【調子が上がらなかった選手の巻き返し】 東京の代々木第一体育館で行なわれた「FIVBパリ五輪予選(OQT)/ワールドカップバレー2023」の男子大会が、10月8日に閉幕した。 日本は最後のアメリカ戦を落としたものの、2008年の北京五輪以来…

【調子が上がらなかった選手の巻き返し】

 東京の代々木第一体育館で行なわれた「FIVBパリ五輪予選(OQT)/ワールドカップバレー2023」の男子大会が、10月8日に閉幕した。

 日本は最後のアメリカ戦を落としたものの、2008年の北京五輪以来となる自力での五輪出場権を獲得。初戦のフィンランド戦がフルセットの辛勝、2戦目のエジプト戦もフルセットになり敗退と思わぬ苦戦を強いられたが、そこから1セットも失わずにチュニジア、トルコ、セルビア、スロベニアを破って切符を手にした。



パリ五輪出場を決め、笑顔の男子バレー日本代表の選手たち

 初戦は1、2セットを余裕をもって連取してから2セットを取り返され、5セット目も主将の石川祐希が徹底してサーブで狙われるなど10-12と追い込まれた。そこでベンチが動き、石川に代えて大塚達宣を送り込む。大塚はサーブレシーブをさばき、スパイクで得点して勝利に貢献した。フィリップ・ブラン監督も「大塚が非常にいい仕事をしてくれた」と称えたが、そこで流れを変えられなければ、大会全体の結果も変わったかもしれない。

 石川は9月に行なわれた親善試合で腰を痛めたが、その後のアジア選手権はランキングに関わる大会だったために準決勝からフル出場し、チームを2大会ぶりの優勝に導いた。しかし無理がたたって1カ月近く練習ができず、直前のNTC(ナショナルトレーニングセンター)合宿でなんとかボール練習に復帰。初戦を終えた後、石川は日本バレーボール協会会長の川合俊一氏に、珍しく「自信をなくしました」と口にしたという。

 それがセッターの関田誠大のプレーにも影響を与えた。いろんなポジションにバランスよくトスを回すのがうまい関田だが、ラリーの最後や、劣勢の場面では石川に託すことが多い。その石川が思うように決められず、司令塔はメンタル的に追い込まれたのか、トスが低くネットに近くなり、他のアタッカー陣の被ブロックやミスも増えた。

 悪い流れを変えるために入るべきセカンドセッターも固定できていなかった。急遽B代表から山本龍(昨シーズンは内定選手としてサントリーに合流。今季からルーマニアリーグでプレー)が呼ばれ、アジア選手権とOQTにぶっつけ本番で臨んだ。185cmと長身で力のある選手だが、代表の"速いバレー"には慣れておらず、コンビを合わせる時間もほとんどなかったため、ミドルやパイプを使うことが少なかった。

 エジプト戦は関田と山本の併用となり、流れを引き戻すことができずに敗戦。それでも関田は気持ちを切り替え、失セットゼロでスロベニア戦まで戦い抜いた。悩める関田の話に耳を傾けていたのは、パナソニックパンサーズの同期で入団から約2年半ともにプレーした山内晶大。その山内は「彼はすごく真面目で、自分で自分を追い込んでしまうところがある。そこは長いつき合いですから、吐き出せるだけ吐き出させてあげようと思いました」と語った。

 さらに石川に「エジプト戦での負けが、チームがまとまるきっかけになったか?」と問うと、「そういう部分があったのは確かです」と認めた。また、自らのコンディションも含め、大会を次のように振り返った。

「僕は実戦で調子を上げていくタイプなので、みんなに迷惑をかけてしまったけれど、(3戦目以降の)大事な4試合で調子を上げていくことができてよかった。どの試合も本当にチームメイトやスタッフの方たちに助けられました。

 強い日本をたくさんの日本のファンにお見せすることができて嬉しいですね。この代表シーズンは、パリ五輪の出場権獲得が一番の目的でそれを果たせましたし、ネーションズリーグ(VNL)では銅メダル獲得、アジア選手権では優勝と、とても満足しています」

 コンディションで苦しんだという点では、オポジットの西田有志も期するものがあっただろう。昨年から謎の体調不良に襲われ、故障もあってリーグでもプレーできない期間が続いた。代表シーズンでもなかなか調子は上がらず、VNLではユース時代からのライバル・宮浦健人が猛アピール。30年ぶりにブラジル相手に勝利した試合、世界大会で46年ぶりに銅メダルを獲得した一戦も宮浦がフル出場した。

 西田は「正直、ものすごく挫折を味わっていました」と吐露した。

「『自分がこの場所にいてもいいのだろうか』と苦しみました。でも、我慢して使っていただいたおかげでアジア選手権の決勝で『(復調のきっかけを)掴んだな』と感じましたし、OQTはほぼフルの力で戦えたと思います。会場で後押ししてくださったみなさん、テレビや配信を見て後押ししてくださったみなさん、そして報道陣のみなさんにも本当に感謝しています。

 日本ではまだ、バレーボールはそこまでメジャーではありません。みなさんが報道してくださることによって、僕たちの頑張りが見ている方々に届く。あらためて、ありがとうございます」

