フィギュアスケート振付師ブノワ・リショー氏 インタビュー後編(前編:高橋大輔には「競技を続けてほしかった」アイスダンス転向後の成長スピードに驚き>>) 10月のGPシリーズの開幕とともに、本格的な新シーズンの到来を迎えたフィギュアスケートだ…

フィギュアスケート

振付師ブノワ・リショー氏 インタビュー後編

(前編:高橋大輔には「競技を続けてほしかった」アイスダンス転向後の成長スピードに驚き>>)

 10月のGPシリーズの開幕とともに、本格的な新シーズンの到来を迎えたフィギュアスケートだが、昨季の女子フィギュアは、世界選手権連覇やGPシリーズ初制覇を成し遂げた坂本花織選手や、GPシリーズ初出場のスケートカナダで初優勝を手にした渡辺倫果選手など、新旧さまざまな日本人選手たちの活躍が印象的な1年となった。

 過去5年に渡って坂本花織選手の振り付けを担当し、北京五輪で坂本選手の銅メダル獲得に貢献したフランス人振付師のブノワ・リショー氏に昨今の日本フィギュア界の現状や課題を聞いた。



2022年の世界選手権で優勝した坂本(左)と、振付師のブノワ・リショー氏 photo by スポニチ/アフロ

【日本女子フィギュアスケートの現状】

――昨季の坂本花織選手は、海外で初のGPシリーズ優勝(スケートアメリカ・2023年10月)や世界選手権の連覇などすばらしい成績を収めました。ブノワさんは平昌五輪が行なわれた2017-2018年シーズンから5年にわたり、坂本選手の振り付けを担当されていましたが、北京五輪で銅メダル獲得した2021-2022年シーズン以降の活躍をどのように見ていますか?

「私が花織と出会ったのは、まだ彼女がティーンエージャーの時(2017-18シーズン・当時17歳)でしたが、私とのコラボレーションを終えた時、彼女は立派な大人へと成長し、世界女王の座を射止めることもできました。彼女の成長過程をそばで見守ることができたのは、私にとっても大変光栄なことでしたし、素晴らしい経験になりました。

 ですが、それはあくまでも結果論にすぎません。もし、私とのコラボレーションがなかったとしても、きっと花織は今のように素晴らしい選手になっていたと思います」

――昨季は女子シングルを中心に新たな選手の台頭が目立ったシーズンになりましたが、日本人選手の置かれた現状をどのように捉えていますか?

「そうですね。確かに、日本人選手の活躍が目立ったシーズンだったと思います。ただ、日本の男子スケーターは以前から世界を牽引するレベルにあったと思いますが、昨今の日本女子スケーターの飛躍に関しては、ロシアの選手たちが大会に出場していないことも大きかったのではないかと思っています。

 これは客観的に見て仕方ないことですが、『新たな世代の選手が台頭してきた』というよりは、この10年間ほど世界をリードしてきた"フィギュア大国"の不在によって空いたポジションに、日本の選手たちがうまく収まることができた、というのが実態です。なので、もしいずれ世界大会にロシアの選手が帰ってきたら、日本の選手たちが今のポジションをそのまま維持できるかどうかは不透明なところがあると私は思っています」

【日本フィギュア界の課題と今後】

―――日本人選手がさらにレベルを高めていくためにはどうすればいいでしょうか?

