新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて1年延期となっていた第4回アジアパラ競技大会が、10月22日に中国・杭州で開幕する。開会式と同じ会場となったため、車いすバスケットボールは19日から競技がスタート。京谷和幸ヘッドコーチ(HC)が率い…

新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けて1年延期となっていた第4回アジアパラ競技大会が、10月22日に中国・杭州で開幕する。開会式と同じ会場となったため、車いすバスケットボールは19日から競技がスタート。京谷和幸ヘッドコーチ(HC)が率いる男子日本代表は、2010年の第1回大会以来となるアジア王者を目指す。そこで最後の調整として9月末に行われた強化合宿を独占取材。銀メダルを獲得した東京2020パラリンピック以来の公式戦となるアジアパラへの狙い、意気込みについて聞いた。


万全の準備でアジアパラに臨む男子日本代表

攻めのディフェンスでライバル国撃破へ!

アジアパラは、男子日本代表にとってパリへの第一歩でもある。昨年5月、選手の新型コロナウイルス感染によりアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)を棄権し、今年6月の世界選手権にも出場することができなかったからだ。とはいえ、単なる“力試し”で終えるわけにはいかない。約3カ月後の来年1月にはパリへの切符がかかるAOCが控えており、チームビルディングは最終章に入っている。

京谷HCもAOCへの“前哨戦”と見ており、「優勝を目標に、しっかりと勝ち切って弾みにしたい」と語る。さらに単なる勝ち負けではなく、実戦でしかわからない課題を洗い出すことも重要なミッションとなる。あくまでも本番は来年のAOCだからだ。


ディフェンスを軸に強化を図って来た京谷和幸ヘッドコーチ

格下相手に取りこぼしがないようにすることが大前提だが、やはりライバルはイランと韓国の2カ国。まずは同じプールBに入った韓国との試合が第一関門となる。日韓の実力は実績からすれば、パラリンピックに12大会連続出場し、直近の東京大会で男子アジア勢として初のメダルを獲得した日本が、東京が5大会ぷりのパラリンピックだった韓国よりも格段に上であることは間違いない。しかし、直接対決となると決して侮ることはできない。ここ10年を振り返ると、まさに“因縁のライバル関係”にあることがわかる。

14年アジアパラ 韓国2勝0敗

15年AOC 日本2勝0敗

17年AOC 日本1勝0敗

18年アジアパラ 日本1勝0敗

19年AOC 韓国2勝0敗

21年東京パラリンピック 日本1勝0敗

その韓国戦のポイントについて、京谷HCはこう語る。「イランも同じだが、とにかく乗らせてはいけない相手。特にハイポインターにペイントエリア内でポジションを取らせないこと」

特に警戒しなければならないのは、キム・ドンヒョン(4.0)。35歳となった現在も、絶対的エースの存在だ。そして今年の世界選手権でキムを上回る得点を挙げたのが、チョ・スンヒョン(4.0)だ。こちらも39歳とベテランだが、未だ健在。おそらくメンバーの顔触れやチーム力は以前と変わらないと見られ、このハイポインター2人の得点をいかに抑えられるかが最大のカギを握るはずだ。

その韓国に勝ち、予選プールを1位通過すると、順当にいけば決勝でイランと対戦することになる。今年6月の世界選手権で銅メダルを獲得したイランとの試合が、日本の“現在地”を知る大きな手掛かりとなることは間違いない。イラン戦においてもポイントとなるのが、やはりディフェンスだ。

日本のディフェンスは「プレス」「フラット」「Tカップ」という3種類をベースにしており、これらがさらに細分化され、バージョンアップされている。いずれにおいても狙いは、相手の攻撃の時間を削ることと、得点源の選手にペイントエリア内でいいポジションを取らせないことにある。ハーフコートディフェンスのTカップにおいても、これまでと同じレギュラーの形はないという。

「たとえ一度中に差し込まれても、そこからいかに外に押し上げていけるか。わずか1秒でも、されど1秒。その1秒を相手からどう削るかが重要」と京谷HC。これまで以上の“攻め”のディフェンスで、3大会ぶりの王座奪還を狙う。

藤本不在で注目されるハイポインター陣

さて、今回のアジアパラはチーム最年長40歳の藤本怜央(4.5)不在で戦う。拠点とするドイツリーグが開幕していることに加え、京谷HCの中で藤本に対する信頼感はこれまでの合宿や遠征で十分に得られているものと見られる。年齢的なことを考えても長距離移動を繰り返すよりも、本番である来年1月のAOCに向けて、ドイツで腰を据えて戦う準備をしてほしいということなのだろう。

その藤本不在のなか、ハイポインター陣に注目が置かれる。体力、スピードという部分で頭一つ抜けているのは髙柗義伸(4.0)だ。昨年の男子U23世界選手権ではインサイドでの仕事をしっかりと果たして金メダル獲得に大きく貢献。A代表においてもここ3年ほどで指揮官の期待通りに成長しており、今大会では主力としての起用が予想される。東京パラリンピックでは初の代表入りを果たしたが、ベンチを温めることが多かった髙柗にとって事実上のA代表デビューでもある今大会は、最大のアピールの場となる。


ここ数年で著しい成長を見せている髙柗義伸

そして「藤本不在のなか、リバウンドに期待したい」と京谷HCが指名したのが、チーム一の高さを持つ堀内翔太(4.0)だ。公式戦では初めて12人のメンバー入りした堀内にとって、またとないチャンスでもある。