 高校生の時からⅤリーグで活躍し、翌シーズンからシニア代表に抜擢された"やんちゃ坊主"は、苦難を乗り越えてまたひとつ大人になったように感じた。

【ミドル陣の活躍と、守備の安定感】

 長く「日本の弱点」と言われ続けたミドル陣だが、2m超えの3人が交代しながら踏ん張った。

 小野寺太志は安定した攻守で活躍。ハイブリッドサーブで相手を崩し、ネット際のボール処理でも技術の高さを見せた。ミドルに取らせて攻撃を遅らせるためのショートサーブ、ラリー中のトスもきれいに上げて流れを途切れさせなかった。代表最年長で副将の山内晶大も着実に成長。初戦のフィンランド戦では、追い込まれたあとに小野寺のサーブで崩し、山内がブロックで仕留める場面もあった。

 3人目の髙橋健太郎は長くヘルニアに苦しんできたが、ポテンシャルの高さを存分に発揮した。髙橋はエジプト戦で負けたあと、今年3月に胃がんで早逝した元日本代表のセッター、藤井直伸さんの特集をテレビで見て奮起したという。

「『お前ら何やってんだ。頑張れよ』と言ってくれてるんだと思いました。だから次のチュニジア戦では、僕が入ったらブロックで止めよう、タッチを取ろう、そしてコート内を盛り上げようと。それを精一杯やりました」

 大会が進むにつれて髙橋の体は限界がきていたが、3人でそれぞれをカバー。五輪の出場権獲得が決まった際には、ミドル陣同士で抱き合って号泣した。曰く、ミドルには「他の人にわかってもらえない苦労」があるようで仲間意識が強い。パリ五輪に向けてさらに進化していくだろう。

 調子が上がらない選手もいる中で日本が踏みとどまっていたのは、大会を通して好調だった髙橋藍の働きが大きい。SNSでの発信が盛んで、注目されることもプレッシャーではなく自分の力に変える22歳は、OQTでも躍動した。

 イタリアリーグで2シーズンを過ごし、昨シーズンは試合のMVPになることも多かった。特に成長した点は、フロントでの攻撃の幅が増えたことだろう。以前はクロスが多く被ブロックされる場面が目立ったが、今ではストレートやブロックアウト、リバウンドで何度も切り返すといった、石川も実践する技をどんどん取り入れている。

 そして何より、リベロに負けない守備力の高さが光った。サーブレシーブ、スパイクレシーブ、つなぎの質はより向上し、それがチームの底上げにもつながった。

 守備では2人のリベロの活躍も見逃せない。山本智大は大会序盤、石川をカバーしていたこともあって調子が上がらなかった。3戦目のチュニジア戦でも、今大会の日本にとっての「魔の第3セット」でサーブレシーブが乱れたが、もうひとりのリベロ・小川智大が入ってさっとサーブレシーブをさばいた。

 コートにひとりしか立つことができないリベロは、代表でも選手同士があまり言葉を交わさないこともあるという。だが、山本と小川はかなり親密で、常にお互いにアドバイスし合っているそうだ。小川は「彼(山本)も世界のトップリベロですし、僕自身もそうだと自負しています。その2人が切磋琢磨して、チームが勝つために全力を尽くしていれば、守備のいい日本を世界にアピールできると思います」と笑顔で語った。

【OQTで出場権を得られたメリット】

 チームを率いたフィリップ・ブラン監督は、「最初の3試合は失セットゼロでいく計画だった」とフィンランド戦後に明かし、「計画は今日で変わってしまった」と戸惑い気味に語った。エジプト戦もチームには迷いが感じられたが、翌日のオフ日にチームミーティングだけでなく、選手だけのミーティングを行ない、全員が目を見て話をしたことを明かした。

 そこから失セットゼロで五輪の出場権を獲得し、「自信を失うことがいかに危険なことかを今大会学ぶことができた」としみじみ。大会後には、今年度の日本代表の戦いを次のように振り返った。

「今年度はVNLで銅メダル、アジア選手権で優勝、そして今大会で出場権獲得と、すべての大会でいい結果を残せた。日本のみなさんに素晴らしいバレーを見せることができ、夢を掴むことができました。(五輪の出場権を獲得した)選手たちを誇りに思いますし、スタッフたちも毎日夜遅くまで作業をしてくれた。彼ら全員で勝ち取った出場権です。

 主将の石川祐希は万全な状態ではなかったけど、徐々に調子を上げて彼らしい、素晴らしいプレーを見せてくれた。それまで彼を支えたチームメイトも称えたいですね。東京五輪ではベスト8でしたが、パリ五輪ではそれ以上を狙います。

 今後、選手たちは所属チームに戻ります。基本的には映像でそれぞれのプレーを見ることになりますが、もちろん現地にも足を運びます。11月にはルーマニアの山本龍が初めての海外クラブに順応できているかをサポートし、イタリアリーグも視察する予定です。アジア大会で銅メダルを獲得したB代表のメンバーの中にも、A代表にふさわしい選手がいると思うので、Vリーグや大学リーグもチェックしながら見極めたいです」

 さらに今大会でパリ五輪への出場権を獲得したことについて、ブラン監督は「時間の余裕ができた」と強調した。

 OQTで出場権が獲得できなかった場合、来年のVNLの予選が終了した時点での世界ランキングで上位に入らなければならないため、VNLで新戦力を試したり、経験を積ませたりすることが難しくなっただろう。しかし出場権を獲得できたことで、新しい戦術的なオプションを考えるなど、さらなるチーム力の向上が期待できる。

 今年度の国際大会では14名の代表メンバーが躍動したが、パリ五輪に出場できるのは12名。その最後のサバイバル、パリ五輪の本戦に向けて、選手たちは各リーグで成長を目指す。