三河を率いるリッチマンHCは午前練習を導入した©SeaHorses MIKAWA co.,LTD. 2022-23のレギュラーシーズン終了直後の5月7日、シーホース三河で28年もの長きにわたって指揮を執ってきた鈴木貴美一ヘッドコーチ…

三河を率いるリッチマンHCは午前練習を導入した©SeaHorses MIKAWA co.,LTD.

 2022-23のレギュラーシーズン終了直後の5月7日、シーホース三河で28年もの長きにわたって指揮を執ってきた鈴木貴美一ヘッドコーチが退任を表明。そこから約1か月後にライアン・リッチマン氏を新指揮官として招聘することが発表された。

 リッチマン氏は昨季までNBAワシントン・ウィザーズのアシスタントコーチを務め、八村塁(ロサンゼルス・レイカーズ)とも共闘していた時期もあったが、日本では34歳の若い彼がどのような人物、コーチかはまだ十全に知られていない。

 今回はリッチマン氏へのインタビューを行い、彼の指導法、考え方、Bリーグの印象などについて迫った――。

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ーー長く三河で指揮を執った鈴木HCの後任に、NBA経験のある若いあなたが就任しました。どのような経緯でこのポストに就くことになったのでしょうか?

リッチマン 最初にチームから私のほうにこの話が来たときは青天の霹靂で、驚きました。私はGリーグでヘッドコーチの経験(2019-2020から2シーズン、キャピタルシティ・ゴーゴーに在籍)があり、再びHCとなることは目標ではありましたが、まだウィザーズとの契約も残っていたので、NBAを離れるべきかどうかは逡巡しましたね。

 ただし私の妻がとても冒険家というか、日本に住むことや、2人の娘たちを日本で育てることに非常に関心を持っていたのもありましたし、挑戦してみようとなりました。

 話が来てからは三河のことを調べましたし、前任の鈴木HCはとてもすばらしいコーチで、彼が三河のためにしたすべての仕事に対して大きな尊敬の念を抱いています。そして、三河のファンのサポートは本当にすばらしく、我々のチームの持つリソースも同様で、一級品です。こうしたことのすべてが私の想像を超えていて、チームは選手や我々スタッフをとても大切にしてくれていますし、すべてがプロフェッショナルだと感じています。

ーーリッチマンHCの就任以来、チームの体制や環境もかなり変わったと聞きます。そうした変化はHCの指示でなされているのでしょうか?

リッチマン どちらかと言えば、私とチームの「パートナーシップ」によって、と言ったほうがいいかもしれません。我々の間で議論をして、私もこれまでの経験を用いつつ、いろいろと提案を出すといったところです。ですが、私がNBAで働いてきたからといって、それがこちらでも同じようにうまくいくとは限りません。こちらでうまくいっていることがNBAでも機能するかわからないというのも同様です。

 クラブは私がすることに対して寛容でいてくれています。例えば今シーズン、我々は午前中の練習後、選手やスタッフたちに食事を摂ってもらうようにしました。彼らは激務をこなしていますからとても大事なことですし、彼らにはチームから大切にされている、チームの一員だと感じてもらえると思っています。そういったことこそが、我々が求めることです。

新指揮官は選手とのコミュニケーションを大事にしているようだ©SeaHorses MIKAWA co.,LTD.

ーーチーム練習は1日に2度行っているのですか?

リッチマン いえ、チーム練習という意味では1日1度なのですが、午前から選手のディベロップメントとウェイトリフティングをグループごとに分けておこなっています。これを週に2度やっています。私は選手のディベロップメントを非常に重要視していますので、まずビデオルームで集合し、そのあとに選手のディベロップメントへと移ります。

 こうしたやり方では、選手たちとの関係性もより密にできると考えています。NBAでは8から12人のアシスタントコーチがいて、一方こちらでは4人。ですから、私自身も選手たちとの直接のやりとりに従事しています。組織内の人たちとの関係性を築いていくことこそ、物事の基礎となっていきますし、選手たちとしても我々がどれだけ彼らのことを気にかけているかを感じてもらえると思っています。

 古い言葉に「あなたが彼らのことを気にかけていることを示すまでは彼らはそれに気が付かない」(アメリカ第26代大統領のセオドア・ルーズベルトによる有名な言葉。「他者から気にかけられてその人はより力を発揮できる」といった意味)というものがあります。私が選手やスタッフのことを気にかけて、彼らと一緒に汗を流し苦楽をともにすることで、試合の最中でも、試合の前後でも、互いに厳しく言い合えるような関係性を築けると思っています。

