7月15日に行なわれた高校野球大阪大会1回戦で、大阪学芸は今宮工科のエースの前に自慢の打線が沈黙。3対0で勝利したものの、もどかしい展開に、小笹拓監督も「いやぁ、夏はやっぱり厳しいです」とあらためて”大阪の夏”…

 7月15日に行なわれた高校野球大阪大会1回戦で、大阪学芸は今宮工科のエースの前に自慢の打線が沈黙。3対0で勝利したものの、もどかしい展開に、小笹拓監督も「いやぁ、夏はやっぱり厳しいです」とあらためて”大阪の夏”の難しさを実感した。「一戦必勝で甲子園。バッティングには自信があります」と意気込んでいた主将の田中俊成も、「こんなに打てなかったのは初めてです」と首をかしげた。



「エンジョイ・ベースボール」をスローガンに掲げる大阪学芸の選手たち

 大阪桐蔭、履正社の2強に注目が集まっている大阪で、ダークホース中のダークホースとして期待されているのが大阪学芸だ。春季大会で堂々のベスト8。敗れた試合でも、昨年秋の覇者・上宮太子に善戦するなど、夏への期待を感じさせた。ただ、その”正体”はまだよく知られていなかった。

 そもそも、大阪学芸という校名からして誤解を受けやすい。大阪芸術大との関連を思い浮かべる人もいるだろうが、「まったく関係のない普通校です」(小笹監督)。実際、相手チームから「普段から絵を描いたりしてんの?」と言われた選手もいたという。

 歴史は古く、創立は成器商業学校としての1903年。1974年に成器高等学校となり、1996年に現校名となった。学内での公募により決まったという。

 野球部の歴史も古く、1916年に開催された第2回全国中等学校優勝野球大会予選の関西野球大会に出場記録がある。ならば大阪府内屈指の伝統校と言いたいところだが、1917年から35年まで大会を欠場。1936年に復帰し、39年にはベスト8に進出したが、その後は軒並み大会序盤で姿を消している。歴史は古いが、大阪の高校野球で話題にのぼることはなかった。

 そんなチームにはっきりとした変化が現れたのは2011年の夏から。その年、4回戦まで駒を進めると、その後も4回戦、5回戦、5回戦、4回戦、5回戦とコンスタントに勝ち星を重ねるようになった。

 小笹監督が大阪学芸に来たのは、コーチとして指導に加わった5年前。その前から、学校の重点クラブとして野球部を強化するという波は起きていた。天理出身の前監督が熱心な指導で下地をつくり、環境面も充実。グラウンドには甲子園球場と同じ黒土が入り(現在は年2回、甲子園のグラウンドを管理する阪神園芸が整備)、照明灯も完備。学校からグラウンドまで約1時間かかるが、送迎用のバスも3台揃っている。

 8年前に、その道のプロ、特技を生かす職を目指す生徒のために「特技コース」が新設された。今では各学年2クラス、約80人がこのコースで学んでいる。野球部員も3年生で見れば、30人中10人がこのコースに在籍している。

 同コースには学内のクラブだけでなく、地域のクラブチームやプロとして活動している生徒も多く、プロ契約を結んでいるサッカー選手をはじめ、ウインドサーフィン、ダンス、ゴルフなどで世界を目指す者もいる。さらには、マジシャン、歌舞伎役者、ヨーヨーのパフォーマーなど各方面の”金の卵”が揃い、今年の春に卒業した生徒のなかにはNMB48のメンバーもいた。

 強豪校によくあるスポーツクラスなどは、全員が強化指定クラブの生徒で占められ、どこか男臭いイメージがあるが、そうした雰囲気とはまるで違う。特技クラスの萩原健太郎(捕手)が言う。

「いろんなジャンルの生徒がいますし、『もうすぐ世界大会の予選や』とか、そんな話を普通にするんで、刺激はあります。昨年の秋なんか、僕ら野球部は初戦負けだったんで『野球部はベスト180なんぼか!』って。それにモデルの子とかもいて、その子に『頑張って!』なんて言われると、いつもより頑張れます(笑)」

