今から15年前、FCフローニンゲンにMFペドロ・カマタというアンゴラ生まれの若い左ウインガーがいた。彼はのちにコンゴ民主共和国代表に選ばれることになるが、当時はフランス年代別代表という肩書きを持っていた。オランダ生活の第一歩を踏み出し…

 今から15年前、FCフローニンゲンにMFペドロ・カマタというアンゴラ生まれの若い左ウインガーがいた。彼はのちにコンゴ民主共和国代表に選ばれることになるが、当時はフランス年代別代表という肩書きを持っていた。



オランダ生活の第一歩を踏み出したフローニンゲンの堂安律

 デビューマッチの衝撃は忘れられない。MFジェイ=ジェイ・オコチャを彷彿とさせるようなテクニックで相手を翻弄し、クロスから1アシストを決めたのだ。だが、そんなスーパータレントはホームシックという理由で、この1試合だけでフランスへ帰っていってしまった。

 当時のオランダのプロビンチャ(地方)クラブには、カルチャーの違う選手に対する接し方のノウハウがなかったのではないかと、今にして思うことがある。2005-2006シーズン、ヘラクレス・アルメロに所属していたFW平山相太(現ベガルタ仙台)に対し、サポーターたちのほうが「最近の相太は元気がない。俺たちで何とかしてやれる方法はないか?」と気を配っていたぐらいだった。

 7月22日、フローニンゲンvs.グラナダCF(スペイン2部リーグ)のプレシーズンマッチを訪れると、ノールトリース・スタディオンのプレスルームから、「ここで両チームの監督が試合後に記者会見を開くんです」というスタジアムツアーガイドの声が聞こえてきた。ツアーに参加しているのは、10人ほどの日本人グループだった。

 オランダには6000人から7000人ほどの日本人が住んでいると言われているが、その半数以上がアムステルダム周辺に集まっている。スタジアムツアー参加者のひとりがフローニンゲンに住む日本人について教えてくれた。

「フローニンゲンには100人ほどの日本人が住んでいます。大学がありますので、学生さんや駐在で務めている方、そして私たちのように国際結婚で住んでいたりとかです」

 サッカー界のトップタレントは若くして世界を舞台にして戦い、立派な稼ぎもあることから、同世代の若者と比べると驚くほど大人びている。そういう層の選手たちが諸外国からヨーロッパに渡ってくるので、私は「最近の若い者は立派だな」と感心することしきりなのだが、やはり時おり、精神的なもろさを露呈する選手もいる。

 U-20ワールドカップで活躍し、PSVやアヤックスからも誘われた堂安律は、6月30日にフローニンゲンで入団記者会見を行なった。物怖じすることなく快活に抱負を語る堂安をライブストリーミングで見ながら、「彼は海外でも困らないタイプの青年だな」と感じていた。

 しかし一方でフローニンゲンは、堂安がこれから困らないように先手を打ち、日本人の地域コミュニティとコンタクトをとって、「何か律に困ったことがあったら助けてやってほしい」と依頼していたという。フローニンゲンは彼らをグラナダ戦に招待し、試合前にスタジアムツアーを行ない、試合後には堂安と顔合わせをするという段取りを組んでいた。

 オープンな性格であろう堂安からは、すでにフローニンゲンの選手と打ち解けている様子が伝わってくる。しかしクラブは彼のことを、家族と離れて異国の地で暮らす19歳の青年として扱い、万全の態勢を敷いているのである。

 グラナダ戦で右サイドハーフとしてプレーした堂安は、自陣で相手ボールをカットしてからMFジュニーニョ・バクーナとワンツーを繰り返し、ふたりでペナルティエリアのなかまで突進するなど、才能の片鱗を見せつけた。ただ、トータル58分間の出場全体で見ると、不完全燃焼の出来だったように思う。それでも、フローニンゲンのサポーターにとってお気に入り選手であることは間違いなく、同時にベンチに下がった5人の選手のうち、堂安には格別大きな拍手が送られていた。

「チームとして守備に追われる時間が多かったので、自分のよさが消えてしまう時間帯が多かったですけど、チームの戦術を頭に入れながら、自分のところからボールを奪って何度かチャンスになっていたので、そこはよかったところかなと思います」

 守備のタスクは果たせたと、試合後の堂安は語った。

 だが同時に、「(相手の)腕力が強いので、今までは(相手を)はねのけて自分がゴリゴリ(ドリブルで)行けたところが、逆にはね返されて(ボールを)ロストするという場面が前半1回あった。あそこのワンプレーが『これが(オランダの)強さか』と今日一番、感じた部分でしたね。やっぱり強かったです」と述べ、仕掛けのシーンで当たり負けしてしまったことも感じ取っている。

「ただ自分は、なんとなくそこでやって慣れていけば、できちゃってくるタイプなんです。今までも上の世代でやると、最初はできないところがあった。だけど、慣れるスピードは早いタイプだと思うんです。だから、(今は)試合に出ることに意味がある。まずは試合に出て、それを経験することによって、それがまた長所に変わってくるかなと思います」

 試合を振り返る堂安の声は、かすれていた。幸い風邪ではないようだが、ずっとホテル暮らしが続いており、室内の乾燥と疲れから喉が潰れたようなのだ。

「(オランダ生活を)意外と楽しめている部分はあると思う。『心の底から楽しめているか』と言ったら、それはまた嘘ですけど、想像していたよりチームメイトもウェルカムな感じで迎え入れてくれているし、試合のなかでもいろいろ声をかけてくれたので、想像以上に馴染めていると思います」

 オランダでの新生活をこのように語る堂安だが、アーネスト・ファーバー監督は彼の疲労具合をどう受け止めているのだろうか。

「それ(疲れ)はあり得る。準備期間の真っ最中ということで、トレーニングは激しい。これまで慣れているトレーニングよりも長いだろう。今、疲れがきているのは、おかしなことではない。だけど、彼はよくやっている。彼はファナティック(熱狂的)でアクティブ。みんなと溶け合っている」

 また、堂安とのコミュニケーションについて、ファーバー監督は「片言の英語と、身振り手振り。今、(堂安は)英語のレッスンを受けている」と語る。

「攻撃に関しては問題ないが、守備には右、左、前など、もう少し言葉が必要だ。ここまで3週間、よくやっている。フットボール・インテリジェンスを持っているし、ピッチの外でもインテリジェントな若者だ」

 チーム内から認められ、サポーターの人気者となっている堂安に対し、フローニンゲンは念を入れてのバックアップ態勢をとっている。