錦織圭がトッププレーヤーにとって本当の勝負といわれるグランドスラム第2週に残れなかったのは、2015年US(全米)オープン1回戦敗退時以来だった。 第9シードの錦織(ATPランキング9位、大会時)は、ウインブルドン3回戦で、第18シー…

 錦織圭がトッププレーヤーにとって本当の勝負といわれるグランドスラム第2週に残れなかったのは、2015年US(全米)オープン1回戦敗退時以来だった。

 第9シードの錦織(ATPランキング9位、大会時)は、ウインブルドン3回戦で、第18シードのロベルト・バウティスタ アグート(19位、スペイン)に敗れて、2年連続のベスト16進出はならなかった。



ウインブルドン3回戦で敗れ、コートを後にする錦織圭

 3回戦で錦織はブレークポイントを11回得ながらも2回しか取ることができず、さらにアンフォースドエラー(凡ミス)を48回も犯し、半ば自滅する形で敗れた。

「一番(の敗因)は取りきれないところ。リターンゲームもそうでしたけど、大事なポイントが取れないことが多くありました。試合によって、そういうもどかしさが多くあります。それは自分のプレーの仕方なのか、気持ちの持ちようなのか、原因はいろいろあると思います」(錦織)

 試合を見届けたマイケル・チャンコーチは、ここ2年のウインブルドンでは、錦織がケガを抱えてのプレーだったことを踏まえて、次のように振り返った。

「少なくとも圭がケガをせずに、ウインブルドンでプレーできたことはポジティブなことだと捉えています。(前哨戦の)ハレ大会では、(腰の)ケガがあって苦しんだので。だから、圭が健康な状態のままでウインブルドンを去るのは、我々にとってポジティブなこと」

 今年もウインブルドンで初のベスト8入りできなかった錦織は、「グラス(天然芝)コートで、いい結果といいプレーができずに負けてしまったので、すごく残念です」と反省を口にしたが、グラスを克服することに、それほどこだわる必要はないのではないだろうか。そもそもグラスシーズンはウインブルドンを含めても年に5週間しかなく、ハードやクレーが主流のワールドテニスツアーの中で、グラスは現代テニスにおける特殊なサーフェスといえる。実際に、錦織がグラスでプレーするのは年に2大会だけなのだ。

 2000年USオープンと2005年オーストラリアン(全豪)オープンで優勝し、ウィットに富んだ言動で人気のあったマラト・サフィン(ロシア、37歳)は、「グラスコートは、自分のテニスの調子が狂うから嫌なんだよね。まぁ、ウインブルドンは出るけどさ」と正直に語ったことがある。もっともサフィンは、2008年ウインブルドンでベスト4に進出しているが、それはグラスで有効な武器となるビッグサーブを持っていたからだ。言動と結果が食い違うのもサフィンらしいが、筆者は錦織もグラスに対して力を抜いて臨んでいいと思う。

 もちろんそれは錦織の自由な選択だが、グラス克服よりも懸念されるべきは、試合中における錦織の不安定なメンタルだ。

 バウティスタ アグートとの3回戦では、第4セット第6ゲームで、錦織は主審からタイムバイオレーションを取られると、バックフェンスにボールを打ち込んでイライラを露わにし、続くポイントでバウティスタ アグートにフォアクロスのウィナーを決められ、今度はバックフェンスに向かって、ラケットを思い切り投げつけて、フラストレーションを爆発させた。

 この錦織の醜態を見て、バウティスタ アグートは自分の勝利を確信しただろう。以前の錦織なら相手に隙を見せるようなことはしなかった。2年前ならば、大事なポイントで、錦織が元来持つメンタルの強さが、相手からすれば、憎らしいほどに発揮されていた。もちろん錦織も人間であり、ずっといいコンディションでプレーすることは不可能であるが、それを差し引いても、不安定なメンタルに起因する最近の錦織の迂闊(うかつ)な行動は目に余る。