 クレイトン・カーショウ(ドジャース)に憧れるエース左腕の山本恭平も「トレーニングルームでサーファーの女の子が黙々と体を鍛えている姿を見たら、『オレも頑張らないと』ってなります」と言う。

 ただ、この山本も普段は「進学コース」で、実は夏の初戦でスタメン9人のうち「特技コース」の選手は2人のみ。少々、不思議な感じもするが、そのあたりがまだよくわからない大阪学芸っぽさとも言える。

 チームの持ち味について聞くと、ほとんどの選手から「バッティング」と「明るさ」という答えが返ってきた。ただ、いろいろと話を聞いてみると、新チーム当初はまったく違ったらしい。「あの頃(新チーム結成時)は『1対0の試合をしないと、このチームは勝てない』と監督からも言われていたんです」と萩原が言えば、小笹監督もこう続ける。

「昨年秋の段階では、走攻守どれもそれなり、でこじんまり。バットは振れないし、点も取れなかったですね。でも初戦で負けて、僕も選手たちも『このままじゃいけない。何か変えないと』となったんです」

 そこから小笹監督が高校時代から慕っていたトレーナーの全面協力を得て、筋力トレーニングを徹底。早朝トレーニングの通称”朝ジム”や、食事への意識も高くなった。すると、みるみる選手たちの体が変化し、バッティングの打球も明らかに変わり始めた。

「『打たないと勝てない』というのは、大阪に来てからずっと私の頭のなかにありました。大阪の野球の主流は打撃。守りももちろん大事ですけど、最初から守備中心のチームを目指すと、大阪では勝てません。まずバッティングで強豪と言われるチームと同じ土俵に立つところまでいかないと……」

 一方で、急成長のチームはスローガンに「エンジョイ・ベースボール」を掲げる。ここにも、チーム内でのある”変化”があった。副キャプテン・井坂瑠海(るみ)の証言だ。

「秋まではベンチで先生(小笹監督)が積極的に声を出されていて、選手に対して怒ったりとか、そういうのが結構あったんです。でも、春からは先生の方から『選手発信でやろう』と。それで選手から声を出すようになり、もともと持っていた明るさが出るようになっていった。秋とは全然違う雰囲気のチームになりました」

 小笹監督自身、以前は「監督はこうあるべき」という考えがあり、選手たちとの距離もあった。しかし指導を重ねていくうちに、選手の力を引き出すことを第一に考えるようになっていった。

「もとはみんな野球好き。この”好き”を前面に出させてやろうと。練習からもっと明るい雰囲気でノビノビやらせれば、試合でも力を出せるはずだと思ったんです」

 そうすることで選手たちとの距離が近づき、結果もついてきた。

「今は生徒たちからいろいろ聞きにきますし、関係としてはいちばんいい。この空気があるから、いい戦いができていると思うんです」

 小笹監督の出身校は、松井秀喜など数多くのプロ野球選手を輩出した星稜(石川)。その後、立教大を経て、BCリーグの石川ミリオンスターズでプレーした元プロでもある。あらためて経歴を振り返ると、小笹監督の”大阪色”のなさが今のチームの強みにも思えてくる。

「そうですね。子どもの頃からのイメージだと、大阪といえばやっぱりPL学園。それ以外は強いだろうけど……というぐらいの知識しかなかった。大阪の高校野球事情もわからないまま指導にかかわるようになって、指導者として大阪桐蔭や履正社に負けた経験もほとんどありません。だから、生徒にも対戦相手に関係なく、『お前ら、対等にやれるだろ? 普通にやれば勝てるでしょ』って言いますから。生徒からは『またまたぁ、先生言いますねぇ~』って返してきます。最近はそんな感じです」