「私は若い世代の選手を精一杯サポートしたいと思っています。日本のジュニア世代の選手を見ていると、ドレス選びや髪型といったスケーティング以外の部分においても、どこか型にはめこみすぎているように感じることがありますが、まだまだ個性を伸ばせる伸び代を感じていますので、今後の彼らの成長と活躍を心の底から期待しています。

 たとえ"子供"と言われる年齢の選手であっても、彼らは自分自身のスタイルや考えをすでに持っていて、時に大人である私たちよりも多くのことを知っていますし、若いからこその柔軟性も持ち併せています。そのような若い世代のスケーターを支えるためには、選手のことを知り、それに合ったプログラムを考えることが重要となります。若い年齢でも、選手のやりたいことや性格、好みのスタイルなど、さまざまな選択肢を提示した中から、本人が本人らしく感じるプログラムを共に作り上げることが大切です。

 もし近い将来、ロシアの選手たちが世界の舞台に戻ってきた時に、日本人選手たちが引き続きトップの座を維持できるかどうかも、"本人らしいスケーティングを磨き上げること"にかかっていると言っても過言ではありません」


スケーターに振り付けをするブノワ・リショー氏

 photo by peak-ice

―――日本の若手世代に対する印象や、注目している選手がいたら教えてください。

「ノービスも含めた日本のジュニア世代の選手たちは、非常に高いポテンシャルがあると思いますし、努力を惜しまず技術力、表現力を磨き上げていく魅力的なスケーターがたくさんいます。この世代が順調に成長すれば、将来的に多くの日本人選手が世界の舞台で活躍することになるでしょう。私も注意を払って選手たちの様子を見ていますが、その中でも『将来的に世界に出てくるのではないか』と楽しみに見ている選手が2人ほどいます。名前はまだ内緒にさせてください(笑)」

【夢を叶えるために必要なこと】

―――2023-24年シーズンが幕を開けましたが、ブノワさんの今後の抱負を聞かせてください。

「今季は男子シングルの織田信成選手と三浦佳生選手の振り付けを担当することになったので、両選手のプログラムをブラッシュアップし続けていきたいと思います。そして、今後は日本でのチャリティー・プロジェクトやレッスンイベントの実施も考えていますので、ぜひそちらも楽しみにしていてください」

―――日本ではどのような活動を予定されているのでしょうか?

「さまざまなスケーターの振り付けを手掛けるだけではなく、日本人スケーターとの仕事を通じて、メンタリティの進化をお手伝いできないかなと思っています。スケーティングの技術を磨くことで、自然と感情が湧き上がってくるような滑りに磨きをかけたり、日本で活動するスケーターの成長をさまざまな形でサポートさせてもらえたらなと考えているところです」

――最後になりますが、ファンのみなさんへのメッセージをお願い致します。

「夢を叶えるために一番必要なことは、『自分自身を信じること』だと思います。もちろん簡単なことではありません。毎日少しでもいいので、自分の夢、なりたいもの、やりたいことなどをイメージして、思い描いてみるだけでもいいと思います。そうして自分を信じ、進んでいけば、夢には必ず近づいていけると思っています。夢を描くことを、やめないでください。

『バカらしい』とか、『どうせできないから無駄だ』と思わないでください。うまくいかない場面に遭遇しても、それは陽が射す前の雨のようなもの。悲しかったり不快になったりフラストレーションを感じるような時間も、陽射しをもらうためのギフトだと思って、難しい問題に直面する時こそ、自分の持てる力を発揮できる機会だと思うようにしてください。

 それから、自分がひとりだとは思わないでください。孤独を感じた時は、外に出てもいいし、好きな本を読んでもいい。何をしてもいいけれど、ひとりだとは思わないでください。陽射しは必ず降り注ぐし、すべて大丈夫と思える時は来る。それを信じて、夢を描いていってください」

【プロフィール】
ブノワ・リショー

1988年1月16日生まれ。フランス出身。アイスダンスのフィギュアスケーターとして活躍し、2009年に現役を引退後、音楽や衣装デザインなどに携わる。その後、デニス・ヴァシリエフス(ラトビア)からの依頼をきっかけに、2014-15シーズンに振付師としてフィギュアスケート界に復帰。2017-18シーズンから坂本花織の振り付けを5年間、2018-19年シーズンには髙橋大輔の振り付けを担当した。今季は織田信成と三浦佳生の振り付けを担当する。

【クレジット】

写真:@peak-ice.com