 錦織がラケットを投げたことについて、チャンコーチは多くを語ろうとはしなかった。

「実際そのことについては少しずつ話し合っています。フレンチオープンではラケットを壊しましたからね。ただあの時、圭がどんな感情を持っていたか、自分は答える立場にありません。あくまで圭の性格によるところです」

 元世界ナンバーワンで、2001年USオープンと2002年ウインブルドンを制したレイトン・ヒューイット(オーストラリア、36歳)は、錦織がグランドスラムで優勝するのに必要なのは、メンタルによるところが大きいと指摘する。

「たぶん大舞台で自分の力を信じることがキーなんじゃないかな。2014年USオープン決勝で、(マリン・)チリッチに負けたけど、かけがえのない経験をした。たしかに圭はグランドスラムに勝てるポテンシャルを示した。大きな仕事をやってのけたのだから、大舞台でベストプレーヤーを相手にしても倒すことができると、圭は信じるべきだ」

 また、ヒューイットは錦織のサーブへの注文も忘れない。

「試合によって、圭のサーブにはアップダウンがある。とても重要な場面では、もっとラクにポイントが取れるといいのだけど、セカンドサーブになると彼が厳しい状況に追い込まれてしまう。でも、どのサーフェスでもよく戦えていると思うよ」

 そして、27歳の錦織にまだ改善できる部分があると付け加える。

「たしかにタフなことだけど、圭のメンタルがさらに良くなる余地はあるんじゃないかな。”ビッグ4”も年齢を重ねていくから、チャンスは巡ってくるはず。圭としては、あと3年が勝負じゃないかな」

 ヒューイットが指摘する3年とは、錦織がグランドスラムの優勝を狙えるであろうというタイムリミットだ。その3年間で、錦織はメンタルを立て直し、元来持つ精神的強さを取り戻して、さらに成長することができるのか。加えて、ツアー生活の中で起こるケガを最小限に抑え、フィジカルを高いレベルで維持できるのか、グランドスラム初制覇への課題は多い。

 まずは8月28日にニューヨークで開幕する今季最後のグランドスラム、USオープンで、錦織はその修正力を試される。

「圭はUSオープンのハードコートでいいプレーをするから、彼の体がフィットしていればチャンスはあるんじゃないかな。もちろんドローに左右されることもあるけど、圭自身がしっかりUSオープンを見据えることだね。いい結果が出ることを願っているよ」

 ヒューイットはそう言って、自分とあまり体格が変わらない身長178cmの錦織に期待を寄せた。

 チャンコーチもハードコートシーズンへの期待は大きいが、ひとつずつ目の前の目標をクリアさせてから錦織をステップアップさせたい考えだ。

「夏に備えていいアプローチをしたいですね。時間があるので、休養をとってからトレーニングをさせ、再び圭をいい状態にして、(マスターズ1000大会の)モントリオール、シンシナティ、そしてUSオープンに備えたい。圭はマスターズ1000のタイトルに近づいていると思うので、あまり先のことを見過ぎず、グランドスラムの初タイトルのことは考え過ぎないようにしています。たとえ長い道のりでも小さなステップを踏んでいかないといけません」

 また、錦織はUSオープンまでの北米ハードコートシーズンでの成績次第で、ATPファイナルズ(昨年までのワールドツアーファイナルズ、2017年から大会呼称変更)に4年連続で出場できるかどうかが決まってくるだろう。

 シーズン上位成績8人しか出場できないツアー最終戦を争うRace to Londonで、錦織は13位(7月3日付け)につけているが、秋になる前に出場圏内に入っておきたいところだ。

「試合であまり勝っていないので、大きな自信が試合の中で生まれてこなかった。それで思い切りのいいプレーができていない。少しずつ自信がついてくれば、またプレーも変わってくると思う」(錦織)

 ウインブルドン後、ATPランキングを8位に戻した錦織は、7月31日に開幕するATPワシントンD.C.大会にはワイルドカード(大会推薦枠)を得て、再始動する予定だ。昨年までの強靭なメンタルを取り戻し、USオープンで優勝戦線に加われるような強さを発揮できるのか、プロ10年目の錦織の力が問われている。