ーー選手としてはアメリカの3部の大学(米ニューヨーク州・スキッドモアカレッジ)でプレーをし、その後はメリーランド大学(1部)へ転校し、同大の女子チームでスカウト選手(仮想・対戦チームの相手役)をされ、そしてNBAではビデオコーディネイターからキャリアをスタートと、珍しい経歴をお持ちです。

リッチマン そうですね。そうした異なる環境で様々なことを吸収してきたと感じています。大学の3部校でプレーをしていた頃はどうやって自分を向上させられるかの術がわかりませんでしたが、メリーランド大では女子チームのスタッフとして選手のディベロップメントを担い、かつスカウティングレポートの作り方や戦術を学びはじめたのはその時からでした。

ーーよく「NBAは違う生き物だ」などと言われます。FIBAルールの試合を学ぶことについて言及されていましたが、Bリーグで指導をしていて、例えば土日の連戦であるとか外国籍選手をコートに2名までしか立たせられないなど、難しさは感じていますか?

リッチマン 連戦に関しては、NBAやGリーグでもあるので問題はありません。ただし、節と節の間が少し空いていることは、NBAとは少し違いますね。例えば我々は川崎に連敗を喫しましたから、今、早く試合がしたいわけです。ですが、次の節まで4、5日待たねばならない。平日の試合もありますが、今後、Bリーグがもっと平日ゲームを増やしてくれるとありがたいです。

 ゲームに関しては、フィジカルさで違いを感じています。Bリーグの方がプレスをかけたり、ゾーンを使ったり、その他、様々な異なるディフェンスを敷いてきますから、コーチとしてはそれにどう対抗するかを考えるのが楽しいです。我々にも異なるディフェンスがありますから、それをどう使うかは同様に面白いところです。

 オフェンス目線で言えば、そうした相手の敷いてくるディフェンスに対してどこでアドバンテージが取れるかを考えるのが肝要です。FIBAルールではディフェンスの3秒ルール(NBAではディフェンス選手は相手オフェンス選手の防御姿勢にない限りフリースローレーンに3秒以上とどまることができないという規定がNBAはある)がないため、ペイント内の守り方が重要となります。また、タイムアウトのルールについても違いがあったりもしますね。その他にも様々な違いがありますが、私としては順応するのみです。

コーチングを生きがいとしているリッチマンHCが、三河をどう導くか楽しみだ©SeaHorses MIKAWA co.,LTD.

ーーリッチマンHCはランニングを嗜んでいるそうですね。日本に来てからも続けているのですか?

リッチマン そうですね。コーチの仕事の一つは体調を整えておくことですが、私にとってランニングには瞑想的な意味合いもあります。ランニングは場所を選びませんし、街の様子を見たりもできますしね。日本でもランニングを通じていろんな場所へ行っています。

 そしてランニングは物事をよく考える時間にもなり、わたしの精神を整える術でもあります。コーチングはとても多くを求められますからね。私にとってかけがえのないものですから、1時間でも1時間半でも2時間でも、走れる限り走って、人生においても、他のことをするにしても、精神が整っている状態でいたいと思っています。

ーー本日は忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。

リッチマン いえいえ、インタビューをしてもらい、ありがとうございました。今シーズンの戦いに向けて、我々はとてもやる気に満ちていますので、楽しみにしていてください。

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 NBAでの指導経験もあり、厳しい競争社会のアメリカでやってきたリッチマン氏には「やり手」の印象があった。だが実際に取材で言葉を交わすと、確かにエネルギーに溢れてはいるものの柔和で、NBAにいたことを鼻にかけるようなところもまったくない様子だ。選手やスタッフからすれば「兄貴分」としてコミュニケーションを取りやすい人だろうなと感じさせられた。

 また、大学、プロと選手ディベロップメントを担ってきた経験で、三河でも個々の能力を伸ばすことを重視している点も注目したい。

 その他、彼が着任したことで練習方法やチーム環境がかなり変わったと聞いている。優勝を狙うようなチームはえてして、コート上のパフォーマンスだけでなくクラブ全体がそこへ向けてベクトルを同じにしているもの。その意味では、リッチマン氏をHCに迎えて新たな局面を迎えようとしている、これからの三河から目が離せないと感じた。

[取材・文:永塚和志 Kaz Nagatsuka(取材日:9月17日)]


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