだということ。選手や現地のコーチからあれをやってと言われたらなんでも対応する。日本のスクールだと大体決まった練習に縛られたりするのですが、スペインではコーチとしての対応力が身につきましたね。“繰り返しの練習を繰り返さない”ということで、同じドリルのように見えて実は目的が違ったり奥が深かったですね」




――テニスという面では日本とスペインでプレーも違うような気がします。

「確かにヨーロッパの基本はクレーコートですね。そこで日本人がプレーすると、足が止まって手だけで返してしまうことがありますが、スペインではしっかり足を使ってボールを飛ばすことができていると思います。また、基本的にはコートの後ろに下がって打つイメージがスペインのテニスにありますが、一番のコンセプトは“コートの中に入って体重を乗せて打つ”ということ。それをしたいがために、後ろに下がってもしっかり守りたい。そこで足の強さがあれば、前に入った時にも生かせるのです。試合で前に踏み込めるボールというのは、上のレベルになればなるほど少なくなるものですが、トップの選手はそれを見逃さずにフッとコートの中に入る。そのためのスペインドリルで、本質を学んだと思います。元ダブルス世界1位のエミリオ・サンチェスも言っていましたが、とにかく体重を乗せてボールを打つんだということをベースにしています」

「あとスペインはとにかく試合の量が多いです。1週間で3大会も出れてしまう。週末のトーナメント、JOPのようなトーナメント、1ヵ月~2ヵ月かけて行うカタルーニャ州のトーナメントのようなものです。そういう試合がたくさんあるので、試合をして帰ってきて基本練習をするというサイクルがあります。その環境は日本になく、日本は1セットマッチで進みますが、海外は4ゲームの3セットマッチが主流で試合感覚を養うことができるのは良いことだと思いました」



寺嶋啓コーチが指導する選手の一人の松田鈴子(ノア・インドアステージ)

――コーチとして選手の見方が変わったのではないでしょうか。

「その面で言うと、選手の試合を見て競った場面でどんなプレーをするのかということ。例えば、東レPPOの予選1回戦で松田鈴子が土居美咲選手の引退試合として対戦しましたが、あれは誰でも緊張します。ですが、ああいうときにどんな行動、対応をするのかを見て選手のクセを見ます。あと日本のジュニアを見て思うのが、多くの選手がボールを飛ばせていないということです。“ボールを飛ばす”というのは、簡単なようで実は難しい。日本の選手は、スピンをかける時にラケットを下から上への動作が多く、球が浅くなったり力のない打球になってしまう。そうではなく前への出力を忘れず、コートの端から端のフェンスにノーバウンドで当たるぐらい飛ばす感覚をつけてもらいたい。そうすれば海外の選手とも打ち合うことができます」

――それが顕著にあらわれる場面というのはありますか?

「フォアハンドのダウン・ザ・ラインですね。日本の選手は、ネットスレスレを通していて、試合の競るようなプレッシャーのかかる時になると入らなくなってしまい、結局打点を落としてクロスに打つ。その時点で海外の選手からするとクロスに来るんだと読まれてしまいます。海外の選手は、ネットの高いところを通しつつスピードもあるので、展開力にも差が出てしまいますね」

――神戸垂水校でもそのような練習をしているのでしょうか?

「球出しでストレートの練習はやりますね。あとはコートが2面のインドアハードでサーフェスとして速いので、あえて空気圧の低い飛ばしにくいボールを使って飛ばす練習をしています。神戸垂水校の通信制の選手は、ITFジュニアに挑戦したいというのが一番の目的です。ここなら通信制高校で勉強しつつテニスができ、自分のスケジュールをコントロールできますからそれがメリットだと思います。部活に入ると団体行動がありますが、ここでは自分の好きな時に練習来ていいですし、コーチもそれに対応できるようにしています。また、兵庫ノアチャレンジャーの際にはプロが練習をしに来ます。ジョン・ミルマン(オーストラリア)やクリストファー・オコネル(オーストラリア)、綿貫陽介(フリー)らツアーで戦う選手のプレーを間近で見ることができるので、いい刺激になりますね」

――今聞くと、選手は自由な感じでやっているのかなと受け取りました。

「そうですね、あまり口うるさく言ったりしません。スペイン留学で感じたのは、“生き残ってなんぼの世界”なので、もちろんサポートはしますがやるかやらないかは本人次第。よく言うのですが、トーナメントで一番大変なのは勝っている人で、負けた人が大変なのはメンタルだけだと。だったら同じ疲れでも勝った方がいい。練習に関しては、正直日本人の方がうまいと思います。けれど、海外の選手は試合をして勝てばよりハイレベルなクラスで練習できるというジュニアの世界にも弱肉強食の世界がありました。みんなで頑張ろうというのはあんまりないのですが、それぞれが目標を持っていて、テニスに懸ける想いが違うように思います」

――それぞれのジュニアに対して共通して行っている指導はありますか?

「プロに移行するための位置づけですね。高校3年間が終わる18歳になってもプロや大学に進んでいく選手が多いため、高校生のテニスにまとめないようにしています。選手の先を見据えて、伸びしろをふんだんに作った上で次につなげてほしい。アメリカの大学進学を決めた原﨑朝陽(オクラホマ大学/NCAA1部)もまだ伸びると思う。全国には強い選手がたくさんいますが、見えるビジョンというのが全日本ジュニア、インターハイで優勝とある程度見えてしまいます。もちろんそれもすごいと思いますが、もっと視野を広げてITFジュニアで結果を出してアメリカの大学、プロになりたいとかもいいと思います。僕らのアカデミーですと会社のサポートも選手によってあり、多少の遠征費補助も使いながら力をつけています」

――最後にこれからの目標を教えていただけますでしょうか。

「グランドスラムジュニアには原﨑や富田が出場しました。結果こそ厳しいものでしたが、今度はプロの本戦に出場できる選手を育てていきたいですね。スペインでコーチ留学できたのも会社のおかげですし、アカデミーも任せていただいているので、ゆくゆくはその舞台に社長を連れていけたらと思っています」