 ちなみに、小笹監督が指導者になってからの”大阪2強”との対戦は、4年前の秋に2回戦で大阪桐蔭と戦った1回だけ。このときも7対10と善戦している。

 グラウンドは南河内郡河南町の丘の上にある。緑に囲まれた環境は「静かで気持ちいいし、野球に集中できる」と選手たちに好評だが、イノシシが出現することもあるという。グラウンドの最寄り駅は近鉄線の富田林駅。「PL学園に近いですね」と小笹監督に話を向けると、「あそこです、あそこ」と一塁側のネット下に広がる町並みを指さした。その指の先に見えたのが、パーフェクト・リバティー(PL教団)の象徴である白亜の塔。

「あの塔が雲に隠れて見えなくなったら雨が降るぞって。いつも天気が怪しいときは、選手とながら言っているんです」

 思えば、一昨年夏の大阪代表校・大阪偕星学園もPL学園のすぐ近くにグラウンドがあった。大阪高校野球のシンボルであったPLが戦いの舞台から消えた年に、またしてもその近隣から大阪の夏を賑わせる新勢力が現れるのか……。

 大阪学芸は初戦に続き、18日の2回戦(対長吉戦)も11対1と6回コールドで勝利した。しかし、監督、選手とも表情はすっきりしていなかった。記録員としてベンチから戦いを見ていた井坂の見立てはこうだ。

「2回戦を勝てば、3回戦で大商大堺と当たるというのが、みんな頭のどこかにあって、目の前の試合に集中しきれていないように感じました」

 大阪大会は最初の抽選で3回戦までのヤグラが決まる。その後、4回戦前、準々決勝前と、計3回抽選を行なうが、最初の大きなヤマが22日の大商大堺戦だ。

 大商大堺とは春の4回戦で戦い7対3と勝利。大阪学芸の選手たちが自信を深めた一戦となった。大商大堺は一昨年の秋に大阪大会を制し、この夏は初戦で全国制覇の経験がある近大付を破った文句なしの実力校。「だから逆に……」と井坂が続ける。

「今度の試合は『いよいよ』という感じで、みんな集中してやってくれると思っています」

 ちなみに、井坂は「瑠海」の名前から察せられるように女子。本来のマネージャーだけでなく、今は副キャプテンを兼務する(男子部員の副キャプテンもいる)。小笹監督が説明する。

「昨年の夏を負けて、新チームのことを考えたとき、『なんかインパクトないなぁ』と思って考えたのが井坂の副キャプテンでした」

 チーム改革の一案であり、もちろん井坂の人柄、観察眼も期待してのものだったが、本人は戸惑った。井坂が当時を振り返る。

「マネージャーとして練習がうまくいくようにサポートしてきましたが、これからは選手のなかにどんどん入っていこうと。前向きに考えました」

 女子ならではの細やかな視点を生かし、選手たちの動き、表情から、彼らがいま何を考え、何に悩んでいるのかを感じ、積極的に声をかけるように心掛けた。陰で選手たちをフォローした井坂の副キャプテン起用も、今のチームをつくり上げた重要なファクターだ。

 それにしても――「るみちゃん」「るみ姉」とナインから慕われる女子の副キャプテンに、アイドルやモデルたちと授業を受ける野球部員もいる。イノシシが現れるグラウンドに、標準語をしゃべる元プロ監督……。大阪っぽさはないし、強豪私学の雰囲気ともまた違う。小笹監督が言う。

「夏に関しては、これまで見てきた6年のなかでいちばん力があります。普段の力を出せれば、大阪に面白い風を起こせると思っているんですけどねぇ」

 どこか他人事のように力みなく語る小笹監督のこの空気に、選手たちが乗っていけば……。まずは22日に行なわれる大商大堺との大一番だ。ここに勝てば、「もしかして……」の期待も一気に膨らむ。「大阪の夏は甘くない」ことは十分承知しているが、激戦地・大阪で展開される”エンジョイ・ベースボール”の行方を追ってみたい。