岡山県倉敷市の江口明彦さん(80)は水泳歴75年。傘寿で「世界一」のスイマーである。昨年9月に高知県で開かれたマスターズ水泳大会で自由形の80~84歳の部に出場。短水路で32秒65、長水路で33秒35を記録。世界水泳連盟(英国)による年齢…

 岡山県倉敷市の江口明彦さん(80)は水泳歴75年。傘寿で「世界一」のスイマーである。昨年9月に高知県で開かれたマスターズ水泳大会で自由形の80~84歳の部に出場。短水路で32秒65、長水路で33秒35を記録。世界水泳連盟(英国)による年齢区分の世界ランクで、いずれも2022年の1位に認定された。

 各国の選手が5歳ごとの年齢区分に応じ、各種目の年間成績を競う「ワールドマスターズランキング」。各国の1年分の公認記録を集約し、翌年に発表される。73歳だった15年、水泳仲間から自身の12~14年の記録がトップ10に入っていることを知らされ、初めて世界を意識するようになった。

 日本泳法「神伝流」の指導者だった父の影響で5歳で水泳を始めた。教員を志して進学した日本体育大では水球部。在学中に大学近くで東京五輪が開かれ、水泳も含めた世界の超一流の競技者に釘付けとなった。卒業後、高校教員になってから本格的に競泳を始めた。水泳部の顧問を務めるかたわら、国体や実業団の大会で入賞を重ねた。

 泳ぎ続ける理由は少なくない。一つには倉敷天城高勤務時の教え子2人と交わした「約束」がある。

 1人は車いす姿での初対面だった。練習中の事故で手足が不自由になったが、プールサイドで仲間の泳ぎを見守り続けていた。もう1人は教員を志しながら大学でも水泳を続けていた。自身と同じ歩みを進めていた中、大病がわかった。採用試験は合格だったが、教員の道は断念した。

 「もっと泳ぎたかっただろう。泳がせてあげたかった」。自分より早くこの世を去った2人に代わって泳ぎ続けると誓った。

 世界ランク1位を脅かす強敵の存在にも奮い立つ。今年に入り、1歳若い他県の選手が同じ80~84歳の年齢区分になり、8月に福岡県であった世界マスターズ選手権で相まみえることに。1秒65の差をつけられて優勝を奪われ、2位になった。「目標とするには大きな差をつけられた」と振り返るが、もっと速く泳ぎたいという思いが強まった。

 倉敷市内の50メートルプールにほぼ毎日通い、1500~2千メートルを1時間半かけて泳ぐ。初めはゆっくり、締めは全力で。途中、地元水泳チームの仲間たちと泳ぎっぷりを評価しあったり、同年代のスイマーに指導したり。70歳を過ぎたころから水泳をさらに楽しめるようになったという。

 7月には「世界一」を祝う祝賀会が開かれ、教え子や関係者がたたえてくれた。「泳ぎ続けていたら大変なご褒美をいただいた」と喜びを隠さない。来年のランキングも気になるが「何よりも、人生を豊かにしてくれた水泳を楽しみ続けたい」。そんな感謝の思いがタイムを縮める力になる。(小沢邦男)