一方、シュート力を買われているのが、村上直広(4.0)だ。16年リオデジャネイロパラリンピックでは最後にメンバー入りし、周囲を驚かせた村上はそれ以降も欠かさず代表に抜擢されてきた。ところが、東京パラリンピックでは逆に最終選考で代表から外れ、悔しい思いをした一人。それでも「東京に出られなかったことで変われた」とプラスに捉えている。


東京パラでの悔しさを糧に代表復帰を果たした村上直広

「東京までは“代表に選ばれるためにうまくなろう”という考えでいましたが、大事なのは“コーチが自分に何を求めているか”であって、それを理解してプレーすること。それが代表として必要なことなんだと気づいたんです」

京谷HCが村上に一番に求めているのは最大の強みであるシュート力。いかに得点源としてチームの勝利に貢献できるかに期待が寄せられる。

果たして藤本不在のなか、3人のハイポインター陣がそれぞれの強みを生かしてどう活躍するのか。優勝への重要なポイントとなることは間違いない。

そして昨年、日本が史上初めて金メダルに輝いた男子U23世界選手権を機に躍進を遂げたのが、当時男子U23日本代表のキャプテンを務めた宮本涼平だ。今回は同じクラスの先輩たちを抑えて、唯一の1.0プレーヤーとして初の代表入りを果たした。指揮官からも視野の広さが高く評価されている宮本は、特にオフェンス時での瞬時の判断力に長けている。


元サッカー選手の宮本涼平(手前左)は視野の広さが武器

「一番大事にしているのは、いかにもシュートを打つふりなどのフェイクを入れたりして自分に相手の意識を集中させる動きをすること。そのままレイアップにいければいきますが、基本的には相手を引き寄せて、味方を生かすプレーが自分の役割だと考えています」

またクラス1.0は相手からマークの対象とされずにフリーの状態となることも少なくない。その時に、宮本のシュート力が問われる。なかでも0度ポジションから狙いすましたようにミドルシュートが決まれば、日本にとっては心強い後押しとなり、逆に相手にとっては厄介な存在に映ることだろう。宮本のA代表での初得点シーンも見どころの一つだ。

泥くさいプレーでチームを勝利に導く古澤拓也

一方、東京パラリンピック以来の公式戦に臨むのが、古澤拓也(3.0)だ。「久々の国際大会ということもあって、フレッシュな気持ちでチャレンジ精神を持って臨める気がしています」と古澤。実はここにくるまでには人知れず悩み、だからこそ車いすバスに向き合ってきた時間があった。


シュートよりもアシストをより意識しているという古澤拓也

東京パラリンピックで男子ではアジア勢初のメダル獲得という快挙に、車いすバスケットボールは脚光を浴びた。もちろん、それは古澤にとって嬉しいことでしかなく、周囲からの期待に応えたいという気持ちは十分にあった。だが、東京パラを終えてしばらく経つと、自分がある状態にいることに気づいた。いわゆるバーンアウトだった。

「自分にとって車いすバスケットボールがどういうものなのか、わからなくなってしまったんです。東京パラを大きな目標にしすぎていて、次のことをまったく考えていなかった。しかも初めてのパラで、金を取れなかったことは悔しいけれど、それでもメダルという目標は達成できたので心が満たされてしまったこともあったのだと思います。だからすぐにパリに向けてスタートを切る気持ちにはなれませんでした。きっとレオさんやヒロさんは、こういうことをずっと経験してきたんだろうなと思いました」

5大会連続出場の藤本や、4大会連続出場の香西宏昭(3.5)といった現在も代表活動を続ける先輩たちの偉大さを、古澤は改めて感じていた。

昨年、体調を崩したこともあり、古澤はしばらく休養期間を置くことにした。すると、常に頭に浮かんできたのは、やはり車いすバスケのことだった。

「休んでいても、これだけ車いすバスケのことを考えるということは、自分はやっぱりみんなとやりたいんだろうなと思いましたし、僕にとって車いすバスケは生活のすべてなんだなと。また代表のチームで、東京パラの時のような経験をしたいと心から思いました」

男子日本代表の目標は「パラリンピック2大会連続でのメダル獲得」。その目標に向けて突き進む中に自分が身を置いていることが、今、古澤は何より嬉しい。

さて古澤と言えば、これまで3ポイントシュートに注目が置かれていたが、今は少しスタイルを変え始めたのだという。もともと武器としていたボールハンドリングの部分を前面に押し出し、“ポイントゲッター”よりも“チャンスメーカー”としてチームに貢献したいと考えている。

「日本代表にはシュート力のある選手がたくさんいるので、僕自身が得点を取るということよりも、いかにいいアシストをしてシュートチャンスをつくれるかにフォーカスしています。もちろん3ポイントも狙っていきますが、一番の武器はもうそこじゃなくて、ディフェンスとチャンスメイク。AKATSUKIの河村(勇輝)選手みたいにどんどんゴール下にドライブで切り込んでいってレイアップを狙ったり、パスを出してアシストしたり……。ちょっと初心に戻るじゃないですけど、そういう泥臭いプレーを頑張りたいなと思っているので、アジアパラでは東京の時とは違う僕のプレーを見てもらえたら嬉しいです」

果たして、男子日本代表は東京パラ後の初陣を優勝で飾ることができるか。パリに向けて、まずはアジアの頂点を狙う。